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「ケヴィン様。なんていうか、どうしたちゃったんですか?」
客間のベッドの上で鼻に詰め物をしているケヴィンを呆れたように見ているのは侍従のエドだった。
侍女長リズの息子で同じ年頃であるため、彼が七歳の時からその側にいる。
「なんでもない」
母である侍女長リズから聞かされているはずだが、ケヴィンは眉を顰めたままそう答えた。
「まあ、落ち着くまでこの部屋にいて、それからお戻りになればいいと思いますよ。がっつくのはよくないですし」
「が、がっつく?!」
「ケヴィン様。ローズ様に無理をさせてはいけませんよ」
見当違いな注意をされているが、反論するのも面倒なので、ケヴィンは目を閉じて無視をする。
「しっかし、裸なんて見慣れているはずなのに夜着姿に興奮するなんて、ケヴィン様……」
「興奮なんかしていない。色々誤解だ!」
流石に耐えられずケヴィンは体を起こすと反論した。
「そうですか。誤解ですか。鼻血止まったようですし、誤解を解きにお部屋に戻ったほうがいいですね」
「誤解を解く?どういう意味だ?」
「俺がそう思うのです、きっとローズ様もそう思われているんじゃないですか?」
(どういう?鼻血を出したのはローズの夜着姿を見たせいだから?いや、彼女は俺が見たとは知らないはずだ。だが鼻血は……)
「今日は部屋に戻らんぞ。体調が悪いということにする」
「え?なんですか。それ」
「私は体調が悪い。寝る。とっとと部屋を出ていけ」
「はいはい。わかりましたよ。後ほど水を持って参りますね」
(体調が悪くて鼻血を出した、ということにしよう。そうすれば俺が夜着姿を見たことはバレないはずだ)
いい案だと思っていると、ふとチラリと見たローズの夜着姿を思い出し、再び流血してしまった。
☆
「あの、ケヴィン様は」
翌朝ローズが目を覚ますと、隣にケヴィンの姿はなかった。夜着姿を見られていないとホッとしたが同時にまた寝坊したかと慌てる。
「ケヴィン様は別室でお目覚めになり、現在御仕度中です」
「別室?」
(戻ってこなかったんだ。やっぱりこの夜着姿がよくなかったか。急にいなくなったもんな)
「ローズ様。ケヴィン様はすこし体調を崩したようで、ローズ様に迷惑になると別室でお休みになったようです。ご安心くださいね」
侍女のマチルダは、メイドが運んできた桶に布を浸し、ローズの顔を拭う。
(体調を崩した。大丈夫かな?)
朝食はいつも通り家族で一緒に取るということで、ローズは支度を整えてもらうとヤキモキしながら部屋に向かった。
「おはよう。ローズ」
「おはよう」
ハイゼランド公爵夫妻に挨拶をされ、ローズは通常通り挨拶を返す。ケヴィンに目を向けるとぎこちない笑みを返された。
(どうしたんだろう?何かした?体調はよさそうだけど)
「いやはや、息子よ。お前も可愛らしいところがあるじゃないか」
「そうね。意外だったわ」
「なんでお二人が知っているんですか?」
「屋敷のことはなんでも知っているのは当然でしょう?」
「そうだぞ」
スープが運ばれてきて、三人はローズによくわからない会話をし始めた。
(どういう意味?ケヴィンが可愛い?どこか?)
「ローズ。この二人のことは聞かなくていいから」
「はあ、あの、体調はいかがですか?」
謎な会話はローズにわかって欲しくないようなので、彼女はケヴィンに体調のことを尋ねた。
「あ、体調は、よくなった。心配かけたな」
「いえ。あのよかったです」
(まあ、元気そうだし。よかったのかな。やっぱりあの夜着姿の私と寝たくなかったんだな。あれは処分してもらおう)
「ケヴィン。領内視察の時期だけど、日程は立てているの?」
公爵夫人のエリザベスは、スプーンを音を立てることなく、静かにテーブルに置いた後、ケヴィンに問う。
公爵家の食事用のテーブルは長方形で、十脚の椅子が収納できるくらいのものだ。四人で座るときは固まって座り、互いの声が聞こえやすいようにしていた。
「いえ、まだです。先月視察されたばかりですよね?」
「そうだけど。旅行を兼ねて二人で行ってこない?お披露目もした方がいいと思うし」
「そうですね。さ来週あたりで調整したいと思います。ローズもそれでいいか?」
「は…い。楽しみです」
(さ来週。いつか視察は行くことになると思っていたけど。結構早かった。ボロを出さないようにしないと。……でも私が行ってもいいのかな?一年後とか、愛人ができて離縁しないといけなくなるかもしれないのに)
昨日馬車で交わした会話をローズは思い出していた。
(今は必要ないって言っていたけど。お披露目した後だと、新しく奥さんになった人が大変かもしれないし。新しい奥さん。そうだよね。私と彼は白い結婚。跡取りが見込めないから、やっぱりそのうち離婚しないといけないだろうな)
ローズは黙々を考えながら食事をしてしまい、そんな彼女を見つめるケヴィンや公爵夫妻の視線に気がつくことなかった。