2-3
ケヴィンはローズと共に屋敷に到着すると、着替えを済ませるため部屋に戻る。隣の部屋は彼女の部屋で、扉を開ければそこに彼女がいるはずだ。
(開けるわけないが)
結婚してから二度目の夜会。
ローズはケヴィンの瞳の色の青色のドレスで参加した。何もしてないのに、初夜を迎えてから彼女の雰囲気が少し変わった。少女から大人になったような、そんな色気を感じる。
そのためか、ローズに向けられる視線が何やら下卑たものに思えて、ケヴィンは見てくる奴らを視線で射殺した。
(おそらく、次期公爵夫人としての責任や、母上の指導のせいだろうな)
彼と彼女の関係は、誓いのキスのみ。
それ以上の触れ合いはまったくなかった。
(人妻としての色気など馬鹿らしいことを言う奴らがいるが、それはあり得ない。何もないんだから)
彼の前だといけ好かないロイのように振る舞うローズは、彼以外の者が側にいると彼の妖精に戻る。ケヴィンが一目惚れした、森の妖精のローズだ。
(中身はあのロイだ。騙されるな)
胸がドキドキするたびにそう言い聞かせて、ケヴィンは気持ちを落ち着かせていた。
(愛人か……。そう言えば初夜のあの日、そんな話をしたな。愛人を越えて離婚まで仄めかしてきた)
着替えを終わらせ、ベッドに腰かけて彼は馬車での会話を思い出す。
(跡取りのため、子供が必要なんだよな。そのために結婚をしたつもりだった。いや、あの時はそのつもりじゃなかった。俺は、ローズの外面だけを見て妻にしたいと決めたんだ。……外面か。あれは本当に外面なのか?)
前世のロイはお調子者で、ケヴィン、もといジェイスの気に障ることをしていた。
けれども軽薄な彼が優しかったのをジェイス(ケヴィン)は知っている。
(俺の前だけでロイのように振る舞う。それが疲れるって言っていたなあ。ってことは本当の性格はローズそのものってことか?)
「ケヴィン様」
扉が叩かれる音と名を呼ばれたことで彼は考えを中断させられた。
「入れ」
ケヴィンが答えると、ローズが白いワンピースにガウンを羽織り部屋に入ってきた。
「なっ!」
「仕方ないだろう。マチルダに強引に着せられたんだ」
今宵のローズの夜着は、白いワンピースに見せかけた、かなり際どいものだった。レースの柄で誤魔化されているが、かなりの透け透けだ。ガウンを取ったらとんでもないことになるだろう。
侍女のマチルダはケヴィンの母に言われているのか、ローズの懐妊を望んでいる。初夜は細工をしてみたが、その後ケヴィンは何もしていない。綺麗な寝具を見れば何もないことはバレバレだろう。
「見るなよ。俺も恥ずかしい」
夫婦の関係がうまくいっていると見せかけるために、寝る時は一緒だ。ローズはケヴィンの座っているベッドの反対側に回り込んで、ベッドの中に潜り込んだ。ガウンはつけたままらしい。
「ガウンを取れ。俺は見ない」
「……本当だな」
「ああ」
ケヴィンは立ち上がるとローズに背を向け、壁を見る。
さらりとかすかな音がして、彼はチラリと振り返ってしまった。すると夜着で隠れているが、彼女の体が透けて見えて、慌てて壁側に目を向けた。
(俺はなんてこと。あいつはロイだ。ロイ)
ぬるっと生ぬるい感触がして気が付けば、鉄の味がした。
(鼻血か!嘘だろう?!)
気がつかれないようにケヴィンは慌てて鼻を押さえる。
「ちょっと出てくる」
「あ?」
ローズの返事を聞かず、彼は慌てて部屋を出た。
「ケヴィン様?!」
廊下を通りかかった侍女長のリズが鼻血をダラダラと流す彼を見つけ悲鳴のような声を出した。
「何かあったのか?!」
すると扉を開けて、ローズが姿を見せる。
「ローズ様?!あのお部屋の中へ。その格好では。ケヴィン様のことはお任せください」
「あ、え?はい」
彼女は自身がガウンなしの透け透けの夜着を身につけた状態であることに気がついたようで、顔を真っ赤にして扉を閉めた。
「御坊ちゃま。さあ、こちらへ」
事情がわかったような、そんな生暖かい目をして侍女長のリズがケヴィンを手当てをするために部屋に案内した。
☆
「恥ずかしすぎる!」
部屋の中でローズは悶えていた。
透け透けの夜着姿見られたくなかったのに、ケヴィンと侍女長のリズに見られてしまった。リズは同性だからいいとしてケヴィンにまで。
見ないからと背を向けてもらい、ガウンを取ったのが馬鹿みたいだった。
(あ、でも背を向けていたよね。ケヴィン様はリズを見ていたし、大丈夫かな?)
ローズは自分を落ち着けるためにそう言い聞かせる。
(次は絶対にこんな夜着は着ない。期待されていることは起きやしないんだから)
ロイであるローズにケヴィンがそういう気持ちを持つことはない。
結婚前のローズを熱心に口説いて、愛していると言ったのは全て猫を被ったローズだからだ。
(意識するだけ無駄。ロイだった時、半分裸だったケヴィンと雑魚寝したこともあったし。っていうか、あの時、結構ドキドキしたんだよね。男として暮らしていたから、もう男になっちゃたと思ったけど、私にも乙女の心があったのだと驚いたっけ)
ローズは前世を思い出してほくそ笑む。
(まあ、意識していたのは自分だけ。まあ、男って思われたしな。っていうか女だって知っても同じだったかもしれない。ジェイスが好んだのは女性らしい小柄な子だった。ああ、だからローズの外見は彼の好みにドンピシャだったのかな)
いつまでも戻ってこないケヴィン。
また戻ってきてもこの夜着では気まずいので、ローズはベッドに再び潜り込んだ。
そうしているといつの間にか眠りに落ちていった。




