09 ツンデレでブラコンな妹は怒らせると怖い
——それから程なくして、一限目の座学が始まった。
「つまり、このように命令となるイメージを魔力に与え、現象や物質を具現することで『顕現術式』は起動し、その証と呼ぶべき『星紋』も付随して顕現するわけで——」
と、口頭で説明しながら背後のボードに触れると、『顕現術式』と『星紋』。二つの文字にそれぞれ色が灯る。どうやらあれは普通の黒板ではなく、電子黒板と呼ばれるものらしい。
生徒たちの机の上には、ところどころにタブレット端末が見受けられ、それで教科書を見たりノートを取っている生徒も数名おり、およそ『魔術学園』という響きに似つかわしくない近代的——否、近未来的とさえ言っていい講義体制であった。
ちなみに凛祢と怜音にその辺りのことを質問してみたところ、凛祢からは「……むしろ遅れてるのは外の世界でしょ。魔女様は常に新しいものを取り入れていく御方だから」と言われ、怜音からは「んー、電気を通せば使える機械の方が便利っていうか、授業が円滑に進むんだよねー。たまに目も当てられないくらいに字が下手な教諭とかいるじゃん? 多分それ対策でもあるんだよ」とまあ大方納得のいく説明がなされた。というか怜音の説明が一番の納得材料だった。
「——では、ここで皆さんに問題です。魔力には二つの分類が存在しますが、自らの意思で自在に扱える魔力は内在魔力と外在魔力のどちらに当たると思いますか? いまいちわからないなあって顔をしてる式部君、答えてみてください」
「……え? あ、はい……って、僕ですか?」
「そうですよ」
「えと、すみません。そもそも魔術が何かってこと自体まだよく理解出来てないんですが……」
茉弘が言うと、周囲の生徒たちから、呆れるような吐息や、意外そうな顔をする面々がこちらを見てきたり、くすりと笑う声が聞こえてきた。
「おいおい、仮にも式守凛祢の兄なんだろう? しっかりしてくれよなあ」
前の席から皮肉っぽい声が聞こえると、隣からバキッという変な音が聞こえた。
横目で見てみると、なぜか凛祢がタブレット端末専用のペンをへし折っていた。
「確かにねー。そもそもなんでこんな素人を、魔女様は栄誉ある〈庭園〉に招いたのかしら」
「それ、うちも思ったわあ」
次いで女子生徒たちからもそんな声が上がってくると、今度はバキンッというガラスが割れたような音が教室全体にはっきりと響き、茉弘が隣を見やると凛祢がタブレット端末を拳で破壊していた。
「……り、凛祢さん?」
恐る恐るながらも茉弘が凛祢を呼んだ、まさにその瞬間。
「あんなんと同じクラスとか、他に同レベルに思われるからマジ勘弁だわ」
「——————あ?」
それがとどめの一撃となった。
凛祢の身体からもやもやとした真紅の光が溢れ出し、周囲の者や床がひび割れていく。
そしてゆらりと、手を前方に前方にかざす。
「〈千傑月剣〉第二顕現——【花鳥風月】」
そしてその名を唱えた瞬間——
彼女の頭部に、亜麻色に光り輝く紋様が二つ、現れた。
それはまるで、三日月を思わせるものだった。
そしてそれに次いで、前方にかざされた凛祢の手が光り輝き——やがてそこに、幅広い刃を持った、巨大な剣が出現する。
虹のような、夜空の星のような幻想的な輝きを放つ、不思議な刃だった。
「ちょ……っ、まずいって凛祢! あんたは実技と任務以外で魔術使うのは魔女様から禁止されてるでしょ⁉」
「大丈夫。訳を話せば寛大な魔女ならクラスメートの一人や二人をぶちのめしてもきっと許してくれるわ。そもそもあんなゴミが〈庭園〉にいる方が魔女様の評価を下げかねないし兄様をバカにした罪は重いとりあえず軽くぶち殺す」
「本音もれちゃってる⁉ だ、だめだよ! 魔女様の騎士と生徒が揉めるなんて!」
と——
「なんだよ神童。文句があるなら買ってやろうか? あ?」
周りの生徒が凛祢の突然の魔術行使に驚く中、一人の男子生徒が煽るように発する。
凛祢が、眉間に皺を寄せ、額に血管を浮き上がらせながら、血走った目で手に持ったその剣を振りかぶると、その軌跡がぼんやりとした輝きを描いていく。
そして——
「い……ッ⁉」
一切の躊躇いなく、凛祢は、その生徒の方に向かって、剣を縦薙ぎにブン、と振り抜いた。
もちろん、剣が直接届くような距離ではない。
だが実際——
「……は——?」
男子生徒は目を見開いて首を後ろに振った。
生徒の後方にあった周囲の壁、床、天井を抉り取るように消滅していたことに気づいたらしく、全身がぶるぶると震え始める。
「————え……、な……、は————」
茉弘も何が起きたのか分かってない。
ただ、わかってるのはこれをやったのが凛祢で、その本人はというと、巨大な剣を持ったまま男子生徒の前にいつの間にか立っていた。
「今のは鬱憤晴らしよ。勝負を買ってくれる……だったかしら?」
「……え、や……」
「ちょうど良かったわ。今すごいムカムカしてるの。最近力をつけ始めてるようだし、あなたなら多少本気でやっても死にはしないでしょ」
「ひぃぃぃぃぃッ!?」
「し、式守がキレたぁぁああああああ⁉」
突然の威嚇攻撃(とは思えないほどの威力)というより、満面の笑みで半殺し宣言をされたことに怯えるような男子生徒の悲鳴が響く。
そして何が起こったのか分からずポカンとしていた生徒たちも、変わり果てた教室の崩落音とその悲鳴に合わせて我に返ったように同様の叫びを上げる。
そんな中、茉弘の前にいた緋咲だけが、うんうんと頷きながら腕組みし、これどうしよっかといった顔でこちらを見てきた。
止めるべき、わかってはいるが今の凛祢に近づいたらどうなるかわかったもんじゃない。
「わ、悪かったっ! 謝る! だから第二顕現を振り回すな、ってぎゃぁぁぁあああああ⁉」
「私じゃなくて兄様に謝れぇぇぇえええええ! あと、魔女様に褒められたからって図に乗るなあああああ!」
「……ひ、す、すみませぁぁぁああああああ⁉」
男子生徒に凶器を振りかざして襲う妹の姿なんて見たくなかったなぁ、なんてことを思いつつ、凛祢を絶対に怒らせないようにしようと心に決めた茉弘であった。




