08 拗ねる妹と友人の咲さん
——それからおよそ一五分後。
息のあがった凛祢と、その凛祢を追いかけていった数名の生徒がなぜか悲壮なくらいにボロボロの姿で戻り、茉弘は、一体何があったんだ……と考えながらも授業の準備をした。
と言ってもまだ教科書は無く、筆記用具とノートだけを用意した。
何でも指定の教材は、これから茉弘の家となる男女共同生活寮〈極彩寮〉の自室の中に置かれているらしく、慣れない制服を身に付けるのに時間を使ったので取りに向かう暇がなかったのだ。
「さて……どうしたもんかなあ」
普通に考えたら近くの席の人に貸してもらうのが貰うべきなんだろうが。
「……ふんっ」
お隣さんもとい妹の機嫌がこれだ。
何に怒っているのもよくわからないし、以前とは態度が一八〇度異なってるのもあって話しかけにくかった。
が、貸してもらないと万が一当てられた時に教科書がないと結構困る。過去にそれで何度痛い目に遭った茉弘はそれを他よりも理解しているのだ。
「なあ、凛祢」
「………………何?」
返答は遅かったが、一応返事はしてくれた。
「教科書見せてもらう事って出来るか?」
「………………出来るけど」
「じゃあ頼む。この後入寮だから教科書の類を一切持ってないんだよ」
「……じゃあ見せてあげるから早く〈庭園〉から去って」
「悪いけど妹の頼みでもそれは無理」
「あんたに魔術師なんて務まらない。痛い目に遭う前に去って」
「無理」
なんで〈庭園〉から去らせたいのかわからないが、茉弘は去るわけにはいかないし、そもそも去る去らないを選択できる立場ではない。
彩菜に魔術師になると誓ったのもあるが、一番は茉弘が抱えておる問題だ。
今の茉弘は精霊として目覚めつつある状態、言ってしまえばいつ爆発するかわからない時限式爆弾を抱えている状態あのだ。それも世界を殺す最悪になりかねないような代物ときた。
彩菜曰く、少しずつ力が目覚めていく分には問題ないらしく、むしろ少しずつ目覚めるのなら力を制御する訓練が出来るし、自在に力を扱えるようになれば危険性はなくなり、自分の次に強い魔術師になれるとまで言われた。
彩菜の魔術師としての格がどれほどのものなのかは全くわからないが、〈庭園〉中の生徒が信仰してるくらいだ。茉弘なんかでは推し量れないくらいの魔術師であることは間違いない。
と、彩菜のことを思い出したとき、一つの疑念を思い出した。
「……凛祢って、いつから〈庭園〉にいるんだ?」
「答えない」
「なんで?」
「答えたくないから」
「凛祢は八歳の頃から〈庭園〉に通ってたらしいですよ」
「ちょ……っ、なんで咲が答えるのよ⁉」
「だって凛祢全然素直になんないんだもん。いつかお兄さんと同じ教室で授業受けてみたいなぁって言ってたのに……」
「い、いいいいい言ってないわよそんな事⁉ 私言ってないわよね茉弘⁉」
「い、いや……僕に聞かれても」
そう答えながら、あからさまに動揺してあわあわとする凛祢の可愛い姿に、茉弘は思わず苦笑してしまった。
「あ、わたしは緋咲怜音! いつも凛祢にお世話になってます!」
「堂々と宣言することじゃないでしょ、それ」
「えー、でも事実じゃん」
「わかってるならもっと頑張りなさいよ。仮にも魔術師を志す者ならもっと勤勉に勤めるべき——」
「わかってますわかってますとも」
うんうん、とニコニコ顔で頭を振る緋月に溜息する凛祢。
二人の仲がとても良好的なのは会話や雰囲気だけでひしひしと伝わってきた。
「あー、えと。式部茉弘です。よろしく緋咲さん」
「怜音でいいよー。凛祢のお兄さんとは長い付き合いになりそうな気がするし」
親指と人差し指をくっつけて弧を作ってそう言った怜音に、小さく頭を下げる。
その様子を眺めていた凛祢が、頬を膨らませながらうらめしそうな目でこちらを見ていたことに、茉弘が気づくことはなかった。




