38-2 そうだ、京都に行こう ~準備編~
――今から二か月前。
神話級終末因子――『来訪者』との死闘から二日経った頃。
茉弘は希愛の身体を使役する彩菜とともに、イリ―ティアのいる医療棟に訪れた時のことだ。
「結論から言うと、今の主は魔術はおろか、精霊の力も使えない上に治癒魔法も受け付けん状態じゃ」
「「え……」」
僕と彩菜さんは、反応の差に違いはあるも同じリアクションでイリ―ティアの方を見た。
「魔力回路の破損は当然のことだが、魔力生練不全症の症状も確認できておる。魔力が生成できない状態ではわしの魔術も意味がないであろうな」
「な、なんでですか? イリ―ティアさん前に僕の魔力回路を治してくれたじゃないですか!」
「あれはまだ干渉可能な破損じゃった、というのもあるが――あの時の主は魔力がよく通っておった。じゃが今は微塵も魔力が流れておらん。わしの術式は対象の魔力に干渉し、治癒力を活性させるものじゃから、対象に魔力がないと何にも出来んのじゃよ」
「それは知っているけど、ほんとに1ミリもないのかい?」
「ない。触れてわかったが、魔力を生成する器自体の機能が停止しておる。これを再起動させぬ限りは外の世界のような地道な経過観察による治療方法くらいしか出来んのぉ」
彩菜さんも予想だにしていなかったのか、困惑した表情を浮かべた。
僕自身もまさかそんな酷い状態になっているとは、思いもしなかった。
まあ……正直あんな戦いをしておいて「ひどい目にはあったけど割と無傷でした」なんて判定が下されたら、最強の魔女が「ほほう、あれではまだいじめたりなかったかな?」的なこと言って帰ってきそうだから何も言わないようにした。
「ひとまずわしから言えるのは、最低一か月の絶対安静と定期健診を受けるように、くらいじゃな」
「わ、わかりました。学校の方は……」
「座学はともかく、実技が出来ん以上は言ってもあまり意味はなかろう。彩菜よ。主が片手間で教えてしまえばよいのではないか? どうせ学園には入れんだろうからの」
「…? 入れない?」
イリ―ティアの言葉に茉弘が首を傾げて眉根を寄せる。
彩菜は考え込むように腕を組んで、ふむと頷く。
「確かにその方が彼のためになるだろう。ただ、いくつか問題がある」
彩菜が人差し指を立てて続ける。
「一つ。無華花彩菜として活動できる時間の制限。『来訪者』対策として希愛と私の身体を融合させたわけだが、今の状態は希愛の身体に無華花彩菜という人間が乗り移っているような状態だ。何を危惧しているかはわかるかな、茉弘」
「ぼ、僕が答えるんですか?」
「イリ―ティアが答えたら授業にならないだろう。さ、当てずっぽうでもいいから答えてみたまえ」
そういわれても、そもそも問題があると告げられたこと自体に驚いている自分には、それ以上のことなんてさっぱりなわけで。
心なしかなんか彩菜さんがニヤニヤしてるように見え、イリ―ティアはまるで悪戯をする子供に「またか」みたいな表情をしてる……。
答えに困りつつも、答えない理由も特にないので考えてみる。
そして数十秒ほどの思考を経て、静寂に包まれる中で答えを待つ二人に僕は視線を合わせて口を開いた。
「希愛の身体にっていう表現や制限がなんやらっていう話から推測に、恐らく彩菜さんが危惧しているのは――希愛本人に掛かる負荷、ですか?」
「正解だ」
彩菜は満足そうな笑みを浮かべて、そう言う。
「今のわたしが表に顔を出すには、希愛の魔力回路を頼らないといけない。つまりわたしが表に出てくるだけでも希愛の身体には負荷がかかり続け、術式を使用しようものなら多大なる損傷を希愛の身体に与えかねない。現にこの身体もまだ万全には程遠い状態だしね」
彩菜さんが笑ってそう言うと、イリ―ティアさんが彩菜さんを見るや否や半眼を作って「笑いごとではないわ」と耳を引っ張る。
痛い痛いと彩菜さんがイリ―ティアさんの手をトントンと叩き、手が離れると彩菜さんが引っ張られた方の耳をさすって続けた。
「まあそんなわけで、わたしが茉弘に教えるとなると学園での業務をこなしつつ、無華花彩菜としても活動しなければいけないという過酷状況になるわけで、正直かなり辛いものがあるんだよ」
「負担がかかっているのは前からじゃろ、と言いたいが――確かに今のお主では疲労はするであろうな」
「だろう? となるとやることを絞るしかない」
言って、彩菜さんが僕の方を見て、魔女の微笑で言った。
「わたし――白波希愛も、『庭園』を休学いたします」
……。
…………。
………………。
……………………え?
「え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ――――!?」
「ということで、茉弘とわたしの休学届を届け、先ほど受理いたしました」
学園長室に呼ばれて入るや否や、あっけらかんと希愛が言う。
話し合い(だったかはちょっと怪しい会話)が終わって早三時間、さっき記入したばかりの休学届がもう受理されているという異常に僕はただただ困惑し、「そんなに早く受理されていいものなのかそれは……」と思いながら、この『庭園』における学園長が持つ権限の強さを嫌な意味で認識していた。
「休学理由については、二日前にあった庭園の騒ぎに巻き込まれ、イリ―ティア様から療養を命じられたためということにしてあります。なので誰かに聞かれた際はそう答えるように」
「それはわかりましたけど、なんで口調戻してるんですか?」
「イリ―ティア様と協議した末、彩菜様が無事に戻るまでわたしについては伏せる形にいたしました。なので、茉弘もわたしと彩菜様の関係については一旦忘れるようにお願いいたします」
「あ、なるほど」
彼女たちの持つ秘密は、伏せた方が都合はいいのだろう。
伏せる理由はいまいち理解できてないが、明晰な彼女らが決めたことならばそうするべきなのだろうと考え、首を上下に頷く。
「ひとまずこの一か月は、ひたすら魔術に関する座学を身に着けるのと、見分を広めることと身体が鈍らぬよう、誰もが知る魔術の名所に訪れ、そこで様々なことを感じ、経験していただきます」
「聞くだけだとかなりシンプルに聞こえますけど、結構なスケジュールなんじゃ――」
「転移を使えば一瞬ですので、特に問題ありません」
「あ、確かに」
すっかりと存在を忘れてたけど、前にも転移したことあるんだった。
庭園内で上位の権限を持つ人や地位の高い人が使える、みたいな話をされた気がするけど、思えばあれは嘘、というか詭弁で、『転移魔術』も彩菜さん独自のものなのだろう。
「では、さっそくやりましょうか」
「え、今からですか!?」
「はい。あなたには知識が無さすぎます。まずは簡易的にかつ迅速に叩き込みます」
「め、目が怖いですよ。希愛さん」
「無駄口不要。メモを取りなさい」
すっかり教師モード(もとから教師だけど)の希愛に睨まれながら始まった学習の日々が始まった。
そこからは、ただの地獄だった。
少なくとも振り返る記憶では、過酷さに叫んでいる『僕』 は、幾度となく逃亡を図っては首根っこをつかまれては机に括り付けられ、無数の魔術に関する書物を泣きながら読んでいた。
拷問よりつらい? ――いいや、辛くない。
尋問の方がよかった? ――いいや、よくない。
辛さの方向性が違う。あれはそんな言葉で表現できるものじゃない――!
――あれは、『恋心』を利用した『洗脳』だ。
「どうされたのですか? この程度も覚えられないようでは、彩菜様がため息をつきますよ」
――やだ。やだやだやだ。やだやだやだやだそんなのされたら死にたくなる。
「次はあちらの建造物です。こちらの書物と関連付けて読みなさい。――泡を吹いている暇などありませんよ。まだ何十とともに巡るのですからしっかりついてきてください」
――これはデート。これはデートデートデートデートだそう思わないと、心死ぬ。
「――どうしたんだい? あの時の剣撃はもっと鋭かったはずだよ。さ、もっと打ち込むんださあ早く」
――疲れたもう走れない剣振れない息辛い療養ってこんなんだっけ絶対違う……。
侍従と魔女の側面が織りなす熾烈教育に。
僕は、ただひたすらに喰らいついた。
そうして――一か月後。
「よく頑張りました」
「――――――はぃ……死ぬ」
僕は地獄を乗り越えた。
そして――彩菜にはもう師事されないようにしようと決め、絶対に機嫌を損ねないよう、紳士的に生きていこうと決めたのだ。
そこからさらに一か月。何があったかは語りたくない。
強いて言うなら――労わる心を持とうということだけだ。
「……」
「…………」
「――いつまで黙ってるのよ!?」
「あ」って言ってから何も言わない二人(一人は聡明な頭脳を以て言い訳文を作成中。一人は過去を振り返り現実逃避中)に痺れを切らし、凛祢が大声を上げた。
そこでまたしても周囲の人の目は殺到し、どこかから通報が入ったのか警備員にがやってきて注意され、結局凛祢の疑問は解消されぬまま、黙秘を決め込む二人に睨みをきかせながら、当初の目的地に向かったのだった。




