37 退学の危機
「——希愛、これが最新の診断結果じゃ」
「ありがとうございます、イリーティア様」
「主の頼みは無下に出来ぬよ。じゃが……中身を見てもわしに怒鳴るでないぞ」
「わかっております。……ところで、いつからわたしにそんな印象が?」
「気にするな」
イリーティア・ヴェンディが肩をすくめて言うと、それを不思議に感じて白波希愛は首を傾げるが、受け取った封書の中身ほど気になることではないので封書に意識を戻し、中身を取り出した。
そして——その内容に一通り目を通して、希愛は小さくため息をついた。
「間違いないと分かった上での確認です。本当に……今の状態を正確に示した数値でいいのですか?」
「最新鋭のメディカルマシンとわしの治癒魔術で確認しておる。99.9パーセント間違いないだろう」
「…………」
その言葉を受け、再度希愛は用紙に目を通す。
〈極彩の庭園〉1-A-28番 学生名:式部茉弘 魔術師階級:D
《顕現術式》
【第一顕現】真誓憧光と呼称。
・能動的行動に対する魔力生成権。
限界突破《リミットオフ》の解錠権。
・魔力回路損傷に伴い、現在使用不可。
【第二顕現・表】解き放つ誓剣と呼称。
・透剣作成。付与可能な元素対象:全元素対応。
・真誓憧光発動時、生成魔力の蓄積権《チャージ》付与。
・限界突破時、【第二顕現】誓い果たす希望の剣へと変化。
・魔力回路損傷に伴い、現在使用不可。
【第二顕現・裏】誓い果たす希望の剣
・解き放つ誓剣の攻撃範囲・威力への超高補正。
・魔力回路損傷に伴い、現在使用不可。
【第三顕現】発現なし
【第四顕現】発現なし
以上の結果を持って、本診断結果の詳細とす。
「…………そう来ましたか」
「?」
「いえ、お気になさらず。ひとまず結果は茉弘の方にお伝えしてきます」
そういって頭を下げ、希愛は静かにイリーティアの診察室を出る。
そして数歩歩いた先で、頭に手を当てると髪をわしわしとして——
「…………ほんとうに困ったことになってきているな、これは」
と、ぼやくように言い、用紙を静かに握りしめた。
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「——希愛、これ……どういうことですか?」
「どういうことと言われましても」
「説明してもらえないと、すごく困ります」
「まあ、言いたいことはわかりますが……正直わたしに聞かれても答えられないです」
少年が唖然とした表情のまま言うと、正面で紅茶を飲む希愛も彼同様に困った顔をした。
式部茉弘。希愛の——正確に言うならその中にいる少女、無花華彩菜の騎士である。
もっとも、叙勲式はしてない上にまだ公に騎士であるとは言ってないので、現状は自称《騎士》である。
そんな二人がいるのは、魔術師養成機関〈極彩の庭園〉、中央学舎の最上階に位置する学園長室だった。
茉弘と希愛は、それぞれ向かう形でソファに座りながら、希愛に渡された診察結果を計四回読んでいたのだが……
その内容に、茉弘は困惑と不安な表情をし、片や希愛は困った顔でかつ申し訳なさそうに目を逸らしながら紅茶を飲んでいた。
「希愛。あれからどれくらい経ちましたっけ?」
「もうすぐ二か月を迎えますね」
「庭園の休学期間ってあとどれくらい持つんでしたっけ?」
「休学追加日数を含めてあと七日ですね」
「——彩菜さんが言っていた完治までに要する期間はどれくらいでしたっけ?」
「確か、一か月だったかな?」
「もうとっくに過ぎてるじゃないですか。どうなってるんですか、これ」
茉弘は口調と雰囲気の変化した少女に向かって言いながら、いまだ包帯を巻かれている左腕を指さした。それに対して、希愛——正確にはその中にいる彩菜はあはは、と乾いた笑いで返した。
「いや……まあ、あれだね。何事も凄腕医師の見解や最強の魔術師の言葉だけで判断してはいけないということだね」
「冷静に言ってる場合じゃないですって……あと七日以内に復学しないと強制退学になっちゃいますよ、僕⁉」
あの戦いから二か月が経ち、現在茉弘は〈庭園〉を休学していた。
治癒魔術が往来している〈庭園〉にとって休学制度は生徒たちの遠征授業や外界に住む家族に会いに行く際に数日ほどの休学ができる制度だが、治癒魔術だけでは完治せず、長期的な治療を有する魔症例(魔術師がかかる病のこと)の治療等を理由に、二か月間の休学制度を受けることが出来る。
茉弘はあの戦いの後、イリーティアの診察を受け、魔力を生み出せず、練ることも出来ない魔症《魔力生練不全症》と、重度の魔力回路破損の二つの魔症症状を負っていることが分かった。
診察していたイリーティアが、「どれだけの無茶をすればこうなるんじゃ……」と深いため息を吐くほどに酷いらしく、一か月の絶対安静と定期通院を言い渡され、療養のために強制休学となっていたのだが……
経過は思ったよりも良くなく、病気を治すどころか予備休学期間を含む残り七日で復学できる状態にならなければ〈庭園〉の制度に則って強制退学となるという、かなりなピンチを迎えていたのだ。
「まあ、あれだね。やってしまったことはもうしょうがないかな」
「しょうがなくないですよっ⁉ これ、ほんとにどうするんですか……」
茉弘があわあわと頭を抱える姿を見ながら、彩菜もまたかなり本気で悩んだ顔を見せた。
「わたしとしてもどうにかしてあげたいのは山々だが、イリーティアの治癒魔術でさほどの回復が見込めないとなると、庭園では手の施しようがない」
「彩菜さんでも無理なんですか?」
「世界最強を名乗っておいて言うのもなんだが、わたしとて全てに優れているわけじゃない。
治癒魔術においてイリーティアはわたしの数段先の次元にいる。
その彼女で無理ならわたしでは到底無理だろう。
——まあただ、当てはある。ティアに所在を探してもらっているところだ」
「え、当てがあるんですか? 世界最高治癒魔術師さんでも治せないのに?」
茉弘が首を傾げていうと、彩菜は腕を組んで返す。
「何も人を癒すのは治癒魔術だけじゃない。例えば——」
と、彩菜が続けようとしたとき。
突如何かに気づいたように彩菜が視線を下にし、ポケットからデバイスを取り出して耳に当てた。
「私だ。——ふむ、やはりか。
……いや、いい。どうせ向こうには行かなくてはいけないからね」
そう短く受け答えを済ませ、
「——朗報だ、茉弘。キミを治せる可能性のある生徒が一人見つかった」
「えっ、生徒内でですか? どんな人なんです?」
茉弘が問うと、彩菜はデバイスを操作して茉弘に画面を見せてきた。
そこに移っていたのは〈庭園〉の制服に身を包んだ少女の写真と、そのプロフィールデータだった。
「この人は……」
「彼女の名前は、兎咲雛。現在は京都の『帝安の煉城』にいる『調和』の術式を持つ稀有な魔術師だ」
「調和の術式? それってどういう術式なんですか?」
「簡単に言ってしまえば、君の中で悪さをしている霊力と魔力を馴染ませて全く別のエネルギーに変換できるかもしれない力だ」
「ほうほう、そんな術式があるんですね」
「イリ―ティアがオールラウンドにあらゆる症例に対応できる治癒術師だとすれば、彼女は状態異常症例のエキスパートだ。呪いとかの類の治療に関しては、イリ―ティアを凌駕するだろう」
「はえー。でも、なんで庭園じゃないほかの育成機関に?」
「三か月前に京都で少々厄介な問題が起きてね。その対処のために貸し出している状態なんだ」
「それって、聞いてもいいやつですか?」
「いや、秘匿事項だ。悪いが君でも話せない」
「ふむぅ……」
不満そうな顔をすると、彩菜に頬をつねられた。
まあ本気ではないのでそんなに痛くなかったが、ちょっぴりヒリヒリする。
「そろそろ帰りたまえ。もうすぐ寮の点呼時間だろう?」
「え、もうそんな時間なんですか?」
彩菜に言われて壁掛けの時計を見ると、針は五と七を指しており、一七時三五分を示していた。
ちなみに寮点呼の時間は一八時ジャストだ。
「あと二五分しかない!?」
「早く戻りたまえ。寮長に怒られてもわたしは助けないよ」
「し、失礼しましたー! また来ます!」
そう言って、そそくさと茉弘は部屋を後にしていく。
絶対安静と言われてるのに廊下を走っている音が聞こえ、思わず苦笑する。
「それにしても――あと七日か」
茉弘の診断書とその真横にある退学通告書を見つめ、彩菜は困った顔で小さくため息をついた。
「間に合うのかな――これ」
この場に少年がいたら言えなかったであろう一抹の不安を、静かにこぼしたのだった。




