35 目覚める剣
目覚める剣と書いてますが、剣=まほうだと思ってください
「……そろそろ不愉快だぞ、茉弘。わたしでさえ、どうにもならなかった滅びをキミがいれば対処できる?
ふざけるなよ。そんな事は出来はしない」
「やってもないのに決めつけるなんて彩菜さんらしくないです。僕はそんなの認めない」
「認めないならどうするんだ? その脆弱な第一顕現で立ち向かおうなどと考えてはいまいだろうが」
「……」
着実に、彩菜は苛立ちを覚えていた。
議論の余地はない。にもかかわらず食い下がってくる茉弘と言葉を交わせば交わすほど、反面的に信じてみたいなどと、『甘え』が生じる。
それがさらに彩菜を苛立たせた。
もう聞きたくもないと癇癪にも似た感情を瞳に灯して、彩菜は杖を掲げた。
「あなたが諦めないなら——俺が、あなたを諦めさせる……!」
「…………ッ!」
茉弘の言葉に、彩菜は一瞬息を詰まらせ——しかしすぐに激情のまま口を開く。
「いい加減に黙れ――ッ!
君は知るまい。空が割れ地が崩れる終末の景色を!
君は知るまい。人々と嘆きと畏怖に満ちた絶望の光景を!
君は知るまい! 愛する者を目の前で失い、ただ逃げることしかできなかったわたしの無念を……ッ!」
そして、今にも泣きだしそうな顔で、悲鳴じみた声を上げる。
「正しくない事なのはわかっている。この所業を悪逆非道と罵ってくれて構わない。だがそてでも——二度と世界を終わらせないために、君を倒す……ッ!
わたしを殺して、今度こそ世界を救うんだッ!!!」
彩菜が、初めて茉弘に瞋恚なる殺意を以て、茉弘を睨み付けてくる。
茉弘はそれに真正面から返した。
「——なら、その想いごとあなたを止める。他ならない……あなたの為に!」
「戯れ言を……抜かすなッ!」
彩菜の叫びに呼応し、その背後に巨大な花の如き大輪がいくつも咲きほこる。
そして一斉に茉弘に向けて、そこから凄まじい魔力砲を放ってきた。
一撃で即死。避けても瀕死。そう想起させる嵩絶たる光。
それらが、数えるのも馬鹿らしい物量を以て、茉弘に襲いかかってくる。
けれど茉弘は、その絶対絶命の状況の中、静かに目を閉じた。
「——精霊の力では、壊れ続けるこの身体じゃ、あなたには敵わなかった。
当然だ。あなたは最強の魔術師で、誰よりも強い人なのだから」
でも、と光越しに彩菜を見つめながら、続ける。
「けれど、今だけは——そんなあなたであっても負けるわけにはいかない」
虹色に輝く視界の中、全身から鳴り響く鐘の音が臨界する感覚。
まだ名前のない第一顕現が意思に呼応するように産声を上げる。
憧憬への想いを蓄積し、純粋なる力へと変換する顕現。
鳴り響く静鐘楼の音に肥大させ、その音に感化されるように今一度、拳に想いを込める。
未来を変えるために、手を染める道を選んだ彩菜にその選択をさせないために。
誰よりも世界を愛している彼女を助けるために――ッ!!!
「第二顕現——」
虚ろな意識の中、己の喉から漏れる声だけが鮮明に。
茉弘の頭上に、白銀の星紋がもう一画、姿を現した。
「——【解き放つ誓剣】——」
その声に呼応するように、茉弘の手の中に魔力と意志の力が収束し、一振りの剣を形作る。
黒曜でできたような、漆黒の剣。
眼前に広がる虹の極光すら塗り替えてしまうような、黒き刃。
「どれだけ辛い未来や現実が待っていても——逃れられない終わりでも——」
響き渡る音色は鐘から、大鐘楼へ。
発現した第一顕現によって集積された純白の光粒を、生まれたばかりの第二顕現と自身に纏わせる。
もっと——もっと強く!
この一振りを以て、あの人を今も蝕む絶望の影を切り裂くために——!
燃やす。——己の身が焦げるほどの憧憬を。
蓄積する。——彼女を覆う『絶望の中の希望』を終わらせるために。
誓う。——あなたを——救って見せると。
「——限界解除……っ、だと……⁉」
あり得ないとばかりに彩菜は、目の前の光景に目を見開いた。
――限界解除。
自らの肉体に課せられた制限を解除し、目の前の少年が限界の先にある力に指をかけたのだと直感すると同時に驚愕する。
ゴォーン、ゴォーン、と。
鳴り響き続ける大鐘楼の音色の音がまだ上がることに。
それに比例するように絶大な魔力があの黒剣に収束し、その色を白に変えていることに。
(喰らえば——無事では済まない!)
積年の経験。幾度となく見てきた脅威が彩菜にかつてない警鐘を鳴らした。
「——降りそそげ、星屑の輝き……ッ!」
杖型の第二顕現を振りかざし、彩菜は絶叫を上げた。
その命に従い、光線と呼ぶには膨大すぎる魔力の光が、茉弘を押しつぶさんと全方位から殺到する。
この空間が無ければ庭園丸ごとを消し飛ばす凶悪無比な光。まさに必殺の一撃であった。
——だが。
「…………っ⁉」
次の瞬間、彩菜は思わず息を詰まらせた。
理由は単純。視界を埋め尽くした光を裂くようにして——
茉弘が、彩菜に肉薄してきたのだから。
「な——っ」
その右手には、大鐘楼の音色と極光をともなう剣を。
そしてその全身は、同種の白き光に寄り添う闇色の影に包まれ。
まるで——かつて見た彼女の姿のように。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼」
かつてない咆哮を上げて迫る茉弘を前に。
「——————」
音もなく。
声もなく。
この世界でただ一人だけが聞く、壮烈な雄叫びを聞いて。
己の放つ光すら呑み込む純白の極光を前にして。
「ああ、なんて——暖かい……」
白く染まる世界。
崩れ去る絶対不落の領域に、『憧憬の一撃』が咆哮する。
「あ————」
痛みはない。全身に極光を浴びながらこの身は一つとして傷ついていない。
けれどその代わりに、手にしていた杖が、身に纏っていたドレスが、誰よりも完成された世界が、まるで硝子細工のように、頭上の星紋と共に砕け散った。
キラキラという光を残して、彩菜の魔力で編まれた顕現体が、虚空へと消える。
「————」
その幻想的な光景を見ながら、彩菜は不思議と満足していた。
顕現の消失が意味するのは敗北。——最強の魔女・無華花彩菜が、式部茉弘に敗れた事実を物語る証拠だった。
計画は潰えた。なのに不快感がない。屈辱も感じない。
——彩菜の魔術の神髄は、無限の創造と具現。
第四顕現が発動した時点で、創造した世界とその主に敗北はない。
ならば、この結果は。この結末は——
「そういうことかい……十香――」
彩菜は、やられたなと喉の奥を震わせた。
「————、…………っ、————ッ」
純白の極光に染まる中。
ただ夢中で解き放った全霊の一撃。己の全てを出し尽くした茉弘は、かつてない疲労感で途切れそうになる意識をどうにか繋ぎ止めていた。
今ここで意識を失うわけにはいかない。今ここで倒れるわけにはいかない。
初めて振るう己自身の純粋な魔術。精霊の力に引けを取らない凄絶な一撃の反動に全身が悲鳴を上げる中、憧憬への想いのみで意識を現実にへばりつける。
だから、茉弘がそれに気づいたのは、全身に暖かくやわらかな感触が生じてからだった。
「ぇ——」
——彩菜が茉弘の身体を抱きしめている。
その事実が脳が認識し、茉弘は思わず声を漏らした。
「——ここまでしてわたしを止めてきたんだ。
『この世界』に、未来と同じ光景を拡げてくれるなよ?」
彩菜の声がそう言うと同時。
茉弘たちを起点とするように、残っていた最後の空間が、崩れ去った。
「彩菜さ——」
名前を呼ぼうとするも、それ以上声が続かない。
限界のその先まで解放した茉弘の意識は、闇に沈むように急速に薄れていった。
最後に、茉弘の耳に残ったのは——
「——『わたし』とこの世界を頼んだよ、茉弘」
そんな、彩菜の言葉だけだった。
次回、一章最終回です




