32 無限なる世界
終わりを見た。
抗いようのない絶望に、世界が沈むのを感じた。
「…………ああ」
無華花彩菜は、世界に存在する事象や物質、世界に存在するあらゆる『無限』に干渉し、それを使役する顕現術式を持つ異質な資質を持つ魔術師だった。
その資質は、かつての世界王にして親しき友であった『精霊』から魔術の秘奥を継承し、創世した世界で親しき人間から魔術師最強を座を奪いさり、『世界最強の魔術師』と称されるほどの絶体的存在へと昇華していった。
そんな彼女が。
「だめだ。皆死ぬ」
そう言って絶望したのは、今から四〇〇年前。
最初の地球を終末に導いた破滅の導き手にして、黒き終末龍。
黒龍を初めて目にしたとき、彩菜は今のままでは勝てないことを悟った。
だから魔術の秘奥を以て、星を巨大な封印場所にして黒龍を星の表面に封印した。
――だが、無駄だった。
あの黒き終末は、封印すら破って世界を終わらせに来た。
そして、一人の少年が龍に立ち向かう姿をわたしは止めることはできなかった。
忘れてなるものか。
二度と失ってなるものか。
繰り返させてたまるか。
たとえ自分の過去も未来も、全ての犠牲を払ってでも
――君と、この世界だけは守ってみせる。
それがあの日、あの世界から逃げたわたしができる、せめてもの償いだ。
「ああああああああああああああッッッ‼」
猛り狂う少年の強撃を、決して浅くはない攻撃まで落として受け流す。
〈庭園〉に被害を与えぬよう領域の出力を維持し、自分に向けて振われる力を自らの世界に留め続ける。
精霊と魔術師。混ざりつつあるその二つの力に振り回されながら拮抗してくる。
己の中にある全ての力と今なお燃え続けている強い意志を以て、彩菜を止めると吠える。
「ふッ‼」
「っっ⁉」
だから彩菜は試した。
自分を止めうる脅威に問うために。
その意思を確かめんと反則技を見舞う。
自分で導いた少年が、彼女が導いた少年が、何を為すのかと。
わたしを止めるなどという綺麗事を吠えてみせた彼を。
この手で操る世界を潰されることなく、抗うというのなら抗えと。
今もなお死力を尽くす【未完の魔術師】の目を見つめて、最強の魔術師は『それ』を口にした。
「【永久の庭園、無限の天楼】——」
響き渡る詠唱。
消えつつあった聴力にも響く鈴の声音に、満身創痍で猛り続けた茉弘が目を見開いた。
「詠唱……⁉」
正確には違う。
顕現術式は肉体に宿る権能と心が描く空想を作り出す性質上、詠唱は無く、術式の真名と合う顕現段階を引き出すだけで成立する。
それが庭園で学ぶ魔術師の強さの所以にして、彩菜が築いてきた〈庭園〉の歴史だ。
だが、無意味という訳でもない。
詠唱はその魔術にある本質そのものを引き出し、自分の星紋に術式そのものを『装填』する。
その威力は顕現術式をゆうに超え、超絶たる『絶対攻撃』へと姿を変える。
それゆえに制御が難しく、並の魔術師では自身の術式に耐えず四肢が壊死する。
それの発動が意味するのは、一つ。
この長く短かった死闘の逢瀬の幕引きである。
「その魔術は……⁉」
庭園の中でただ一人しか知らない『完全詠唱』による顕現領域の展開。
肌で知覚出来るほどの、純然にて絶望的な魔力がたちまちに周囲を包んでいく。
少年が戦慄する。内なる精霊が今すぐ殺せと猛る。
魔女がその高鳴りを捉える。
(——ダメだよ)
内に響く一瞥。
声音にまで宿る魔力が、握る大剣以外の全ての力を削いだ。
(もう終わりなんだ。これで)
終幕の報せが響き渡る。
「ダメだッ! 俺はまだ——!」
止まらない。
どれだけの斬撃を放とうとも、彩菜の創り出した知覚できない障壁に防がれて届かない!?
「【この身は世界と在り、生命は世界と共に在らん】——」
出し惜しみなどしない。
これで茉弘が再起不能になるのだとしても、彼の精霊がそれすらも癒せると知っているから。
魔力臨界——魔術回路の限界解除を以て為されるそれは、彩菜が持つ無限でしか開くことのない魔術師の極点。
その誕生を妨げられるものがいるとすれば、それは彩菜しかいない。
しかし彼女は魂と心、そして記憶と知恵の身を仮初の器に宿し、少年の為に死力を尽くして退場した。
一切超えさせる気はない。反抗の隙すら残さない。
一瞥の元に、彼の矜持も覚悟も思いもまとめて殴殺し尽くす。
「【無限の生命を統べる汝よ、戴冠の時来たれり】」
まさに無限。
そう思わせるほどの理不尽なまでの魔力の高まりが世界を包む。
そして――その時が訪れた。
「第四顕現【無限なる世界】」
生じる世界。
茉弘の記憶にあるどの世界とも異なる異端さが、摩天楼の世界に纏わりつく。
無限に思えるほどに広がっていた世界を呑んでなお、それは広がり続ける。
まるで果ての無い『無限』のように。
「なっ……………………」
呆然とその光景を見つめた茉弘が、絶句する。
建物も、世界も、襲い掛かる術式も全てが飲み込まれてゆく。
「さよならだ、茉弘」
その声に呼応し、全てを呑む白光が、茉弘すらも呑み込まんと迫ってくる。
「く——!」
茉弘は剣を掲げるとそれに残る霊力を操作し、『精霊の一撃』を召喚しようとする。
「さよならだと言ったはずだよ、茉弘」
これまでのどの呼び声よりも強く、ハッキリと彩菜が言う。
それはまるで、式部茉弘の未来への告げのようだった。
「君はよく戦った。身をボロボロにしての行使とはいえ、彼女のようにその力を奮った君の真勇には称賛に値する。
だけど、これが結末だ」
「あ————」
喉から漏れる今にも泣きだしそうな声を聞きながら。
茉弘の意識は、目映いまでの光に呑まれていった。
お久しぶりです皆さん。
はい、はるたんです。
新人研修が始まって早三週間ですが、なんと今日やっと一話更新できました。
マジで待たせてすみません。
こんなに忙しくなるとは正直思ってませんでした。
落ち着くまではかなり不定期更新になると思いますが、迷走しない限りは更新を続けます。
これからも暇だったら読むか感覚でいいので見て頂けると幸いです。




