03 牢屋でのお目覚め
「ん……う……」
茉弘が目を覚ましたのは、冷たく暗い牢屋のベットの上だった。
数度瞬きをしたのち、ぐるりと辺りを見回す。
広い牢屋だ。壁際には茉弘が背負っていた鞄と制服が丁寧に掛けられ、机の上には牢屋という雰囲気にはあまりに似つかわしくない食事がラップで蓋されて置かれている。
茉弘はベットから下りて食事の置かれた机に近づく。と、そこに一枚のメモ用紙のようなものがあるのに気づき、おもむろにそれを読んだ。
【——事情を説明せずにこのような場所に入れて申し訳ない。
君が目覚める頃にはそこから出れるよう取り計らっておくから、ご飯でも食べながら待っていたまえ 無花華彩菜】
文面を読み取るに、迎えに行くまで大人しく待っているんだよ? といった感じの意味が込められた内容だった。
無花華彩菜。突然茉弘の前に現れた暴力的なまでに美しい美貌を持った少女の名。
突然その場に現れたと思えば「失礼するよ」と言って茉弘の額に触れると、原因不明だった謎の熱と身体の発光が収まり、茉弘が傷つけてしまった少女の傷を身体に触れただけで完治させるという離れ業をやったのけた。
しかもそれだけに留まらず、少女は指をパチンと鳴らしただけで辺りの情景が変容し、今現在茉弘がいるこの牢屋へと変えたのだ。
彼女曰く、空間を跳躍して移動したとかなんとかと言っていたが、茉弘には何が何だか分からないまま、不意に彼女の手で頬を撫でられて——
「……記憶がない」
あまり考えられないが、多分そこで意識を失ったのだろう。
あれからどの程度時間が経ったのかはわからないが、腹が空いてる感覚があるということは四、五時間程度は経過しているのだろうか。
「まあ、ひとまずこれだよな」
そう言って茉弘が目を向けたのは、ご丁寧にラップされて置かれている白米にみそ汁、千切りキャベツの上にミニトマト、そして四つのから揚げ。さらにボトルに入ったお茶だ。
一般家庭で出そうな食事ではあるが、明らかにこの場の雰囲気には合っていなかった。
「置き手紙の内容的に、どうみても僕のための食事、だよな?」
お腹もそれなりに空いている茉弘としては今すぐにでも食事にありつきたいが、状況の異常さが食欲にブレーキをかけていた。
と、そのとき、カツンと足音のような音があたりにこだました。
「…………っ」
茉弘はごくりと息を呑んだ。
それも当然で、妙な扱いを受けているものの、今の茉弘は牢屋に投獄されている状態でここがどこなのかも把握できていないのだ。
そんな場所にやってくる人物がいるとするならこの施設の管理人、もしくは強面の看守長のようなものだろう。
徐々に近くなる足音に合わせるように心臓の鼓動が加速する。茉弘は自分の胸にあたる場所をぎゅっと握りしめ、音の方向に首を向けた。
「やあ。待たせてすまないね」
そう親しげな挨拶で微笑ながら現れたのは、看守長のような強面で屈強な男性でも無ければ管理人とはとても思えないような、それこそ一国の王女様のような豪奢なドレスを身に纏った女性だった。
顔立ちは大人の色香に指をかけ、豊満な胸部と脅威的なまでに完成された等身とスタイルは、女神ですら嫉妬を抱くほどのもので——
「あ……」
と、彼女の顔に目を向けた瞬間、彼女の顔に見覚えがあることを思い出した。
「無華花……彩菜、さん?」
そう。彼女の容姿と顔は、意識を失う直前に自身をそう名乗った少女と同じだったのだ。
「大正解。改めまして式部茉弘くん。——私の名前は無花華彩菜。この学園の学園長を務めている魔術師だ」
言って、恭しく礼をしてくる。
茉弘は勢いよく鉄格子を掴んで彩菜と目を合わせた。
「ここはどこなんですか? 何で僕はこんなところに入れられてるんですか? 教えてください!」
茉弘の問いに、彩菜は小さくうなずいてから答えてきた。
「ここは〈極彩の庭園〉。今は秘匿保護対象として、君を保護させてもらっている」
「ほ、保護って——、というかここは日本じゃないんですか?」
「いや、日本だよ。それも君が暮らしてる東京都の桜城市内だ」
「な——」
その衝撃的な情報に、茉弘は思わず目を見開いた。
そして胸の内に生まれていた衝動を、言葉で漏らす。
「東京って……凄いですね——」
「……………………、へ?」
「え?」
茉弘と彩菜は、互いに不思議そうな顔をしながら首を傾げ合った。




