28 舞台凱旋
「あああああああああああああああああああああッッッ——!」
まるで獣に変わり果てたかのように咆哮をあげ、茉弘はまだ自身すらもその権能を理解していない第二顕現を握りしめて彩菜の元へと肉薄する。
が——
「——風よ、逆巻け」
一瞥が唱えられた瞬間、彩菜の周囲に渦巻く風が生まれた。まるで塵旋風の如きその風が彩菜と肉薄する手前で茉弘の進路を塞ぎに掛かる。
「——ッ!」
たまらずそれを【最後の剣】で一閃し、風と刃が衝突する。
当然のように押し切ることは出来ずに互いの一撃が相殺され、その余波が両者の身体に襲いかかる。
彩菜はそれを第一顕現で遮り、茉弘は【最後の剣】で真っ向から受け止める。
どういう仕組みなのかはわからないが、【最後の剣】を振るうとその刃が裂いた範囲の正面に対してのみ、一閃した刃は距離を殺すことが出来る。
距離が遠のけば遠のくほど威力と斬撃速度は低下するようで、雑な距離感で振るっても期待するほどの性能が出ない。
だが、それでも斬撃であることは変わらない。
距離を殺す斬撃――【最後の剣】がもたらす奇跡は彩菜と辛うじての拮抗を許した。
計七撃。彼女がたたきつけてきた顕現術式の数であり、茉弘がどうにかこうにか受け切った総数である。
『敵』として邂逅した彼女の存在感と無慈悲なまでに格の差を伝えてくる暴力に茉弘は身を震わせながらもすべてを斬り伏せた。。
衝突の余波が過ぎ去ったと同時、迫った八撃目を茉弘は身体を大きくひねって半歩の距離で回避しきった。
「……やれやれ。全部凌ぐとは……想定よりも強くなったね」
彩菜が息を吐きながら、正面——精霊の剣を構える茉弘の方を見つめる。
すると、それに合わせるように、彩菜を中心とした空間から目映い輝きが茉弘の視界を覆い尽くす。
そしてその光が収まる頃にはもう——茉弘を包む世界の景色は、先ほどまで戦っていた前庭とは異なるものに変化していた。
「これは——」
無数の浮かぶ七色の塔と灰色の空によって構成された、異様な神秘性をもった空間がそこには形成された。それと同時に、既に彩菜の頭上には四重の星紋が極彩色の輝きを放ちながら出現していた。つまりこれは——
「第四顕現」
「その通り。世界の一部を自らが作り上げた心象で塗りつぶし、『己の世界』を顕現させる術式。もっとも、今回は君に一度見せた世界とは少し違う場所を用意させてもらったがね」
言いながら、彩菜が薄く笑う。だがその表情は、優美に語られる言葉とは裏腹に沈んでいた。
そこで、気づく。彩菜から敵意が消え、攻撃する手を止めたことに。
「何の真似ですか?」
「言っただろう? 受け切ったなら君の質問に答えると。
さあ、なにがききたいかな。私が〈庭園〉を裏切っているのか、何で凛祢を一時的に行動不能にしたのか、因子を手引きしたのは私なのかなどの質問でも構わないよ?」
「……! 彩菜さん、やっぱり——」
「やっぱりもなにも、君は気づいたからここにいるんだろう? 方法はどうであれ——〈庭園〉に怪物を招き入れ、意図的に八大使徒を黒幕に仕立て上げて、そしてそれらを行った理由に気づいた凛祢を混乱に紛れて襲撃したのが私だと」
「……っ!」
茉弘が聞くまでもなく、彩菜はまるで自白するかのように聞きたかったことのほとんどの答えを語った。
「いつからですか……、いつからこんなこと考えて——」
「…………いつからだろうね」
「え……?」
彩菜の言葉に、茉弘は一瞬身体が固まった。
「いや、最近のことのようにも感じるし、もうずっと前に考えていたような気もするんだ。記憶がはっきりとしない」
「な……っ、ふ、ふざけないでくださいっ! なんでしらばっくれて——」
「いや、茉弘。すまないが本当に覚えてない。正確に言うなら恐らく落としたと言ったほうが正しいのかな、この場合は」
「なにを言って——」
「ん? ああ、理解できないか。でも仕方がないから気にしなくていいよ。私に起きてることは代償のようなものだ。神もを恐れぬ所業に手を出した愚かな人間へのね」
淡々と独り言のように語りだす彩菜の様子に、茉弘は違和感を覚えた。
正面に立つのはまごうことない、無華花彩菜その人である。そして理由はどうであれ、茉弘の愛する可愛い妹を傷つけた憎むべき怨敵。正直、彼女であるからこそ茉弘はどうにかこうにか平静を保って彼女の言葉に耳を傾けられていた。
だからこそ感じた違和感——彼女と自身の間で交わされる会話が僅かにズレていることがどうにも気になった。
今の彼女は確かに質問に答えようとしている。でもそれは茉弘が聞こうとしていた範囲を超えてもはや自白の域に達しているように聞こえるのだ。
それが茉弘には、気持ち悪く見えた。まるで何かに憑りつかれているような彼女の姿に吐き気がした。
「……? どうしたんだい、そんなに顔色を悪くして」
「彩菜さんこそ……随分と苦しそうに見えますけど、具合でも悪いんですか?」
「ん? ああ、まあそうだね。良くはない。だから教えてくれるかな? 『わたし』はどこに隠れているんだい?」
「——————、え——?」
茉弘は、思わず息を詰まらせた。
理由は至極明快なものである。
意味がわからなかったのである。
だがそれは、同時に茉弘がここに来るまでに抱えていた答えのない、いや出るはずのない答えに辿り着くための鍵が回されたような問いかけだった。茉弘は困惑に眉根を寄せながら、対する彩菜をまじまじと見つめる。
「はは、何を驚いてるんだい? ふむ……しかし、その表情をするか。ここまで察したのは彼女の差し金かと思ったが、まさか本当に自力でたどり着いたのかい? ——ああ、いや違うか——」
彩菜は興味深そうに目を細めながら、茉弘の身体を舐めるように見回した。
「もしかして——『君』は『わたし』が何かに操られてる、もしくは『信じてる』がゆえにここに来ただけなのかな?」
「…………っ⁉」
「図星か。どうも奇妙な発言が多いと思ったが——なるほど、腑に落ちたよ。となるとあの事件も彼女の思惑で呼び出された君への当て馬、といったところか。いやはや、我ながら実にやってくれる。自分が生きるためなら君の思考も操って駒として使うか。とんでもないカードを作ってくれたよ、まったく」
言って、彩菜が肩をすくめる。
「茉弘、君はとんだ魔女を好いたようだね。『わたし』に代わって謝罪しよう。君を大変なことに押し付けたようだ」
「……どういう意味です? それにさっきからの発言、まるで自分に対して毒を吐くような言い草なのはなぜです? 凛祢を傷つけたのも〈庭園〉に終末因子を招き入れる芸当が出来るのもあなたのはずじゃ……?」
「はは、よくわかっているね。確かに君の言葉は正しい。因子を〈庭園〉に招き入れたのもわたし、そして凛祢を傷つけたのもわたしだ。もっとも——初回の『あれ』だけは私がやった事じゃないけどね」
彩菜が笑いながら言うと、豊満な胸に手を当てた。
「〈庭園〉で起きた事柄の大半は、わたしは仕組んだことだ。
——ただ、それよりも速くに事を起こした輩は、『彼女』は『わたし』の出現にいち早く気づいて身を隠して手を打った。
意図的に君の精霊を目覚めさせ、意図的に君の近くに終末因子を出現させ、君の覚醒を促した。——そうすればわたしが手を焼かざる終えない状況になり、時間を稼ぐことが出来る、とでも考えたのだろう。実際その通りになったしね。
——まったく、我ながらよくもまあ思いつき、実行したのもだ。完全ではないにしろ、君もわたしも、そして〈庭園〉全てが彼女の手のひらの上だったね」
「さ、さっきから……彩菜さんは何を言って——」
「ここまでに至るほとんどが『わたし』の計画でありながら、まんまと今いるこの時代の、無華花彩菜にしてやられたということだよ」
「は————」
その突拍子もない言葉に、茉弘はポカンとした表情を作った。
「どういう、意味——」
「……そのままの意味だよ。もう君に構っている暇はなくなった。本命がおいでなさる前に……君を再起不能に——」
そう言葉が紡がれようとした瞬間。
「——第四顕現『汝、戴冠せし庭園の王冠』」
その聞き覚えのある声が響いたと同時に、茉弘を包んでいた第四顕現の空間が罅割れた。
瞬く間に罅の範囲は広がり、あっという間に空間が砕け散った。
「な——」
「…………」
次の瞬間には前庭の景色が広がっており、その光景に茉弘は困惑した声を漏らし。
彩菜は掲げてようとしていた右手を静かに下ろし、背後へと振り返った。
白と黒を基調としたメイド服。口元をきゅっと締め、手首に四重の星紋を浮かべる人影。
その姿を見るや否や、彩菜はああ、やっぱりか、と腑に落ちたように声を漏らした。
「——————」
次第に明らかとなったその貌を見て。
茉弘は、完全に身体の動きを停止させた。
それはそうだ。何しろそこにいたのは——
「希愛……?」
——彩菜の侍従にして茉弘の世話係の、白波希愛その人であったのだから。
「やあ、茉弘。無事でよかった……と怪我してる君にいうのも変かな。まさか、ここまで耐えてくれてるとはね。ひとまず賭けには勝てたと見える」
気安い様子で、まるで別人のように乃亜がヒラヒラと手を振ってくる。
「……まさか、その姿のまま来たのかい?」
「ああ、その通りだよ『わたし』。これ以上の犠牲も被害も許容できない。無謀でも無茶でも今ここで君に勝つために〈極彩の庭園〉学園長・無華花彩菜として——僭越ながら参戦させてもらおうか」
その言葉を合図に、いつの間にか放たれていた希愛と彩菜の第一顕現が同時に衝突し。
『最強』と『最強』が奏でる轟音が周囲に響き渡った。




