24 強襲——【領域】
「——おおおおおおおおおおおおおぉぉぉ——————ッ!」
裂帛の気合と共に、凛祢は長剣を振り抜いた。
第二顕現【燐月煌】。柄の先に生じた光の長刃は魔力で構成され、最大で二〇〇メートルの全方位に対して斬撃を拡張するそれは縦横無尽に光の軌跡を描いて、周囲の終末因子を軽やかに斬り裂く。
強靭な身体と、一息で地表を火の海に変えるドラゴンと言えど、〈庭園〉の騎士の手にかかればそう難しい相手ではない。亜種であれば多少の苦戦もするが先のウンディーネのような異分子は見当たらない。故に凛祢もガンヴェルトゥも、既に四〇を超えるドラゴンを屠っていた。
残っているドラゴンの数は指で数えられるほど。街への被害は流石に抑えれず、見るに堪えない焼け野原に変わっているがもうまもなく決着し、事実の修正がなされれば全てが元に戻る
だが、凛祢は考えていた。
未だに空を舞うドラゴンの群れ。二人の〈騎士〉が即座に討滅を開始したからこそ対処できたがドラゴンが群れを為して現れる、そんな終末因子の出現前例はない。
——新しい終末因子。と言えばそれまでで終わるが、凛祢はそこに引っ掛かりを覚えていた。
三日前のグリフォンといい今回といい、茉弘が〈庭園〉にやってきてからの終末因子の出現期間があまりにも短い。それも現れるのは決まって茉弘の周辺。
偶然と片付けてしまうのは容易でも、凛祢はその結論で止めようとはしなかった。
引っ掛かりがある。明確な違和感を凛祢自身が感じている。〈騎士〉としての危機感ではなく、一人の家族としての危機感だった。
——兄様を狙っている?
だとしたらなぜ。どうして彼が狙われている?
茉弘が『精霊』である事実を知らない凛祢には、八大使徒に茉弘が狙われているかも知れないという結論にすら至れない。至るのは可能性の話。茉弘が誰かに狙われている可能性の話だった。
その胸騒ぎがするのに胸騒ぎを起こす違和感の正体がわからないことに、凛祢はどこか蚊帳の外にされているような感覚を覚え、苛立ちを振り払うようにドラゴンの首を飛ばした。
錬魔場には未だ数名の生徒がいたが、皆仮にも魔術師の端くれ。各自思い思いのやり方で身を守りつつ、避難誘導に従ってるようだった。目の端でそれを確認し、小さく安堵の域を吐く。
が、そこで凛祢はあることに気づいた。
——錬魔場の中に、茉弘と希愛の姿がないことに。
「茉弘——」
凛祢は喉を絞ると、眼下に視線をやった。
ちゃんと逃げてくれたならそれでいい。正直なことを言えば、力を借りたかった。あの第二顕現、どういう術式なのかはわからないが周囲に被害を出すことなく終末因子を斬り裂いていた。全開で戦えない凛祢たちにとって地上へ被害を出さないであれだけの殲滅力を有する術式は喉から手が出るほど欲するものだった。
いや、よそう。兄は魔術師にはなれない。させてはいけない。
もし兄が魔術師になってしまえば全てが水の沫になる。それだけは凛祢が命に代えても避けなけらばならないことなのだ。
ほんの一瞬。息を吸うように終末因子を屠りながら長考していた時だった。
思考を切って落とすかのように——
自分の周りを包む周囲の景色が、様変わりした。
「————!」
晴天を舞う竜が、眼下にある錬魔場が、じわりと闇が飲み込むかのように一瞬にして周囲の景色を変えた。
地面から波打つように草木と花畑が出現した。
果ての無い花園。風と土と生命。穏やかな静寂に包まれたモノクロの世界。
「——第四顕現……⁉ でもこれは——」
凛祢が息を詰まらせる。
そう。景観や色こそ違うが、凛祢は——私はこの世界を知って。
「そう、私の世界だ」
「…………⁉」
背後から聞こえた声に振り返る。
全身をローブで覆い、フードを雌株に被った何者かがそこにいた・
ただ、その頭上に浮かぶ四重の星紋が、彼、あるいは彼女が、この領域の主であることを明確に示していた。だからこそ——凛祢はその様に狼狽と困惑に身を染めてしまう。
顔中から汗が噴き出し、唇が震えた。自分でも信じられないほどに目が見開かれ、でも映し出される景色と焦点が合わなくて。
「あ、なた——は——」
凛祢は喉から、掠れた声で問いかけた。
フードの奥の唇の口角が少し上げ、不敵な笑みを浮かべて。
ローブの袖から、細く美しい指が覗き。
そして、寮域の主がその指をパチンと鳴らした瞬間。
「————ッ⁉」
地面からけたたましい地鳴りが響き、周囲に生えた樹々の枝、そして地面から生えた鋭山が、凛祢の手を、足を、腹を、ひと時の間もなく貫いていた。
「ぇ————」
自分に何が起こったのかさえ分からない。だた、声だけが漏れた。
全身から噴き出す血に溺れるように膝から花園に沈んだ。
一瞬。
目視すら叶わぬほどの速度で、凛祢は世界に襲われた。
「がふっ——ごほっ、あ、……」
意識が、消える。
中身が、零れていく。
どうして。——なぜ、あなたが……。
その問いに答えるように、領域の主はフードを外した。
せめてもの慈悲だと。そう言うかのように。
「…………ぁ」
その素顔に、凛祢は見惚れた。
先刻自分を傷つけた相手にも関わらず、その素顔はあまりに暴力的な美しさをもつ、敬愛し続けている人物と瓜二つの素顔だった。
「——悪いけど退場してもらう。君は、気づくのが早すぎた」
「…………」
声音に、覚えがある。
でももう、だれの声音だったかもわからない。
ただ懐かしさと、愛しさを感じるだけで。
「殺しはしない。事が終わるまでは眠っていてくれ」
意識の崖にかけていた指が離れる。
暗闇に、意識が溶け込んでいく。
瞼が重くなり、涙袋に僅かな雫を残して。
「…………にい…さ、ま……」
式守凛祢は、意識を手放した。




