22 騎士たちの予感
屋上でのやり取りを終え、教室に戻った茉弘と希愛は真昼先生からのサボったことに対するお叱りを受けた。希愛の予想通り、それなりの温情と同情の言葉を向けられたのでそんなに厳しいものでは無かった。罰も特に無かった。
そして凛祢はというと、茉弘に一撃入れて気絶させてしまったことよりもこのことを彩菜に知られたらどうしよう、といった様子で震えているのを緋咲に慰められている状態だった。ちなみにちゃんと謝罪はしてくれた。
それからまだ今一つ理解しきれない魔術の座学をどうにか乗り切り、四限目。
茉弘はクラスの面々と共に、中央学舎から今朝方いた錬魔場へと移動していた。週に二度ある実技の授業で、茉弘が初めて受ける授業でもある。
運動着へと着替えを済ませた茉弘は、錬魔場のフィールドに出ると軽く体を動かした。
連日の彩菜との訓練もあってか、身体の所々に少しばかりの痛みが走る。が、思っていたよりも疲労感はなく、体力自体はむしろ万全と言える状態であった。希愛が膝枕してくれたおかげなのだろうか。
「あら、思ったよりも似合ってるじゃない」
と、後方からそんな声が聞こえてくる。見やると、茉弘と同じく運動着を身に付けた凛祢と緋咲、とその後方に希愛がいた。
運動着の構成は半袖のトップスにインナー、ハーフパンツ。滑らかな肌触りながら、制服と同様の素材で縫製されているらしく、かなり強靭らしい。
かく言う茉弘も、ここ最近その強度の世話になっている。
「あ、うん、凛祢も似合ってるね」
「ぐぉえっげほっぐふぉ……ッ!」
凛祢が、その美人な容姿にそぐわない咳き込み方をしながら、その場にうずくまる。
茉弘は慌てて膝を折ると、その背中を撫でてやった。
「だ、大丈夫か? まさか風邪——」
「…………ッ!」
瞬間、凛祢はビクッと身体を震わせると、茉弘の手から逃れるように地面を蹴った。
そしてそのまま、トマトのように真っ赤になった顔で緋咲の後ろに隠れ、茉弘を睨みつけてくる。
「さっ、触るんじゃないわよー⁉ セクハラで訴えられたいの! 私以外の女にそんなことしたら、すっ、すぐ訴えられちゃうわよ⁉」
「凛祢さんだったらすぐに訴えはしないのですね」
「ツッコまないであげて……お願い……」
「あはは……」
相変わらずの凛祢の態度に三人が各々の反応を示す。
少しは機嫌を戻してくれたようではあるが、相変わらず茉弘に対しては高圧的かつ拒否的な姿勢を取り続けているのであまり話は出来ているが、こうして目の前に現れてくれているということは完全に嫌がられているわけでも無いようだった。
と、錬魔場の奥から、一人の男がどこか寝起きじみた足取りで歩いてきた。
「ふぁあ……、よおー、とっとと集まれガキ共」
言って、眠たげにあくびをする。
現れたのは〈騎士団〉の一角、ガンヴェルトゥ・アルフリッグ。こうして姿を見るのは、実に三日ぶりであった。
今はあの戦いで身に付けていた式典に赴くような豪奢なジャケットではなく、白地に黒のラインが入ったジャージを纏っていた。さながら体育教員らしさを感じさせる装いである。
「んじゃ始めっぞ。いつもの準備運動済ませた奴から、顕現術式の基礎修練から——」
と、ガンヴェルトゥが言葉を止める。
一瞬なにかとあったのかと思ったが、その理由は茉弘にすぐそば、隣人にあった。
集まった生徒たちの中、茉弘の隣に立つ凛祢が一人、高く手を上げていたのである。
「一つよろしいでしょうか、先生」
「あァ? ンだよ式守」
「今日、初めて実技科目を行う編入生が二人います」
「あー、そういえばそんな話をババァに聞かされたってか。確か式部ってやつと白波だったか? 前に来い」
ガンヴェルトゥの呼びかけに応じるように、茉弘と希愛は生徒たちをかき分けて前に出る。
「おまえらか。——って、てめぇあの時のガキじゃねえか」
言って、頬を僅かに緩ませた顔で茉弘を見やる。
「ど、どうも……覚えていらっしゃったんですか?」
「俺ァ、弱ェヤツは覚えねえが強ェやつ、もしくは見込みのあるヤツは覚える。てめえは見込みがあるやつだったから覚えてただけだ。隣のやつは最近無華花の周りをウロウロしてるやつだったけか?」
言って、次に希愛の方を見やると、少しめんどくさそうな顔をする。
しかし希愛は意に介した様子もなく、軽く会釈する。
「名乗んのはだりぃが、実技担当のガンヴェルトゥ・アルフリッグだ。容赦はしねえから覚悟しろ」
そう言って、ガンヴェルトゥは戻った戻ったといった調子で手をヒラヒラと振った。
「んじゃ、準備運動に取り掛かれ。わかんねー奴は、誰かに頼んで教えてもらえ。基礎修練はまあ———できんなら参加、できねえならまずは他の奴のを見とけ。そうすりゃおのずとやり方はわかるはずだ」
「そのことで、一つ、申し出てもいいでしょうか」
「申し出? 何のだ?」
凛祢の言葉に、ガンヴェルトゥは怪訝そうな顔をする。
すると凛祢は、穿つような視線を茉弘に向けてきた。
「——式部茉弘とペアを組む許可を」
「……あァ?」
『…………!』
凛祢の言葉に、ガンヴェルトゥが眉根を寄せ、クラスの面々は驚愕の表情を作った。希愛もまた、肩を僅かに震わせる。
教室での凛祢の発言や振る舞いが、茉弘の脳裏に蘇る。理由こそわからないが、凛祢は茉弘をこの〈庭園〉から追い出すことを諦めていない。それに……気のせいかも知れないが、あの事件以降から睨まれる頻度が日に日に増え、何かと後を付いてくるのだ。
もしペアが組めるなら、あれやこれやを訊くチャンスかもしれない。
そう思い、茉弘がそれに賛同する意思表明の挙手をしようとすると。
「……いや、いきなり何言ってんんだ。駄目に決まってんだろ」
ガンヴェルトゥは、首に手を当てながら普通に断った。
完全に同意される流れだと思っていたのだろう。凛祢が不服そうに一歩踏み込む。
「なんでですか」
「なんでって……てめぇには第四顕現を習得するっていう、最重要訓練があんだろうが。第一、ここ三日間で揉め事をひっきりなしに起こしてる奴に編入生を任せられるわけねぇだろ。自分の立場とやらかしてる自覚をしろ」
「…………で、でも……っ」
ガンヴェルトゥの言葉に、凛祢は言葉を返そうとする。
が、反論の余地がないのか。もしくは正論的言葉を受け止めて冷静になったのか、凛祢はぐっと唇を噛んだ。
心なしか、顔が俯いているような気がした。
「おら、さっさと準備運動だ。それ終わったら錬魔場を軽く二周走って終わった奴からここに戻ってこい」
錬魔場になんともいえない静寂が流れる中、ガンヴェルトゥが指示を発する。
生徒たちはどことなく気まずそうにしながらも、その指示に従って準備運動を始めた。
ちなみに凛祢は、唇を噛みながらもきっちり準備運動をこなしていた。何なら一番丁寧に取り組んでいた。走る際も他を寄せつけないほどの痛快な走りを見せた。変なところばかりを見ていたせいか、真面目に取り組む妹の姿は兄として誇らしく思う茉弘だった。
全ての準備運動を終え、生徒たちは息を整えながら錬魔場の中央に戻る。
その頃にはガンヴェルトゥが、不規則に左右へと動く光の円型のターゲットと光るポール上のターゲットをそれぞれ一〇個ほど設置し終えていた。
「——よし、じゃあ術式スタイル順番に一撃ずつ入れていけ。顕現段階は第二まで。難しい場合はペアかトリオ組んで取り組め。いつも通りサボってる奴には拳骨入れっからな」
『——はい!』
ガンヴェルトゥの指示に従って、生徒たちがそれぞれターゲットに向かい、意識を集中し始める。
「おお……」
その光景を見ながら、茉弘は感慨に声を漏らした。
「どうされましたか、茉弘」
茉弘の様子を気にかけてか、希愛が問うてくる。
「あ、いや……彩菜さんとの訓練ではない光景というか、なんか向こうの部活練習みたいな感じだなって」
茉弘は向こうで運動部にいたため、なんとなくこの実技の流れを見て懐かしさをかんじていた。離れてそんな経ってるわけでもないのに、なんだかもう昔のことのように感じたのだ。
「まあここにいる者たちの大半は、元々は茉弘と同じ世界にいましたから形式が似ていると感じるのかもしれませんね。——ですが、これは世界を守る魔術師を育てるば場ですので、くれぐれも油断はなさらぬように。いつどこで魔力暴走が起きるか分かりません」
「え、なんですかそれ」
「魔力制御を誤った際に起きる魔力の爆発現象のことです。まあ大体は本人だけが被害を被るのですがたまに小規模の爆発が起きることがあります」
「な——」
言われて、茉弘は自分の手に視線を落とした。
「それって僕も例外じゃないですよね?」
「無論です。茉弘が魔力暴発を起こしでもしたら小規模では済まないですので、再度言いますが油断なさらぬように」
「う……そう言われると余計プレッシャー……」
妙なプレッシャーを与えられ、茉弘は心配げに半眼を作ると、希愛はこほんと咳ばらいをして続ける。
「彩菜様と訓練をしているのですから気負うことがありません。まあたかが三日の訓練では流石に魔力の放出は厳しいと言いたいですが……これも訓練です。一度やってみてください。最悪爆発しそうになったらちゃんと退避しますので」
「最後に不安なこと言わないでっ⁉」
右端のターゲットを指さしながら冗談交じりに言う希愛に叫びつつ、そこに目を向ける。
光る円型のターゲットが寂しそうな面でこちらに向きながら佇んでいた。
「まあ、やるだけやってみます。あれ以来、第二顕現も出てませんし」
茉弘はそう言うと、ターゲットの前に立ち、因子と対峙したときの感覚を思い出しながら、意識を集中し始めた。
「——廻。顕現体の作りが甘ぇ。どういう武器にしたいのか、まずはそのイメージを明確にしろ。——椎名。お前の第一は綺麗だが、殺傷性が低い。逆転の発想を組み込んでみろ。そぉすりゃやれることが増えるだろ」
ガンヴェルトゥは髪をポリポリと搔きながら、ターゲットに向かう生徒たちに、順に助言していた。
生徒たちは皆、少なからずもあの『魔女』に認められてここにいる魔術師の卵だ。
とはいえ、大半の魔術師は、一画、ないし二画の顕現術式を発動させている証である星紋を出現させるところで成長の壁にぶち当たる。
大概は生涯をかけ壁を越え、第三の段階へと至る昇華を起こす。稀に若輩にして壁を超える魔術師もいる。ガンヴェルトゥや凛祢がまさにそれだ。だがそんなものはえてして稀な事例。
果たしてこの〈庭園〉で過ごす中、第三顕現に至る魔術師がこの中に何人いるか——
「…………っ⁉」
と。
そんな事を考えながら錬魔場を見回していたガンヴェルトゥは、不意に背筋が凍り付くような悪寒を感じ、後方を振りむいた。
特段強い魔力を感知したとか、殺気を感じたというわけでもない。何を察知したのかと聞かれても言語化しにくい感覚ではあった。
けれど、魔術師としての勘が、まるで直近の出来事を思い出させるかのように、ガンヴェルトゥが平静でいることを許さなかった。
「—————」
視界の端に、二画の星紋を浮かばせた凛祢の姿が見える。
凛祢もまたガンヴェルトゥと同じ顔をしながら、額から頬へと汗が伝っていた。
——何だ、この感じ。
ガンヴェルトゥはごくりと息を呑みながら、素早く周囲に視線を巡らせた。
振り向いた先には、数名の生徒たちの姿が見受けられる。ターゲットを捉える者もいれば四苦八苦する様子もある。
そんな中で——星紋を一枚も出現させないまま、両手を前に突き出しただけの密かな期待を持った編入生。
「…………」
最後のそれを見たところで、ガンヴェルトゥはぽりぽりと頬を掻いた。
「いや……まさか、な」
そしてそう呟いて、視線の位置を戻した——まさに、その瞬間である。
「な……っ⁉」
——〈庭園〉中にけたたましい警報が鳴り響き。
錬魔場の空に、無数に罅が入っていったのは。




