20 編入生.part2
「あんた……どうして最近、登校前からボロボロになってるのよ?」
「え、ええーと……色々ありまして」
凛祢の疑問を乾き切った笑みで誤魔化す。
あの彩菜さんの訓練……いや、過酷に挑むようになって三日。
〈庭園〉に一緒に行くようになった凛祢、緋咲との集合時にことごとく満身創痍になっている茉弘に、初日から心配していた緋咲と同じように、流石に連日ボロボロで現れる茉弘を見るに見兼ねたのか凛祢が問い詰めてきた。
「色々って何よ! は、まさか……っ⁉」
「ば、バレたっ⁉」と一瞬心臓が跳ねた。
凛祢は茉弘を一瞬だけ睨むような眼差しで見たのち、身体を振り返して心当たりの場所に目を向ける。
そこに入るのは仲睦まじく語らい合う男子生徒たちの集まり。凛祢が静かにそこに歩んでいくのをみて茉弘と緋咲、その両方の脳裏に少し前の出来事がフラッシュバックした。
(ま、まさか……)
(あの時と同じことしようとして……っ⁉)
そう。三日前、凛祢は茉弘を小馬鹿にした男子生徒の一人に自身の第二顕現を叩きこんでいる。
「り、凛祢っ……! まっ——」
と、凛祢の歩みを止めようとしたその時。
教室のスピーカーからHRの予鈴を知らせるチャイムが流れ、形成されていた生徒たちの集団がばらけて自身の席へと着席を戻り始めた。
「り、凛祢……よ、予鈴……」
「………………」
ちっ、と舌打ちが聞こえたものの凛祢は大人しく席へと戻った。
茉弘と緋咲は胸を撫で下ろすようにほっ、と息をつくがすぐさま緋咲は茉弘を見やった
その視線は「後でちゃんと凛祢にしょーじきに話してっ!」と訴えかけており、茉弘は声は出さずに小さく頷いた。
正直、打ち明けたくないのが本音である。ありえないほど無様な自分を妹にまで晒したくない。けれども犠牲者が出るくらいなら、茉弘が羞恥の被害に遭う方がずっとマシである。
そう己の心に語りかけつつ、彩菜との訓練していることを隠しつつ事情を話すことを決めた。
ほどなくして、教室の扉が開き、真昼先生が入ってきた。
「はい、みなさんおはようございます」
いつもの挨拶を済ませると、手をパンと叩いて続けてこう言う。
「あ、あと、今日このクラスに編入生が来ますよー! しかも女の子ですよ」
その一言をきっかけに。『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ⁉』と地響きのような声(ほとんど男子の声)が響いた。
茉弘の時はここまでの歓喜はなかった気がするが、思い返してみるとあの時は彩菜がいた。学園長の前で騒ごうなんて気概は流石になかったのだろう。一部騒いだ身内はいたけれど……。
「……ん?」
そこで、茉弘は首を捻った。
三日前に茉弘がクラス編入した際、このクラスの合計生徒数は三五人。他のクラスよりも一人多いはずなのに何故またこのクラスに編入生が宛がわれるのだろうという疑問が浮かんだのだ。クラスの配分も茉弘の認識が合っていれば彩菜がやっているはずなので人数の把握を見誤ったわけでもないはずだが……
「さ、教室に入ってきて!」
茉弘の思考は、快活な真昼先生の声によって途切れる。
ゆっくりと扉が開き、編入生が教室に入ってくる。
瞬間——教室は突如として静まり返った。
姿を現したのは、先刻の言葉通り少女だった。
茉弘たちと同じ〈庭園〉のブレザーをきっちりと着込み、足には黒いタイツを履いている。
白い砂浜のような、なんて形容が良く似合う、リボンで後ろに結われた白く長い髪。端正な顔立ちを格上げするような金剛の如き透明な双眸。
教室にいた全ての生徒が、彼女の容姿に目を奪われ、ゴクリと唾液を飲み込んだ。
ただ一人——茉弘覗いて。
「じゃあ、自己紹介をお願いしますね」
「はい」
真昼先生が促すと、少女はまるで手慣れたように優美な仕草でうなずき、チョークを手に取った。
そして黒板に、美しい字で『白波希愛』の名を記す。
「白波希愛と申します、以後お見知りおきを」
そう言って少女——希愛は茉弘にしたときと同じように慎ましく教室の全員に礼をした。
教室の皆が拍手で迎える中、茉弘だけは「え?……は、え?」と混乱した表情をしていると、先生の隣に立つ希愛が半眼を作って茉弘を睨んだ。
「はいっ、というわけで編入生の白波希愛さんです。彼女も先日の茉弘くん同様、魔女様に見初められた有望な魔術師ですので皆さん仲良くしてあげてください。ええっとー、じゃあせっかくですし、同じ編入生のよしみで茉弘くんの隣の席に座ってください」
「わかりました」
真昼の言葉を受け、希愛は静かに歩き出して茉弘たちの列までやってきた。
「よろしくお願いいたします」
そう言って希愛は先ほどと同様に礼をする。
緋咲と凛祢はそれぞれで挨拶を返す中、茉弘だけは「あ、うん、よろしく……」とはギリの悪い返事しか返せず、希愛は静かに茉弘の隣に座った。
「…………」
「の、希愛さん」
茉弘は凛祢と緋咲に聞こえないような小さな声で囁く。
「はい、なんでしょうか」
他人のフリもする気はないらしく、彼女も小さく囁くように返してきた。
「一体なにやってるんですか」
「なにと申されましても」
「なんで彩菜さんの侍従である貴方が〈庭園〉の生徒になってるんですか」
「ああ、主語が足りなかったので意味が良く分かりませんでしたがそういうことでしたか」
「え、なに、怒ってる?」
「別に怒っていませんよ。不満は色々とありますが」
「それはそれで逆に怖いですよっ⁉」
「まあ貴方に対しての不満は七割、残りは無茶ぶりを言ってきた主に対しての不満が三割ほどといったところでしょうか」
「半分以上が僕っ⁉」
「しっ、騒ぐと面倒なことになりますよ」
「わ、わかってますけど流石になんで怒ってるのかをせめて———」
と、小声とはいえ初対面を装うには近すぎる距離で話し込んでしまったらしい。
担任の真昼先生が、やれやれといった様子で茉弘たちに視線を向けてきた。
「茉弘くん? 白波さん? 仲良くとは言ったけれどもHR中に私語は感心しないわね」
そしてそう言って、しあをつくるかのような調子で腕組みしてくる。
そこで茉弘は気づく。ひそひそと話していたせいか、はたまた希愛に目を奪われたのか多くのクラスメートの視線がこちらに集まっていたのである。
そしてそれは隣人も例外ではなく。
「……………………ふんっ!」
さっき噴火寸前で踏みとどまっていた凛祢が鬼の形相でこちらを睨みつけており、いつの間に作っていた右の握りこぶしを振り上げ、茉弘の脳天目がけて振り下ろす。
万全なら避けれたかも知れない。が、過酷を終えた直後の身体にそんな気力などは残ってるはずもなく。
(あ、終わったな)
そう悟った茉弘は、甘んじてその噴火を受け止めたのだった。




