02 魔女と使徒
五色に染まっている世界。
豪華絢爛の装飾が為された玉座にも似た席の背に身体を預けながら、無花華彩菜は目の前に広がる光景を眺めていた。
何度見ても奇妙な眺望である。果てがどこなのかも定められぬほどの広大な空間が、ホールケーキを切り分けられるように五分割され、それぞれに全く別の景色が広がっている。とは言え、その空間の主たる魔術師はこの場にはいないため、その空間たちはみな色褪せている。
それもそのはず。此度、この場に呼び出されたのは〈極彩の庭園〉の長——彩菜だけだったのだから。
『かの少年の保護、ご苦労であった』
「構わないさ。君たちに言われなくと時が来たら彼は保護するつもりだった。そういう約束だったからね」
湯気立ち昇る紅茶の入ったカップを片手に口元に運び、中身を軽く飲みながら彩菜はモニターに写された人影に言葉を返す。
八大使徒。
世界に存在する五つの魔術師養成機関を統括する八人の最高幹部。本人たちは議会に姿を見せず、立体映像を介して輪郭だけがモニターに映っている。
『——して、その少年と保護した少女は?』
「彼を君たちに会わせたらきっと殺すだろう? だから庭園の最下層に匿わせてもらった。少女の方は今は庭園の特別医療棟で眠っているよ」
『……彩菜。この私が君に頼んだのは、かの少年の保護と、この場への連行のはずだが?』
「そうだね。だからご希望通りこの場に連行させてもらったよ。まあこの場の地下深くではあるけれどね」
『……ッ! 貴様ッ!』
悪びれる素振りもなく、淡々と話す彩菜の態度に苛立ったのだろう。
使徒の一人が声を荒げた。
「おや、良いのかいシュモナー? エハットの前だけど?」
『……っ』
その名を訊くやいなや、男——シュモナーと呼ばれた使徒が歯ぎしりをしながら言葉を抑える。
『シュモナー、若造の分際で場を乱すな。今この場でこの女と我々が争っても何も生まん』
『全くだ。この女を「駒」として動かした時点で、我々はこうなることを想定していた。使徒を名乗るなら雑音に耳を向けるな』
使徒序列三位——シュロシャ、使徒序列四位——アルバ―アがシュモナーに対し、厳しい言葉を向ける。
画面越しかつ顔を隠しているため表情の読み取りは困難だが、今の彼がどんな心境なのかは容易に想像できた。
『まどろっこしい駆け引きは抜きだ、極彩の。駒として扱われても我らの命令を訊いたのは、その約束のためだけか?』
使徒序列七位——シーヴァ。
七位ではあるが、使徒としての歴は彩菜が〈庭園〉の学園長になってから百年後に着名した、八位のシュモナーやシュロシャたちより古い使徒である。
「駆け引きをしていたつもりはないのだけれど、まあ君の想像する通りさ」
『——貴様は今、何を考えている? どう我々を使う気だ?』
中央モニターから、この中で恐らく最も老巧が見える声が響く。
使徒序列一位——エハット。使徒の中で唯一の魔術師で、この八大使徒という体制を生み出した最古参の使徒である。
そして、彩菜をこの場で最も警戒している厄介な男でもある。
「君たちを使う、なんてことにはならないよ。ただ、君たちに要求をしたいとは考えている」
『——申してみよ。庭園の魔女』
ああ、と息を吐くように言うと、彩菜はカップを皿の上に置いた。
「……式部茉弘の身柄を〈庭園〉で預かり、学園に編入させたい」
『——⁉』
彩菜のその一言に、場が騒然とした。
『貴様……っ、正気か!』
「わたしはいつでも正気だよ」
『〈庭園〉に精霊を閉じ込めておくならまだしも、学園に編入させてどうする気だ!』
シーヴァの問いに彩菜ははあ、と呆れるように息を吐く。
「君たちは、わたしの主義を忘れたのかい? わたしは魔術師に成り得る才が僅かでもあるなら、その才能を咲かせるための努力は惜しまないんだ」
『かの精霊に、その素質があると?』
「そうだとも。彼は立派な魔術師の卵——つまり私の庇護対象だ」
『……そうか。それは残念なことだな』
その言葉と同時、会議場内にいた使徒たちの使いが、会議場の扉に向かって一斉に動き出す。
「——悪いけど、それをさせる私ではないよ」
そう発した刹那、彩菜は自身の右手を天に掲げた。
その直後、彩菜の頭上に魔女の帽子を思わせるような極彩色の光輪が顕現した。
『な……ッ⁉』
使徒たちは、彩菜の振る舞いに息を呑んだ。
が、ただ一人。
それを想定していたかのように、エハットだけは冷静に彩菜を見ていた。
『命に代えても守る——そういう目をしているな。彩菜』
「いいや、逆だよ。君たち全員を殺してでも彼を守るが正解だ」
『私に——この俺に勝てるとでも?』
「誰が君から最強の座を奪ったと思ってるんだい? ああ、それとも——また負けたいのかい?」
会議場に漂う空気が、もっといえば会議場そのものが震えた。
モニター越しとはいえ、映像の出力には当人の魔力が用いられている。そこから伝わるエハットの魔力と彩菜の魔力が直接衝突し、周囲を震わせているのだ。
『…………』
「…………」
まさに一触即発寸前。
が、先に魔力を収めたのは彩菜だった。
『なんだ。お前にしては随分と出した牙を収めるのが早いではないか』
「あいにく人を待たせてる身でね。君と争ったら待ち人を迎えに行くのが遅れるだろう?」
『まるで私に勝てると言ってるように聞こえるな』
「全盛期の君ならまだしも、使徒の君に敗北はありえない。それは君が一番理解しているんじゃないかい?」
『…………』
エハットが言葉を詰まらせる。
それを見た彩菜が、ふうと息を吐くと、頭上に浮かび上がった極彩色の光輪は、景色に融けるように霧散していった。
エハットは長い沈黙の末に、はあ、とため息をつき、
『いいだろう。好きにしろ』
『そ、総議長……⁉』
シュモナーが声をそう声を上げると同時に、エハットのモニターからバンっ、と机を強く叩く音が会議場に響き渡る。
『黙れ青二才。これは総議長である私の最終決定だ。各使徒及び管轄機関からの異論は認めん』
『エハット! 精霊の自由を承認すると言うのか⁉』
『そうだ。不完全な覚醒をした精霊ならまだしも、この女が敵に回るとなれば地位を捨て、私の命を賭けねばならない。お前たちは私に死ねと言うのか?』
『…………』
エハットの言葉に、使徒全員が口を詰むんだ。
それも仕方ない事ではあった。八大使徒と呼ばれる彼らではあるが、第一位の座に就くエハットだけが、唯一、世界最強の魔術師である無花華彩菜と対等できる魔術師なのだ。
そのエハットが死を覚悟しなければならない相手を敵に回そうなどと考える使徒は、誰一人として存在するはずがなかった。
『精霊の管理はお前に一任する。それでよいのだろう?』
「ああ。理解を得られたようで何よりだ」
そういうと彩菜は扉に手をかけ、再度使徒たちに振り返る。
「寛大な君たちならしないとは思うが……もし仮にわたしの〈庭園〉にちょっかいかけるのなら好きにするといい」
『……どういう意味だ?』
「言葉通りの意味さ。君たちが裏でコソコソと画策していようが構わない。せいぜい悪あがきするといい。もっとも出来ればの話だけれどね」
『貴様……っ、どこまで我ら八大使徒を侮辱する気だッ!』
「侮辱? 君はずいぶんと受け取り方がマイナス的のようだ。先の発言は、今最も警戒すべき君たちへの対策に、私は一切手を抜かないという意味だ。彼をどうしても排除したいならそんな私の予想を超えればいい。シンプルだろう?」
そう言い残して、彩菜は会議場を後にした。
扉を閉めてからほどなくして、怒号と思しき声が聞こえてくる。
が、彩菜はさして気にも留めず、
「さて、迎えに行くとしようか」
そう呟きながら、長い長い通路へと歩んでいった。




