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キミと僕の約束、それは世界を守る誓いの聖約  作者: はるたん
第一章 『彩菜サルベーション』
19/46

19 訓練開始

 空が闇に包まれている。

 東の空からまだ夜明けは始まっておらず、夜と朝の境界が曖昧になっていた。

 普段ならあり得ないほどの早起きをして、茉弘は〈庭園〉の西区画の錬魔場にやって来ていた。

 〈庭園〉から支給される制服で身を包み、右手には木剣。見習い魔術師というよりも見習い剣士の装いに近しい恰好で荷物を置き、中心で待つ彼女の元に向かう。


「準備は大丈夫かい?」

「は、はいっ!」


 鈴の音のような声からの問いに、茉弘は彩菜に大きく返事を返した。

 二人がこんな時間に錬魔場にいるのは、彩菜が茉弘を『訓練』するためだ。

 先の一件で茉弘が宿す『精霊』を使えば第一級因子と渡り合える火力があることが証明されたものの、以降なりを潜めるように第二顕現が発動しない状態にあった。

 彩菜曰く、茉弘が使った第二顕現は『二つの力』が交じり合ったものであり、通常の第二顕現とは異なる可能性があるかもしれないとのことで、これから始まる『訓練』は、第二顕現の発動方法を見つけることと戦い方の基礎を教わるために彩菜とティアが提案したものである。


「すまないね、こんなところに変な時間に呼び出して……」

「い、いえっ、大丈夫です!」


 学園長という立場にある彩菜は多忙を極めており、かつ〈庭園〉の生徒たちから崇拝の域に達するほどの信頼と注目を浴びておる身だ。そんな人が一生徒の茉弘に一対一で指南しているなんて知れたら色々と面倒な誤解を生むことになるだろう。

 わざわざこんな時間を選んで訓練を行うのは、人目を忍んで面倒事を招かないようにするため。

 彼女の立場を考えれば、真っ当な判断だと言えるだろう。


「え、えっと、彩菜さん、それで僕は何を……」

「とりあえず木剣を貸してもらっていいかい?」

「え、あ、はいっ! どうぞ……」

「うん、ありがと」


 そうして木刀を受け取った彩菜は三度ほど素振りする。

 何をしてるんだろう、と思いながら彼女の動向の行方を見守っていると、

 何の前触れもなく、茉弘めがけてそれを振り下ろした。


「うわ……っ⁉」


 茉弘は紙一重で躱す。

 正しくは身体が反射的に避けた。


「い、い、いきなり何するんですか、彩菜さんっ⁉」

「うん、やっぱり避けれたね」

「そりゃ避けますよっ⁉ もし当たったら絶対痛いじゃないですか!」

「まあそうなんだけど、君はちゃんと避けたじゃないか」

「ぎりっぎりの紙一重でしたけどねっ!」


 何だって急に、と茉弘が表情を困惑の色に染めて声を荒げる。


「まあまあ落ち着きたまえ。今のは今の君の状態を測るためのテストで、私も本気で君に当てる気はなかったよ?」

「な、なら、いいですけど……今ので何がわかったんですか?」

「君の反応速度と反射速度だよ。茉弘、君は元から身体能力は高い方だったのかい?」

「え、全然ですよ。身体測定だって平均の少し下とかで……」

「もしそうなら今のは避けれない。そういう風に打ち込んだからね」

「で、でもっ、ギリギリですけど避けれて……」

「そう、今の君は避けれた。つまり以前の君とは『速さ』が違うんだよ」

「え、えと、ど、どういうことですか?」


 彩菜はやれやれといった様子で肩をすくめると、わかりやすくこう言った。


「君という人間の『器』が成長したんだ。『魔術師の力』と『精霊の力』、その二つの力の一端にギリギリ身体がついていくレベルまでね」

「し、知らぬ間に身体を『改造』されたってことですか……っ⁉」

「言い方」


 彩菜は、呆れるように半眼を作りながら返してきた。


「まあ感覚的に理解出来たならそれでいいだろう。確認も終えたことだ、早速訓練を始めようか」

「は、はあ、それで、具体的には何を……」

「うん、色々考えたが、私と戦う方が手っ取り早そうだ」

「なるほど、彩菜さんとたたか…………え、戦う?」


 にこやかな微笑で言ったと同時に彩菜は木剣を床に置き、一画の星紋が出現した。

 目を見開きながら茉弘は無意識に木剣を拾い、彩菜から半歩距離を取った。

 それでいいよ、と小さく呟いてこちらと相対する。


「こと魔術において私に教えられないことはない。だから『魔術』は一旦無視して、君には『精霊』の力を僅かでもいい、自分の意思でいつでも引き出せるようになってもらう。

 世界最強の魔術師との模擬戦、これ以上の練習台はないだろう?」


 そして、彩菜の空気が変わった。

 星紋を浮かび上がせて自信と余裕に満ちた表情で茉弘を見つめ、構えた。

 呆然としていた茉弘の背筋が、ぞくっ、と敏感に反応した。

 咄嗟に木剣を構え、あの時の感覚を呼び起こそうとする。


「うん、正解だ」

「っ……⁉」

「今君が反応した通り、これからの始めることの中で見つけて欲しい」


 今から行おうとしている……最高峰の訓練を通じて、自ら学び、そして見つけろと、彼女はそう言ってきた。

 一人の魔術師として、世界を殺す怪物として、今持っているものを使い、利用できるもの、これから得るもの全てを糧にしろと。


「……で、でも万が一、力が暴走したらっ……?」

「大丈夫」


 こちらの懸念をその一言だけで受け止める彩菜に、茉弘の退路は完全に断たれた。

 そも心配する相手を致命的なまでに誤っていることを、臨戦態勢の彼女を前にして、悟った。

 ただそこに立ち、第一顕現を行使できる状態で構える彼女に、茉弘は気圧されていた。


「……」

「……っ」


 張り詰めた空気がぴりぴりと肌を刺す。

 彩菜は微動だにしなかった。茉弘も同様。

 いや、茉弘の場合は動けないが正しい。

 間合いを詰めてもその先の光景が想像できない。第一顕現だけ行使できる彼女の射程に踏み込んだ瞬間、茉弘を想像も及ばぬ威力と速度、正確無比な反撃を見舞われて一発KOされる光景しか想像できない。何をどうやっても負ける確信しかない。


「……まだ来ないのかい?」

「っ⁉」

「君の覚悟は、その程度か」


 ガッカリした、そうはっきり言われた言葉が胸を抉る。

 かぁっ、と背中が熱くなり、熱が全身を巡る。羞恥か、憤怒か。多分、後者だ。

 『憧憬』を愕然させた自身への、憤り。

 今はそんな事を感じる場ではないのに、収まりがつかない。

 震えそうになる歯を、つまらない矜持が抑え込んだ。

 木剣の柄を握る手に思い切り力を入れ、構えた。

 そして——茉弘は突っ込んだ。苛立ちを発散するような裂帛と共に。


「ああああああああああああっ⁉」

「不合格」


 ——吹っ飛んだ。

 茉弘の推進力が目に見えない何かに相殺、身体を後方に吹っ飛ばされた。気づいたときには硬い砂の上に背中から叩きつけられていた。


「あっっ……がっ⁉」

「感情に流されるな。戦いにおいて一番やってはならない愚行だ」


 律儀に叱ってくれる彩菜の言葉も、碌に頭に入らなかった。

 完全な力負け。それも勝負の土俵に上がることすらおこがましいほどの差の。

 感情の爆発に任せた疾走は、確かに以前の茉弘ではありえない爆発力があったのにまるで木の葉を掃うかのように彩菜の第一顕現に薙がれたのだ。

 茉弘の目に見えたのは突進と同時に強く発光した彩菜の星紋だけだった。吹っ飛んだ原因である魔術は碌に知覚出来てない。魔力を視る意識をしていなかったのだ。


「っ……!」


 だからどうした。

 視えたとして躱せたのか。

 ——否、不可能だ。


 感情に揺さぶられずに飛び出せば躱せたのか。

 ——否、不可能だ。


 初めて目にする彩菜の第一顕現がどういう『能力』なのかを茉弘は知らない。だからこそ初動はそれを暴くことに全霊を注いで打開策を考えるのが正しいと少し考えれば分かるのにそれをしなかった、茉弘の失態だ。

 『憧憬』を抱いておきながら彼女という存在を理解していなかった。

 彼女は——無華花彩菜は〈庭園〉を統治する世界最強の魔術師。

 凄くないわけがない。弱いわけない。半端が通じるわけない。

 知ってた。知っていた。

 知って、いたけど……

 こんなにも……っ、『遠い』のか……っ⁉


「いい眼だね」


 愚行と罵った直後、茉弘が眼の奥に宿した色を即座に塗り替えたのを見て、称賛する。


「けど、君に身に付けてほしい物はそれじゃない」

「……っ、わかってますっ……」

「立てるかい?」

「……っ! はいっ……」


 頭上から降ってくる問いに、地面に手をついてみっともなく汚れた顔を拭って立ち上がる。

 呼吸が荒い。背中のズキズキした痛みに嘔吐きそうになる。耐えろ。もうみっともない姿を見せたくない。

 茉弘はこれでもかというくらい奥歯を食いしばり、彩菜と再び対峙した。


「痛みに慣れるのは難しいだろう、耐えるのはもっと難しいし辛いだろう」

「っ……!」

「でも、それから逃げてはならない」


 視る。

 何層にも渦巻く風の塊が迫るのを。今度は茉弘が真正面から迎え撃つ。

 結果、ぶっ飛んだ。今度は地面と熱い抱擁を交わす。

「立てるかい?」と優しくも無慈悲な言葉。茉弘は咽び泣きそうになりながら、意志を再燃させて立ち上がる。


「この先、君はこれから何度も地獄を見る、それと同じくらいに過酷も君を襲う」

「っ!」


 言葉で語りかけながらも攻撃の手を緩めない彩菜の魔術を、今度は回避する。


「甘い」

「かはッ……⁉」


 近づいたと思ったら今度は地面の砂がまるで意思を与えられたかのように動き、拳のような形を象って茉弘の腹をどついた。


「魔術師は生み出す者だけど、元からある物から力を借りて使役することも出来る。終末因子も同様だ」

「……ッ! も、もう一回っ……」


 無慈悲な優しさが来る前に倒れた身体を起こし、今度は全体を俯瞰して警戒する。


「足を止めてはいけない」


 今度は四方から砂の拳が茉弘の前後左右をどつき、身体が浮いたところに風の塊を叩きこまれ、地面と熱い接吻をする。


「づうっっ⁉」

「警戒はいい。けれど思考を止めてはいけない」


 そう助言を飛ばしながらも、倒れ込む茉弘へ慈悲亡き追撃を落とす。


「~~~~~~~~~~っ⁉ ああああああああああああぁぁぁぁッ!」


 先刻、彩菜が教えてくれた向上した膂力を全てを使い、全弾直撃だけを避けるための回避行動を取る。頭が回らない。

 痛めつけられながらも教えられたことをがむしゃらに実践する。息つく間もない。

 少年が当初描いていた二人っきりの『訓練』はなく、あるのは遥かにかけ離れた少年を導くための魔女の訓練。


 ——折れてたまるか。

 奮起しろ。みっともなくていい。つまらない矜持なんていらない。そんなのは嗚咽と共に吐き捨てろ。


 ——強くなるんだ。

 この人が言葉を語りかけなくてもいいくらいに。何度でも倒れて、その度に立ち上がって、全て糧にして立ち向かえ。


「それでいい」

「……!」

「〈庭園〉の生徒たちに追いつけ」

「ッッ……!」

「まずは彼らを超えてみせろ」


 その日、少年は過酷を知った。

 凄いと思っていた自分をあっさり砕く過酷を。

 弱い自分をあっさり引きずり出した過酷を。

 そんな自分に優しく無慈悲な言葉を突き付ける過酷を。


 僅かだって、無駄にしちゃいけない。

 何度も折れる膝を、倒れる身体を無理矢理奮起させ、立ち上がる。

 錬魔場の窓に朝日が差し込むまで、茉弘は、彼女の魔術をひたすら受け続けた。


どうも、3月8日のはるたんです。

この日の僕はがんばりました。17話と18話と19話を一日で作り上げました。

故にハイになって誤字とか日本語がやばいかもなので気になったら報告していただけると泣いて喜びます。


さて……いよいよ物語は中盤戦に突入しました。

怪しい誰かさんも出てきていよいよ書きたかった本命のお話に辿り着けそうです (ここまでで既に約5万文字……こいつ、まとめかた下手かもしれないっ……!)


茉弘は彩菜にボコられ、僕は作品にボコられましたがまだまだ熱はありますので、面白かったらブクマやレビュー、評価や感想くれると嬉しいです!


では……私は過酷へ戻ります! ばいばい!

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