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キミと僕の約束、それは世界を守る誓いの聖約  作者: はるたん
第一章 『彩菜サルベーション』
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18 秘匿と憧憬と初恋

〈庭園〉中央区画。魔術師の学び舎と騎士団の本部を備えるここは、他区画とは異なり『上層』『中層』『下層』と呼ばれる三つのエリアが存在している。

 『上層』が備えるのは学び舎である〈極彩の庭園〉と対終末因子作戦指揮本部〈ヴァルトシュテルン〉。

 中層が備えるのは学園長とそれに仕える『騎士』、各機関の長に任命された者たちだけに入室や使用が許される施設や〈庭園〉の法を犯した者を禁錮する牢屋。最初に茉弘が〈庭園〉で目覚めた際に収容されていたのはこの中層内だった。

 そして『下層』。学園長と最古参の騎士イリ―ティア、騎士団団長以外が立ち入ることを禁止されている秘匿エリアであり、庭園のあらゆる機構やシステムを管理・他機関情報の精査が行われている。が、このエリアは他のエリアや区画のように管理する長——人間は一人としてその内部には存在しない。

 そんな場所に一介の生徒……というには少し特殊な立場にいる茉弘と学園長である彩菜は訪れ、茉弘はポカーンと口を開いて大扉前に立っていた。

 一見してみればただの鉄扉なのだが、扉を開けるための取っ手はない。開錠するには特別な許可を与えられた者の魔力と肉体情報が必要であるため、今は彩菜がその認証作業に追われていた。

 程なくして解除音が鳴り、頑なにそこを閉ざしていた扉がゆっくりと開く。


「——待たせてすまないね、じゃあ行こうか」


 認証を終えた彩菜が戻り、先導するように扉の奥へと歩んでいく。

 ごくりと唾を飲み、茉弘もその後を追うと程なくして広く薄暗い空間に出た。

 直後、その空間に備え付けられた無数の照明が一挙に灯り、茉弘は思わず目を瞑る。

 次に目を開けた瞬間、茉弘はその空間の全容を目にした。


「ここは——」


 その小さい呟きを聞いてか、スピーカーから、少女のような声が響く。


『ようこそいらっしゃいましたわ、〈庭園〉中央区画『第二下層』——通称:秘匿区画へ。

 歓迎いたしますわ。式部茉弘、そして我らが〈庭園〉の主——無華花彩菜様」

「やあ、ティア」


 と。

 彩菜が名を告げた次の瞬間、まるでそれに合わせるかのようなタイミングで、茉弘たちの前に、一人の少女が現れた。


「わ……っ⁉」


 その様を見て、思わず声が上がる。

 現れた——としか言いようがない。どこかから歩いてきたわけでも、空から降ってきたわけでも、ましてや地面やから這い出てきたわけでもなく、ただキラキラとした光の粒子とともに、彼女の身体が形成されて言ったのである。

 膝まで届こうかという長い黒髪に、含みのある笑みを浮かべる令嬢の如き表情。その身に纏っているのは、彼女の整った容姿を引き立てるかのような黒と赤のドレスだったのだが、それに収まりきらない乳房の谷間が見え、それと相まって彼女から漏れ出る奇妙な魅力を醸し出していた。


「い、いきなり人が目の前に……」

「ティア。〈庭園〉全体のデータベース管理及びセキュリティ制御を行う精霊だよ」


 茉弘が驚愕しながら言うと、それに答えるように彩菜が呟いてきた。


「せ、精霊……⁉」

『正しくは〈庭園〉に造られ、知性と理性を与えられた『人工の精霊』ですわ。わたくしは、茉弘さんの考えておられるような存在ではないですわ』

「そ、そうなんですか。って、今僕の名前を……」

「彼女は〈庭園〉のデータベースだからね。生徒の顔と名前は完璧に覚えている」

「はえー」


 茉弘が感心するように声を発する。


「さて……それよりティア。今回の呼び出しは君の独断のようだけれど。一体何の用かな?」


 彩菜が問うと、ティアは笑みを保ったまま姿勢だけを整えて応えてきた。


『——式部茉弘の今後について、ですわ』

「え?」

『此度の一件で式部茉弘の中に内在していた不安定な二つの力。『魔術師の力』と『精霊の力』の発現が確認してますわ。そして直に彼を視た結果——既に第二級、もしくは第一級魔術師に相当する潜在能力を有している彼の今後をどうするおつもりですの?』

「無論、魔術師として育てるつもりだよ。君のことだから私がこう答えるのは想定済みだろう?」

『ええ。ですが目撃者である騎士ガンヴェルトゥ・アルフリッグと式守凛祢への対処はどうするおつもりなのです? 先日貴方がここ訪れた際、彼のことは一切公表しないと明言されていたわけですけれど、今回の一件で彼が特別な何かを有しているのを二人の騎士に周知されましたわ』


 ティアの言葉に、彩菜の肩がぴくりと動く。


「……相変わらず容赦なく痒い所を付いてくるね」

『事実ですもの。見過ごせる事案でもありませんし、今回のような人為的な因子出現が増えることも考えればはっきりさせるべきですもの』


 その言葉に茉弘は眉根を寄せた。


「あの、人為的な因子出現ってどういう事ですか?」

「言葉通りの意味だよ。君が倒したあのウンディーネの亜種。あれは人為的にあの場所に出現するよう〈庭園〉に送り込まれた可能性があるんだ」

「…………へっ?」


 反応が遅れた。あまりに衝撃的に過ぎる情報だったから。

 それに追い打ちをかけるように彩菜は続けた。


「あの日、あの時間。私は転移魔術を使い、他育成機関を訪問していた。私が事態に気づいたのはイリ―ティアからの緊急通達、因子出現の約三十秒頃だった。私はすぐに機関を飛び出し、〈庭園〉に向かった」

「え? 転移魔術ってやつでこっちに戻ることはしなかったんですか?」

「出来なかったんだ。転移魔術は移動距離が遠ければ遠いほど膨大な魔力が必要になる。敵がウンディーネの亜種であることと騎士たちに課している誓約、到着時の残量魔力で殺しきれるのか。それらの情報を加味し、私は『最速の到着』ではなく『最善の一手』を選んだ。それが君にウンディーネを打倒してもらうという一手を」


 淡々と語られた内容に、茉弘は息を呑んだ。

 敵の特徴と特性、場に居る者の状態と使用可能な矛、討滅制限時間をその場にいない状態で全てを瞬間で見極め、有事に備えて希愛に持たせていた魔声石の内容を聞いた茉弘がどう動くのかも加味した上で盤外の上から『最速』の『最善』を怪物に刺したのだ。


「…………」


 茉弘は開いた口が塞がらなかった。

 『異常』。

 ……それ以外に彼女のそれを評価できる言語を茉弘は思い付けなかった。普通の思考回路や判断力では出来ない決断を息を吸うようにした彼女の方が実は怪物なのではないかと、そう言いたくなった。

 それほどに茉弘はこの瞬間、無華花彩菜という少女に畏怖を抱き、同時に憧れてしまった。いや、実を言えば少し前から彼女は茉弘の『憧憬』になっていた。

 でなければ茉弘はあの恐ろしい怪物を討つなんて事は出来なかった。


「彩菜さん、凄すぎますよ」

「凄いのは君も同じだろう。訳もわからない状況で戦うことを選んで勝利したんだから」


 彩菜がそう言い、小さく微笑んだ。


「~~~っ!」


 かあぁぁっ、と顔から音が鳴った。顔が真っ赤に染まったのである。


「え……っ⁉ ど、どうしたんだい? 急に顔真っ赤にして」

「へゃっ⁉ き、気のせいですっ!」


 顔を近づけてきた彼女から逃げるようにうつむき、前髪で目もとを隠した。

 胸の内に芽生えてしまった『それ』のせいで、もう少年は彼女の笑みを以前のようには受け取れなくなっていた。あの戦いで彼女は自分を助けてくれた『恩人』から自分を導いてくれた『憧憬』として鞍替えし。

 初めての『恋』をしてしまっているのだから。


『あらあら、お可愛いですわね』


 茉弘の豹変におどおどする彩菜とは裏腹に、ティアは勘づいたようで口元に手を添えながらニヤつく。


「~~~~~~~~~~~~っ! は、話を戻しましょうっ! 僕はそっちの方が気になるのでっ!」

「え、でも顔真っ赤のままで——」

「は・な・し! 戻しましょうッ!」


 自分でも意外だと思うほどの大声をあげる。

 様子のおかしさを心配しつつも、彩菜は茉弘の要望に首肯した。


「じゃあ気を取り直して続けるけど、私が今回の事件に人為性を感じるのは私が万全の状態で駆け付けられない距離にいるときに事が起きたからだ。君を狙うには絶好のタイミングで、実際に君の近くに終末因子が生まれた。こう考えるとタイミングが良すぎると思わないかい?」

「……言われてみれば確かに。だとしたら誰が僕を狙ってきたんですか? 彩菜さんは心当たりがあるって言ってましたけど」

「ああ、今の時点では『八大使徒』が黒である可能性が高いと私はみている」

「前に彩菜さんが言ってた僕の命を狙ってくるかもしれない人たち……それが今回の一件の首謀者ということですか?」

「多分ね」


 前に彩菜の話を訊いた限りでは、八大使徒がどうも『精霊』自体を毛嫌いしている傾向があり、今回の一件を引き起こして体よく茉弘を処分しようとしていた可能性が十二分にあるわけだが。


『権力者に狙われるほど嫌なことはないですわね。手段がかぎられてきますもの』

「ああ。君の身の回りの世話は引き続き希愛に対応させるとして。やはり……」

『ええ、必須でしょう。精霊の力をいつでも扱えるようにする発動修練が』

「発動……修練?」


 茉弘が首を傾げると、彩菜はふむ、とあごに手を当てる。

 そして数瞬ののち、顔を上げてきた。


「茉弘、一つ聞いてもいいかい?」

「僕に答えられることでよければ」


 その返答を受けて、彩菜は小さく頷き続けて言う。


「——私と楽しい訓練をしよう、と言ったら君はどうするかな?」


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