14 駆けよ、妹。兄が泣いているぞ。
『——騎士イリ―ティア・ヴェンディが告げる。終末因子の発生を再確認した。終末完遂率を示す等級はLV.5。第一級因子と断定し、一時間以内の討滅を推奨。学徒は地下への避難を推奨。掃討には学園長・無華花彩菜が当たるものとするが、現着までに十分を要する。騎士はそれまで庭園の守護、可能であれば学園長現着前に因子を討滅せよ』
スピーカーから先ほどの内容と酷似した放送が流れた。
そしてその内容に、茉弘は困惑していた。だがよりも混乱する人物がいた。
「第一級……そんな、なぜ……? 蓋は機能しているはずなのに——」
独り言のように小さく言葉を呟き、先ほどの無表情だった彼女とは打って変わって、額から冷や汗が噴き出し、艶やかな唇が小さく震えている。
誰の目から見ても明らかな動揺を見せる希愛の姿に、茉弘は先の放送がどれだけの危険を示しているのかを直感的に理解した。
「希愛さん!」
茉弘は、これでもかという声で希愛の名を叫んだ。
だけれど彼女はそれに気づく気配がなく、小さく何かを呟き続けているようだった。
「希愛さん!!」
「……っ、まひ、ろ……?」
「え、じゃないです! 早く地下に行きましょう!」
「…………あ」
目を数度見開いてようやく思考に割かれていた意識が戻った。
そしてすかさず頭上に目を向け、罅割れた空を鋭い眼差しで見る。
「——移動します。放送の内容が事実であれば恐らく今から現れるのは紛れもない真性の怪物。戦闘範囲の規模は先の非ではありません。できるだけ距離を取り、貴方にお伝えすべきことを伝えます」
「つ、伝えることって……もしかして彩菜さんからの伝言ですか?」
「はい。所用で庭園を離れる際、私に託したものです」
ここで聴いてはいけないのか、などと言える状況じゃない。
そうこうしている内にも空の罅割れが広がっているのだ。希愛の言う通り、ここにいては先の非にならない戦いに巻き込まれる可能性がある。
「わかりました。動きましょう」
茉弘の言葉に希愛が小さく頷き、茉弘の手を取る。
そして希愛の手首から浮き出るように、白い紋様が一つ、浮かび上がった。
「しっかり握っていてください。第一顕現、【杭点】」
彼女がそう言った瞬間、希愛の手の周囲に淡い白光が灯ったかと思えば、それは瞬く間に茉弘たちを包んだ。
「……っ、速く! もっと速く!」
建物の屋根を駆ける凛祢は、首に掛けたペンダントを握りしめながら、杞憂とも言える気がかりに表情を歪ませていた。
しかしそれも当然だ。何しろ先の放送後に伝達された因子の発生ポイントが、茉弘がいる男子寮周辺であったからだ。
茉弘のことであれば、放送を聞いて即座に地下へと避難をしようとしているだろう。けれども兄は大の方向音痴だ。
物心がついて間もないことに凛祢その実害に巻き込まれて以降、何度も兄の手を引いて街を歩いたのだ。歩き慣れた街であればあの兄でも問題は無いが、ここは庭園。兄にとって未開の地。いや、方向音痴な茉弘にとっては秘境と呼べるほどに広大な場所だ。
情けない話だが、寮監が誘導していたとしても迷う可能性が万が一にもある。
というか、そもそも寮に着けずに彷徨っている可能性もあった。
「……っ、嫌な予感がする……」
瞬間、凛祢の脳裏に嫌な想像が掠める。
——緋咲と別れ、案内状を見つめる茉弘。しかしここがどこなのかも分からずに道に迷い、先の放送に怯え、涙を流す茉弘の姿——
(な、なに……この放送……怖い! だ、だれか……っ、凛祢! 緋咲! 魔女様! この迷い怯える小鹿のような僕を——誰でもいいから助けてー! 願わくば凛祢―っ、凛祢に助けてほしいなーっ!(うるうる))
「——待ってなさい、私の兄様! 絶対に助けてあげるんだから……ッ!」
凛祢はくわっと目を見開くと、今まさに(妄想内で)泣いている茉弘の元に辿り着くべく、凄まじい勢いで屋根を蹴った。
目を開けた瞬間に茉弘の目に飛び込んできたのは、モダンな屋敷だった。
そして茉弘たちは、丁寧に手入れが施されている庭に突っ立っていた。
「希愛さん……なにしたんですか?」
「走っていてはタイムロスですので、魔術で茉弘さんと共に転移しました」
「……転移って、そんなサラッとできていいものなんですか?」
「庭園の上層部、正しくは騎士団の者やそしてその侍従である私には、庭園内をある程度自由に転移する魔術を彩菜様から教えられております。それを使わせて頂きました」
「なるほど」
淡々と説明しながら、希愛の手から淡い白光が消え去る。
「それで、これからどうするんですか?」
「まずは貴方にこれを聴いていただきます」
そう言って乃亜が懐から翡翠色の宝石を取り出して続けてくる。
「これは魔声石と呼ばれる、音声を記録する宝石です。こちらに彩菜様から茉弘さん宛ての音声が記録されています」
「はあ……それはいいんですけど、何でこの状況でなのかをお聞きしてもいいですか?」
「彩菜様からの命、と言えばご納得なされますか?」
「納得です」
即答で頷いた茉弘に、希愛が少し目を細めたがゴホン、と咳ばらいをして宝石を渡してきた。
「宝石の真ん中にボタンのようなものがあります。それを押せば音声を聴けますので」
「わかりました」
茉弘は言われた通りに宝石に付けられていたボタンを押した。
その瞬間、茉弘の意識は途切れた。




