11 迷子と侍従と警報
〈極彩の庭園〉は、大きく分けて五つの区画で構成されている。
中央学舎及び対終末因子作戦指揮本部〈ヴァルトシュテルン〉が存在する中央区画。
学園の分棟や医療棟、各種研究施設と生産施設が密集する東区画。
錬魔場や闘技場などの訓練施設が中心となる西区画。
学園長の屋敷や騎士団本部、私的機関など、一般生徒及び来訪者には解放されていない施設が多い北区画。
そして、寮舎や商業施設などが立ち並ぶ南区画である。
そして、授業を終えた茉弘は、緋咲と共に南区画の学生寮へと帰ってきていた。
——ちなみに、凛祢は防衛任務があったため一緒には帰らず、学校で解散する形となったのだが……なぜか別れる直前まで緋咲の方を見つめながら不機嫌に頬を膨らませて、緋咲を困らせてた。
「それじゃあ、またね茉弘!」
「うん、また」
寮舎についてすぐ、緋咲は〈庭園〉第一女子寮舎に、茉弘は〈庭園〉第一男子寮舎と、各々の寮舎へと戻り、茉弘は月宮教諭から受け取った寮舎の案内状に従って歩いていた。
緋咲からも案内状通りに歩けば寮舎には着く、と言われたのでその通りに帰ろうとしていた。
しかし——
「——迷った……完全に……」
案内状を見ながら南地区を歩くこと約三〇分。
茉弘は一向に寮舎に辿り着けずにいた。
そう。なんとか編入初日の授業を乗り越えた茉弘は、自分の寮舎がどこにあるのか分からず、道に迷ってしまったのである。
しかも案内状の案内が不親切だったとか、緋咲に嘘を言われたとかではなく、本当にただ単純に茉弘が方向音痴であるせいで迷っていた。
「どうしよう……」
学園から支給された端末には、GPS機能などは付いているがナビ機能はないし、学園のマップもインストールされてはいるが、見たところで更に路頭に迷いかねない。
凛祢と緋咲の連絡先は、幸い交換してもらっているので助けを呼ぼうと思えば呼べるが、凛祢は任務中だし、緋咲は今日知り合ったばかりで迷惑をかけるのが申し訳なくてとても連絡なんて出来ない。
詰まる話——完全な袋小路状態である。
「こんなことで悪戦苦闘するなんて……この先、ほんとに〈庭園〉でやっていけるのかな……」
ため息とともに呟き、茉弘はとにかく歩こうと思い、歩みを再開しようとする。
「——ここにおられましたか」
と。
そこで、背後から銀の鈴のような澄みとおった声がかけられ、茉弘はハッと顔を上げた。
「え……」
後方を見やると、いつの間にかそこに、一人の少女が立っていることがわかる。
膝にに触れるか触れないくらいかの白い髪をリボンで後ろに結び、まるでメイドのような服を纏った端正な顔立ちの少女である。茉弘の顔を覗き込む双眸は、まるで金剛石のような透明なもので宝石のように美しかった。
「……、え? 僕、ですか?」
茉弘が自分を指しながら言うと、その少女は何かを察したかのように、しかし表情を変えぬまま続けてきた。
「なるほど。まだご説明がなされていなかったようですね。まあ、編入初日であったなら仕方ないでしょう。
——わたしは白波希愛。〈極彩の庭園〉学園長・無華花彩菜様の侍従を務めております。主の命で、あなたの面倒を見るように仰せつかっております」
言って、慎ましく礼をしてくる。
「えと、ご丁寧にありがとうございます。式部茉弘です」
言って、茉弘も礼をする。
「彩菜様から伝えられていた時刻よりも茉弘さんのご帰宅が遅かったため、僭越ながらお迎えに上がらせて頂いた次第なのですが、なぜこんな場所におられたのですか? 茉弘さんの寮舎は反対方向のはずですが」
「あ、えと……それは……その……」
「あー……えっと……」
言いよどみ、思わず目を逸らしてしまった。
この希愛という少女が初対面の女の子というのもあるが、もう一五歳の男が道に迷ったことを伝えるのが非常に恥ずかしくなってしまったのだ。
が、目を逸らしたのはまずかったようだ。
「…………」
希愛が何かを勘繰るような、あるいは疑うかのような目でこちらを見てきていた。
頭から顔、胴から左右の手、そして足の方までを舐め回すかのように見、希愛はなるほどと呟いた。
「道に迷われた、と推察しましたが合っていますか?」
「え……、な、なんでわかったんですか……⁉」
「左手に寮舎への案内状、右手に学園支給の端末をお持ちとなれば、大方の想像はつきます。——とはいえ、案内状ありで道に迷っている生徒を見るのは初めてでしたので、正直半信半疑での言葉でした」
「うぐ……」
特に何かされたわけではのに、茉弘は心にグサッと刺されたような気がした。
思わず膝をつきそうになるようなダメージを負った気さえする。
「……? どうかしましたか?」
希愛が不思議そうなかをしながら首を傾げてきたので、お……お気になさらず、と言い、崩れそうになる膝をどうにか奮い立たせた。
「いくつか彩菜様から言伝と直々の音声魔石を頂いておりますので、問題が無ければ寮舎までご案内いたしますが」
「お願いします……」
情けなく頭を下げる茉弘に、希愛は特に呆れる様子も無く、静かに頷いた。
「また道に迷われても困りますのでお手をお借りしますが、よろしいですか?」
「……お願いします……」
情けなく頭を下げると、希愛は小さく頷いて失礼します、と言って茉弘の手を取った。
と——
「……この感じ、まさか……」
「え?」
希愛が何かを言いかけた瞬間、学舎中に、警報のような音が響き渡った。
それと同時、どこか覇気にかけるような女の声が、スピーカーから聞こえてくる。
『——騎士イリ―ティア・ヴェンディが告げる。終末因子の発生を確認した。終末完遂率を示す等級はLV.2の上級因子と断定し、二十四時間以内の討滅を推奨。学徒は各自自室にて待機。掃討には騎士ガンヴェルトゥ・アルフリッグが当たる。非対応魔術師は、警戒態勢を怠らぬでないぞ』
「……? 何ですか、この放送」
「——ふむ」
希愛はあごに手を当てると、数瞬ののち、顔を上げてきた。
「いい機会です。寄り道をしましょう。——あなたがこれから生きる世界をお見せします」




