10 妹の驕りで食べるランチは美味い
——昼休み。
茉弘は、緋咲と凛祢案内のもと、学舎から食堂に移動していた。
食堂とは言ったが、実際はいくつもの飲食店が出店されているショッピングモールのようなもので〈庭園〉の東側に位置する巨大な商業施設である。マンションの十階の高さに掃討する全長三〇メートルの周囲を、生い茂る樹々が覆っている。建物の四方の壁それぞれに大型のLEDディスプレイが備え付けられており、たまに茉弘も観る昼番組が放送されている。
なんとも破格、かつ食堂を名乗るには明らか規模のおかしい施設である。本来なら茉弘も、興奮のままにはしゃぎながら辺りをぐるりと見回し、感慨をもらしていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
理由は二つ。
一つは、お昼を食べるお店に予約を入れていたから。
もう一つは——そうやって、子供の様にはしゃげる空気ではなかったからだ。
「——さて、席にも付いたことだし早々に注文をしてしまおうか。……ところで言いたいことはあるかな、凛祢」
「も、申し訳ありませんでしたあぁぁぁああああああ!!!」
お店に着き、席に着いてすぐに、地面に頭をこれでもかと擦りつけながら、この場の全員に向けて全霊の土下座で反省を示す凛祢の姿に、彩菜がはあ、とため息をつく。
なぜ、この場に彩菜がいるのかというと、先の教室破壊の件で凛祢が彩菜からのお叱りを受けた後、何故かこの四人でお昼を食べることになったため、としか言えなかった。
「大方の事情は先ほど把握している。理由が理由だし、私個人としては許したいが学園長としては、粗相をしでかした生徒にはそれなりの対応をしないといけない」
「……っ、おっしゃる通りです。何卒、寛大な罰を——」
如何なる罰でも受け入れる、そう告げた凛祢に、彩菜は微笑みながらじゃあ罰を与える、と言ってお店のメニューを凛祢に差し出した。
「え、えと……魔女様? なぜメニューを?」
「この場にいる三人に、一番高いランチを奢りたまえ」
「………………ふえ? そ、それが罰なのですか?」
「……? そうだが、もっと厳しい罰がいいのかい?」
「い、いえっ! けど身構えていた割には拍子抜けというか……てっきり騎士の座を下ろされるものだと思っていたので」
それには茉弘も同意見だった。元々の原因が、煽ってきたあの男子生徒にあるにせよ、凛祢がしたことは一歩間違えれば死人を出しかねない規模の攻撃だった。
それと、これは凛祢が学園長室に呼び出しを受けている間に、緋咲から聞いたのだが、凛祢は〈庭園〉の高等部に通う生徒の頂点、つまり学生内では他の追随を許さぬ最強の魔術師らしい。
さらにいえば、彩菜が自ら魔術師を選別して発足された彩菜直轄の組織——〈庭園の騎士団〉。——学生ながらにして、その一角に数えられる天才魔術師であった。
魔術の規模を鑑みても、凛祢が相応の実力を持つ魔術師なのは素人の茉弘でも分かったのだが、まさかそんな大層な肩書きを背負うほどの魔術師だとは思っていなかった。
「貴重な人材をこんなことで解雇していたら、わたしの騎士団は半壊状態になってしまうよ。それに、これもこれでまあまあ重い罰になるだろう。なにせここのランチはそれなりの値段になるからね。さすがの君でも金欠になるんじゃないかい?」
「た、確かに……はっ⁉ まさかそれが狙い⁉」
「どうみてもそうだろ……言い回し的にも」
「なんて……なんてドSなプレイなのッ! いいでしょう魔女様。その罰、この式守凛祢が甘んじて受けましょう! さあさあ高いランチはどれですか!」
「これだよ凛祢」
言って、緋咲が例のランチに指を指す。どれどれ、と満面の笑みで凛祢がメニューを見た瞬間。
「な、七〇〇〇えええええええええええぇぇぇぇぇん——————⁉」
そのランチメニューの値段を見て悲鳴をあげ、そのすぐに凛祢はこひゅう……と声にならない声を出して背柱にもたれ掛かった。
「り、凛祢えええええええ——⁉」
緋咲が慌てて凛祢の元に駆け寄る。
天才魔術師とはいえ、その中身はまだ一五歳の学生。七〇〇〇円の食事×三=二一〇〇〇円の驕りだなんて大人でも早々しないことをやれと言われたらこうなったりもするだろう。
にしても、おしとやかに見えて地味な大打撃を与えるだなんて、彩菜も彩菜で恐ろしい事を考えるものだと感心したと同時に、物凄く身震いした。
「……? どうしたんだい茉弘。そんな冷や汗を垂らして」
「い、いやぁ……別になんでも……」
本人にむかって怖いとはさすがに言えないので茉弘は言いどもった。
「というか彩菜さ……、いえ、魔女様はどうして、今回の食事を共にしようとお考えになられたのですか?」
「そう大したものでもないよ。凛祢や怜音とはたまにこうして食事を共にしていてね。本人たちにはいつもわたしの気まぐれに付き合ってもらっているんだ。——それに、今回は君の様子も気になったからね」
「ああ、なるほど……」
納得したように感慨の声を漏らす。
今の彩菜と茉弘の現状を考えれば、これは正しい選択といえるだろう。
茉弘の精霊の力は、今こうしている今も緩やかに目覚めつつあり、何の拍子でその均衡が崩れるかはわからない。
であれば、定期的な接触と確認は必要となってくる。そしてこの接触の仕方なら、仮に凛祢や緋咲に勘繰られたとしても、学園長として編入生の様子を見に来ただけ、という言い訳も出来るし、茉弘も学園長に心配される編入生として会話することが出来る。
「学園での授業はどうだい? ついていけそうかい?」
「基礎がそもそもないので今は全然ですね……。まあ幸い、凛祢が同じクラスなので少しずつ教えてもらおうかなとは」
「それはよいことだ。……が、もしわからないことがあればわたしを頼るといい。可能な限り教えよう」
「ありがとうございます」
当たり障りのない会話に、サラッと学園長室へ訪れても構わないと二人の前でさり気なく許可を出す彩菜に、茉弘は頭が上がらなかった。
と——
「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ……」
まるで今まさに崖底から生還してきたかのような踏ん張り声を出して、凛祢が机を支えに立ち上がる。
「蘇ったか」
「別に死んでないんですけどッ⁉ というかなんであんたまでいんのよ!」
「ものすごい今更だな……お前なんも言ってこなかっただろ」
「ぎくっ……、そ、そんなの、魔女様が輝かしすぎて陰キャのあんたが目につかなかっただけよ!」
「な、どこでそんな言葉覚えたんだ……っ⁉ 俺はそんな汚い言葉教えた覚えないぞ!」
「事実でしょ、ジ・ジ・ツ! わたしが二人の離婚前に無理やり引っ張り出さなかったら一生外に出れなかったくせに!」
「そ、それはメンタル的にあれだったからで……」
「はいはい、言い訳は結構。 感謝の一つや二つしてほしいものだわ」
「感謝はしてるが、その言い方だと恩着せがましいぞツンデレ妹」
「つ、ツンデレじゃないわよ⁉ 感謝してるなら、素直に敬いなさいよこのツンデレ兄様!」
「んだとこの野郎」
「なによこのバカ」
茉弘と凛祢の刺々しい視線が交じり合い、実際に見えてしまいそうなほどに激しい火花を散らす。
「ザ・兄妹喧嘩って感じですね……」
「仲がいいのはいい事じゃないかな。さ、緋咲。あの二人が仲良くしている間にわたしたちで注文を済ませてしまおうか」
「あ……はい」
二人の喧嘩を他所に、彩菜と緋咲は呼出ボダンで店員を呼び、一番高いランチメニュー『~産地直送の三種の海の幸と三種のロイヤルビーフ、庭園の繁栄を添えて~』を四人分注文した。
生意気な妹のお金で食べるランチは、とても最高だった。




