01 出逢い
——息を呑む。
それは、あまりに理解し難い光景だった。
式部茉弘は、手の中に宿る『モノ』が何なのか理解出来ず、その場に立ち尽くしていた。
茉弘はそこそこアニメは好きだし、ゲームの世界のキャラが持ってる強武器を持ってみたいとか、それこそ不思議な力を手にしてみたいと考えたことは多々ある。
が、思ってただけでそんなことが現実で実現することは無いと考えてた。
けれども今、茉弘は目の前に視えるそれから、目を離せずにいた。
その——炎の揺らめきにも似た、淡い光が灯る自身の右手から。
「……なんだよ、これ——」
最初は街灯の明かりを浴びて、手が光っているのかと思った。
けれど、どこにどう向けても手の明るさは消えず、それどころかその光が手だけでなく全身まで纏わりつくように徐々に広がり、熱を帯びるように身体も熱くなっていた。
「……っ」
この熱がどこから来るものなのか、茉弘は自分の身に起きた不可解な変化から目を逸らせずにいた。
「……っ、あつ……ッ⁉」
熱い。まるで内側から何かに燃やされているような感覚が全身をくまなく駆け巡っていた。
不思議と痛みがなく、むしろ自身に欠けていたピースが埋められていくような感覚を覚えていた。
なぜそんな感覚を覚えているのかはわからない。まるで理解が追い付いてこない。
ただ唯一、わかることがるとするならば。
「……っ」
見知らぬ女の子を、自分の手で傷つけてしまったという事だけだった。
「……っ、だ、大丈夫ですか……!」
茉弘は熱の痛みを堪えながら肩を震わせると、少女の側に膝を折ってそう呼びかけた。
未だに自分がなにをしてしまったのかわからないが、悠長に考えている暇はない。
彼女は血を流している。どんな形や理由があれど、自分の何かがこの子を傷つけたのだ。何としてでも救わなければならない。
そんな責任感や使命感が、痛みに苛立ちを覚えつつある茉弘を辛うじて冷静さを保たせていた。
すると、その少女の瞼がうっすらと開いた。
今にも色が失われそうな双眸が、茉弘の貌をゆっくりと撫でてきた。
「……は、は——、気遣ってくるなんて……、きみは……ああ……でも、らしいと言えば……らしいの、かな……」
「え……?」
少女の言葉の意味がわからず、茉弘は顔を困惑の色に染めた。
失血で記憶が混濁したのだろうか。言葉がうまく発せていなかった。
だとしたら、今すぐにでもこの子にしかるべき処置を受けさせなければならない。
けれど、今の自分がどういう状態なのかもわからないまま、少女に触れるわけにもいかないし、助けを求めて外に飛び出そうにも熱さによる痛みで身体が思うように動いてくれない。
「————!」
そのとき。背後から足音が響き、茉弘は顔を上げた。
誰かはわからないが僥倖だ。
何を始めるにしても手が圧倒的に足りなかったのだ。
助けを求めるように、茉弘は音の方向へと振り返る。
「————」
振り向いた瞬間、茉弘は現れた人影に目を釘付けになった。
否、正しく言えば現れた少女の姿に目を奪われてしまっていた。
歳の頃は十六、七といったところだろうか。
あどけなさを僅かに残しながらも、微かな大人の色香を纏う顔立ち。
月の明かりを浴びて、金とも銀ともいえない神秘的な色に煌めく長い髪。
様々な色を映す幻想的な双眸、整った鼻梁や形のよい唇を際立たせ、どこか人間離れした、女神が嫉妬を抱くような美しさを備えた、ドレス姿の少女だった。
「……よかった。まだ完全では無いようだね」
「え……?」
少女の身姿に見惚れていた茉弘は、彼女がなにを口にしたのかをイマイチ聞き取れていなかった。
そんな茉弘の様子に一瞬首を傾げるが、なにか察したようにドレスの裾を摘まんで軽く持ち上げると、足をクロスさせながら頭を下げて。
「自己紹介がまだだったね。私は無花華彩菜。訳あって君を保護しに来た魔術師だ」
「ま、魔術師……?」
「……ん? ああ、そうか。そういえば君は何も知らされずに育てられたんだったね」
そう言って姿勢を戻す。
そして。
「君は精霊。世界を殺す可能性を秘めた、怪物だよ」
どこか悲しげに、彩菜がそれを告げた瞬間。
二人の目が交わり——式部茉弘の物語は、始まった。




