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蒔島家の事情  作者: JUN
9/28

期待 のち がっかり

 練習する部屋はただの音楽室で、防音ではない。なので、練習する音も聞こえているだろうが、外のいろんな音も入ってくる。吹奏楽部や軽音楽部の楽器の音、運動部のかけ声、球を打つ金属バットの音。それから、廊下の声。

「どれが蒔島春弥の双子の兄?」

「いねえぞ、そんなかわいいの」

「おかしいな。ここに入部したって聞いたのに」

 ひそひそと小声で囁いているつもりだろうが、数が多ければ普通に聞こえる。

 弦楽部の皆は、うんざりしたような顔や苦笑を浮かべたりがほとんどだが、いたずらが成功したみたいな顔をしている者もいる。

 そしてたまりかねたように部長が立ち上がると、一気にドアを開け放った。

 驚いたのは俺たちだけでなく、外の連中もだった。当然だ。

「クラブ活動の見学なら中へどうぞ。蒔島の見学なら今見てくれ」

 そういう言い方はどうなんだと思ったが、これもまあ、新入学の時には毎回あった行事だと俺も認識している。

 俺は部長に目で促されて立ち上がった。

「どうも。蒔島柊弥です」

 途端に、期待に満ちていた見学者たちの顔つきが絶望に変わる。

「え、うそだ……」

「双子だろ?」

「なんだ。かわいくてバイオリンもできるやつがいるって聞いてたのに、だまされた」

 肩を落とす彼らには気の毒だが、早く現実を把握してもらいたい。

「わかったな。見物が済んだら帰ってくれ。練習の邪魔だ」

 部長が冷たく言うと、廊下の彼らはしょぼんと肩を落として帰って行った。

 いや、見学がもはや見物と、オブラートがどこかに行っている。

「ご迷惑をおかけしました。すみませんでした」

 俺にも迷惑だったが、そこはもう仕方がないのでそう言って頭を下げる。

 すると先輩たちは苦笑を浮かべた。

「気にするな」

「そうそう。三枝を見にああいうのが来たもんだし、慣れっこだよ」

 ああ、三枝クリスね。

 当の三枝先輩は今日は休みだった。

「もう一度今のところから」

 部長は何事もなかったように言って楽器を構え、それで俺たちも気を引き締めた。


 練習が終わると、グループ毎の当番で片付けをする。

 今日は俺のグループで、イスを並べ直し、譜面台を片付け、先輩たちと教室を出る。

「いやあ、今日のあいつら、見物人の顔は見物だったな」

 吹き出して、先輩が笑った。

 それを、部長が短くとがめる。

「飯田」

「あ、悪い」

 俺は気にしていないと笑った。

「後は鍵を返しに行くだけだが、蒔島も来い。場所を覚えておけ」

「はい」

 部長について2人で職員室へ向かいながら、部長は改めて謝った。クールで他人に冷たいのかと思いきや、気を使える人だったようだ。

「済まなかったな。面白い事ではなかっただろうに」

「いえ、慣れてますから。毎年新学期は多かれ少なかれああでしたし、入学直後は特に酷いので。

 いやあ、弟と違ってこっちは地味で、せっかく見に来た人に悪い気がしますね」

 笑ったが、部長は怒り出した。

「失礼な事を言われてるんだぞ。怒れ」

「え、ああ、済みません」

 部長はやや俯き、心なしか早口になって言う。

「蒔島は相当上手いだろう。技術的なものはもちろん、表現も。

 実は、お前がコンクールに出ていたことは知っている。ジュニアのコンクールではトップクラスだったはずだ。それがいつの間にか出なくなっていて、てっきりやめたのかと思っていた。その、続けてくれていて、俺は嬉しかった」

 どうも、励まそうとしてくれているらしい。

「ありがとうございます。華がないんで、趣味にしようかと」

 部長は不機嫌そうに眉を寄せてから、

「俺は蒔島の音はいいと思う。俺は好きだ」

といった。

「はあ、えっと、ありがとうございます」

 しかし俺がそう応えると、はっとしたように顔をそらし、

「職員室は行ったことはあるか。ここだ。入ってすぐのここにキーボックスがあるから、休日の練習日や早朝練習のと時には、鍵当番がここに鍵を取りに来ることにもなっている」

と説明を始めた。

 照れ屋のようだが、いい人らしかった。






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