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蒔島家の事情  作者: JUN
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天使

 これ以上見学したいところもなく、チャイムが鳴るとすぐに俺たちは帰宅することにした。

 春弥と前川はデートしてから帰ると言うので、俺と勇実は並んで歩く。

「はあ、デートかあ。俺もしてえ。巨乳の美少女、どこかに余ってないかな」

「余るってどういう状況だ、それは」

 馬鹿な事を言う勇実に適当に応えながら歩き、家の前で別れる。家が向かい合わせなのだ。

 家に入り、手を洗ってから部屋で着替え、空の弁当箱を持って下りて来ると、親父が来た。

「お帰り、柊弥」

「ただいま」

 親父は面白くなさそうな顔をしていたが、思いついたように、楽譜を差し出した。

「柊弥、ちょっとこれ弾いてみてくれ」

「ああ、うん」

 こういう頼まれ事は時々ある。

 俺は防音室へ行くと、手早く調弦すると指慣らしをしながら楽譜を読んだ。

「へえ。『天使の散歩』ね」

「ああ。そういう注文でな」

「ふうん」

 指慣らしを終え、弓を弦に当てて構える。

 そしてフッと、弓をアップから走らせて弾き始めた。

 天使をイメージしただけあって、軽くて明るい曲だ。曲自体は短く、華やかな印象で、技巧的だった。

 親父は数カ所書き直してはそこを弾き直せと言い、俺はその通りに弾く。

「サンキュ、助かった」

「いや」

 親父が時計をチラリと見るので、今から客が来るのだろう。

 曲を提供する相手が来て一度親父からレッスンを受けるのはよくあることだ。俺は気にせず、手早くバイオリンを片付けた。

 が、少し遅かったらしい。

 防音室を出たところで、遙さんに案内されて来た客と鉢合わせになった。

 三枝クリス、俺より2つ年上のバイオリニストだ。

 父親が日本人で母親がカナダ人というハーフで、ふわふわとした感じがする。去年バイオリンを弾く動画をネットにあげたら「天使」と話題になり、この夏、親父の作曲する曲と古典の曲とでCDデビューすることになったと聞いている。

 確かにかわいい天使のような外見だし、親父と話している姿を見ると天使に見える。しかし、似たタイプである春弥とは合わないらしく、お互いに目も合わせない。ちなみに俺は、存在すら認知されていないようで無視だ。

 が、今は嫌でも目が合ったし、親父もいる。

「あ。こんにちは」

「どうも」

 ぎこちなく挨拶し、俺はさっさと奥に引っ込んだ。

 なるほど。天使のオーダーが来るはずだ。

「ただいま、遙さん」

「お帰り、柊弥。おやつ食べる?三枝君から羽二重餅もらったから」

「ん、もらおうかな」

 それで俺と遥さんはおやつにし、聞くともなく漏れ聞こえるバイオリンの音を聞いていた。

「さっきと同じ曲だよね」

 遥さんが首を傾げる。

「そう、だな」

 そう言いたいのはよくわかる。三枝の天使は、どこか重く、音が滑っていた。

「まあ、三枝クリスの曲だし」

 俺は肩をすくめ、テレビを点けた。


 今日も無事に主人公が悪代官を成敗し、俺は自分の部屋へ向かおうと腰を上げた。ちょうど階段が防音室のドアの向かい側にあるので、そちらへ向かうことにもなる。

 と、漏れ出ていた音がいつの間にか消えており、不意にドアが開いて三枝が出てきたところだった。

 目が合う。

 が、今度は睨まれた。

 俺が何かしたか?離れていたのにそんなわけがない。

 あまり表情が変わらない方なのでそうとは思ってもらえないが、俺だって色々と考えるし、動揺もするのだ。泣きそうな目で思い切り睨み付けられれば、何かしたんじゃないかと心配にもなる。

「蒔島柊弥」

「え、はい」

 それで三枝は玄関に下り、部屋を出てきた親父に見送られて、出て行った。

 俺も見送る形になり、閉まったドアを見ながら親父に訊いた。

「何かあったのか?俺、何かした?」

 親父は首を傾げ、それからにやりとした。

「お前の名前を訊かれたな、柊弥かって。それから、子供の頃にコンクールに出てたかって」

「……三枝さんも出てたのかな」

「らしいぞ。三枝君は毎回入賞を逃してたらしいけど」

「そんなの俺知らないよなあ」

 俺はぼやいて階段を上っていったが、まあ今後逢うこともそうないだろうと、そう楽観していたのだった。


 







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