第97話 沈黙の遺跡
〜阿吽視点〜
朝日が昇り始めた頃、俺達の出発準備が整った。
アルラインダンジョンの外に出ると、ひんやりとした澄みわたる空気と若草の香りが鼻孔をくすぐる。数日前に戦争があった事が嘘のようではあるが、アルラインの街に入れば嫌でも戦後の惨状を再認識することだろう。
隣を見ると、まだ眠そうにしているキヌがシンクに促され、竜化したドレイクの背中に乗ろうとしているところだ。ネルフィーはすでにドレイクに乗り、弓の手入れを行っている。
一応ルザルクからは、「アルラインの住民は黒竜がドレイクであることを認知してくれているため、遠慮なくドラゴンの姿で向かっても良い」と承認は得ているが、なるべく目立たないように早朝に出発することにしたのだ。
俺が最後にドレイクに乗るとフワリと空へと舞い上がり、そのまま雲の上まで高度を上げ禅に教えてもらった『沈黙の遺跡』の場所へ向かって進んでいった。
アルラインを飛び越え西の方角へ飛ぶと、半日ほどで森の中に拓ける場所を見つけた。
「ドレイク、あの拓けた場所に降りてくれ。Aランク相当のゴーレムが複数徘徊しているという話も聞いている。即戦闘になるだろうから、みんなそのつもりで行くぞ」
「降りる前に弓で牽制しておく」
その言葉通りネルフィーは的確にゴーレムへと矢を放っていくが、敵は物理防御が高いようであり、決定的なダメージは与えられていない。
着陸後はすぐにシンクが6体のゴーレムのヘイトを集め自分に攻撃が集中するよう対応している。ドレイクも人型へと戻り、赤鬼の金棒でシンクに群がっているゴーレムたちにダメージを与えていく。
俺とキヌはシンクにヘイトが向いていないゴーレムたちを魔法で一体ずつ撃破していったのだが、ゴーレム相手には俺の雷魔法が効果的なようだ。
20分程の戦闘で15体のゴーレムを倒し終えると、その金属片は地面へと吸収されていった。
「この機能から考えると、プレンヌヴェルトダンジョンのような地上に露出したダンジョンになっているみたいだな」
「ん。すでにダンジョンの中ってこと」
「みたいっすね。ってことは最奥にボスも居るっすよね!」
「あぁ。あの遺跡の内部に転移の魔法陣があるはずだ。その先が本格的なダンジョンとなっているんだろ。敵はゴーレム以外の種類も出現する可能性が高い。気を引き締めていくぞ」
拓けた土地の中心にある遺跡は、切り出された筒状の石柱が規則的に立ち並び神殿のような作りになっている。
いつからある遺跡なのかは分からないが、天井部分や柱の一部が倒壊し、そこかしこに建造物の破片であろう石が散らばっているため、その年季がうかがえた。
階段を上りその神殿へと到達すると、その中心に青白く輝く魔法陣があり存在感を示している。
全員で転移魔法陣に触れると、視界が切り替わった。ここが2階層という事だろう。
転移した先は森となっていた。かなり鬱蒼としており膝下の高さまで草が生えている。敵はこの草や木の影に隠れることも出来るはずだ。また、どっちの方向へ進めば次の階層があるかも分からない。
こういった森林はダークエルフであるネルフィーの得意とするフィールドだが、それ以外の4人にとっては戦闘がしにくい。
「結構厄介なエリアだな。目的はレベル上げだが、ちょっと戦闘がしにくそうなんだよな……」
一応【探知】のスキルは常時発動して奇襲だけは避けなきゃだな。
数分探索を続けていると魔物の群れが現れた。あれは……
「マンイーターとトレントか……Dランクの魔物だな」
トレントは木の魔物であり、根っこ部分を足として動くことも可能だ。だが、擬態して待ち伏せていることが殆どだ。擬態されていると目視では見つけにくいが、探知のスキルにはちゃんと引っかかる。
マンイーターは植物系の魔物であり溶解液や毒液に注意が必要だが、こちらも動きは遅い。
今更Dランク程度の魔物に後れを取る事もなく、ネルフィーとシンクの攻撃でアッサリと倒してしまった。
その後もこの階層で現れる敵はD〜Cランクの魔物ばかりだ。慣れてくるとネルフィーが先行して木々を飛び回り、敵が気付く前に全て倒しきっていた。
正直、このランクの敵ではレベルも全然上がらない。そのため、先を急ぐことにし、2時間ほどの探索で下の階へと降りる階段を発見する。
だがその階段の横には、堂々とした佇まいでこちらを見つめている1体のモンスターが居た。
「あっ……あれはっ! 待て、みんな攻撃するな!」
「「「「……え?」」」」
「しっかりと相手を観察するんだ!」
「……阿吽様、アレを観察というのは……ただのゾンビでございますが?」
みんなが油断するのも分かる……
何といってもソコに居る魔物は、最底辺Fランクの代表ゾンビだ。
だが、このゾンビ先輩も俺に何かを伝えようとしてくれているように感じる。
これは、一挙手一投足を見逃すわけにはいかない!
もはや動いているかどうかも分からない。そんなゆっくりとした動きの中に、洗練された熟練の何かを感じる。
そして先輩は、その流れるような動きのまま、近くにある木に向かって大きな口を開け……かぶりついた。
「そういう……事か……」
今まで俺は、“いかに速く動くか”、“敵より速く攻撃するか”という事にばかりに意識が向いていた。
確かに敏捷値は重要だ。だが、そのステータスを最大限活かすために配慮すべきは……『動きの緩急』。
ゆっくりとした動きから突然最高速での動きになった時、相手からすれば意表を突かれることになる。それに、攻撃に関しても緩急をつける事で、フェイントに応用する事だって可能だ。
先輩は、それを俺に伝えようとしてくれてるんですね……
「先輩っ……ありがとうございます!!」
「兄貴、どういう事っすか!?」
「ゾンビ先輩は、俺達に『緩急の大切さ』を教えてくださったんだ。
速く動き続けるだけでは、強敵には通用しない。戦闘に於いて、ゆっくりとした動作や攻撃を織り交ぜる事で、相手の意表を突くことができるようになる。
さらに、攻撃の速度に目を慣れさせないといった上級テクニック……これからの戦闘では、そういった『テクニカルな動きも取り入れなさい』という、ありがたい御指導だったんだ」
「マジっすか……ゾンビパイセン、マジパネェっす!」
「よし、じゃあ次の階層に進むぞ。先輩の横を通る時は、一礼を忘れるな」
女性陣には怪訝な顔をされたが、木にかぶりついているゾンビ先輩に対して、しっかりと全員で一礼をしつつ3階層へと続く階段を下りて行くのだった。
次話は6/22に更新予定です♪