第96話 イブルディア帝国の怪物
〜イブルディア帝国宰相 ハインツ視点〜
宣戦布告を行ってから4日、帝都城内にある会議室は混乱の極みとなっていた。
理由は、戦場へと出向いた将官との連絡が一切不通となっていることにある。
5年前から計画されていたアルト王国との戦争において、こちらの計画や準備は完璧だった。多額の資金を投入した魔導飛空戦艇に関しても量産が半年前に間に合い、帝国に存在する10隻のうち8隻が出撃。開戦のタイミングと同時に侵攻を開始した。
情報の漏洩に関しても細心の注意を払っており、アルト王国からの密偵も見つけ次第すべて排除している。さらに、こちらの密偵からの情報では、アルト王国に戦争準備を知られている素振りはなく『クラン対抗武闘大会』という祭りまで催されていた。
計画通りであれば既に勝敗は決し、この城内で祝賀会が執り行われていてもおかしくはないほどの時間が経過している。
それにもかかわらず、2日前には帝国陸軍が降伏したという情報まで冒険者経由で流れてきていた。アルト王国との戦力差を考えても、そんなことはあり得ないと切って捨てた情報ではあるのだが、如何せんそれ以外の情報が一切来ていない。
「おい、どうなっておる! なぜ何の報告も情報も来ぬのだ!」
イライラが収まらない。この作戦が失敗などすれば、私の命にも関わる……
すると会議室のドアが勢いよく開かれた。
「宰相閣下! たった今、アルト王国から……書状が届きました!」
「なに!? 早く見せろ!」
その書状には、予想だにしなかった事が記されていた。
そこに書かれていた内容を簡潔にすると、『アルト王国は8隻の魔導飛空戦艇を全て撃墜。乗り込んでいた兵士で生存者は全て捕虜としている。さらに、帝国陸軍約5000名のうち約半数が戦死。合計で2865名の捕虜を獲得している』という事。
「こ、こんな内容……信じられるか!」
「しかし、今はそれ以上の情報がありません……」
「……仕方がない、書状が来た以上、皇帝陛下にもこの情報はお伝えせねば……」
なぜだ……この情報が正しいのであれば、私は何を見誤っていた……
アルト王国のどこにそんな戦力があったというのだ。魔導技術も我が国とは比べ物にならないほど劣っている。国力も、兵士の数も全てこちらが上回っていた。それに加えアルト王国からすれば奇襲にも等しいタイミングでの宣戦布告。どうすればそんな状況を打破する事ができるのだ!
全く理解は及ばないが、それでもアルト王国からの書状が届いた以上は、皇帝陛下にお伝えする義務がある。
(私の運が良ければ、戦後処理を行う時間を頂ける……か)
こうなってしまった以上は、誰かが責任を取る必要が出てくる。そして戦場へ出ていた大将が戦死もしくは捕虜となっている現状、帝国内においてその責任を取るのは私以外あり得ない。
さらに、今の皇帝陛下であれば、間違いなく私を処刑するだろう……
だが、なぜこのような結果となったのか、戦場で何が起きていたのかを知るまで、私は死ねない……
こんな疑問を抱えたまま死ねるものか!
何とか陛下を言いくるめなければ……どうしたらいい……
そうだ! スフィン7ヶ国協議会、3か月後にあるこの協議会では私の智謀が必要となってくるはず! そこでの挽回次第で、処刑は免れる事ができる可能性も……
そのためにも、陛下に謁見するこのタイミングが最重要。考えを巡らせ、どんな手を使っても乗り切るのだ!
30分後、陛下との謁見を承諾された私は、玉座の間へと入っていった。なるべく平穏を装いながら……
「皇帝陛下、ご報告がございます」
「……なんだ。アルト王国の竜人族は、皆殺しにしたのだろうな?」
「いえ……、情報が錯綜しておりますが、アルト王国から来た書状では……魔導飛空戦艇8隻全て撃墜されたとありました。エゴン大将が、しくじったのだと考えます」
「……作戦の総指揮は宰相のお前だったはずだ。情報が錯綜しているとはどういうことだ?」
「魔導飛空戦艇部隊のエゴン大将、陸軍のクヌート大将との連絡手段は魔導具にて確立しておりました。
しかし、両者からの連絡が一切ないという事は、アルト王国からの書状の通り、死亡もしくは捕虜となっているものではないかと……
かくなるうえは……『顔無』をアルト王国へと派遣し、情報の収集に努める所存です。また、今年はスフィン7ヶ国協議会が帝都にて開催されます。必ずやお役に立ちますので、私の処分はその後にして頂きたく……」
「まずはヤツに話を付けろ。それができなければ、即刻処刑を言い渡す。ハインツ……次は無いぞ」
「はっ! もちろんでございます」
かなり強引ではあったが、何とか私の命は引き延ばせたようだ。だが、あの雰囲気では私が直接アルト王国へ向かうのでは納得されなかっただろう。
陛下に私が“まだ使える駒”であると認識していただくため、考え出した結論としては『顔無との繋がりがある』と誤認していただくしかなかった。
だが、実際はかなり難易度が高い。“イブルディア帝国における治外法権”とも言える顔無。
ヤツは常に不気味な仮面をつけており、正体は一切明らかになっていない。また、これまでに数多くの事件を起こしながらも、一度たりとも捕まった事はなく“幻のような人物”とされている。
さらに噂では、常に独りで行動しているにもかかわらず、1,000人の配下がいるとも言われ、その情報の錯綜っぷりや神出鬼没さはイブルディア帝国の長い歴史の中でもヤツをおいて他に居ない。
そんな男と、数日中に何とかコンタクトを取らねばならないのだが……私の情報網では、つい先日この帝都での目撃情報が入っている。
しかし会えたとしても、依頼に対してどんな対価を吹っ掛けられるのかは未知数だ。
いや、どうせその交渉に失敗すれば私の命はないのだ。
今すぐに帝国の諜報員を動かし、ヤツの居場所を探る事としよう……
だが、期日までに会えないのではないかという心配とは裏腹に、その日の深夜……私は、全く予期せぬ形でノーフェイスと遭遇する事となった。
◇ ◇ ◇ ◇
私は、眠りに落ちる直前の浮遊感の中、頬を撫でる風を感じ、窓が開いている事に気が付いた。
確かに閉まっていたはずだと思いながらも、無警戒のまま窓を閉めるためにベッドから起き上がる。
そして窓に近付いた直後、後方から男の声が聞こえ振り返ると、そこには私の首に刃物を突き付けている仮面の男が居た。
月明りが差し込む部屋の中で、その男の付けている仮面が不気味に反射している。右半分は泣き顔、左半分は不自然なほどの笑顔で形作られている仮面……
私はすぐに理解した。この男が“ノーフェイス”であると……
「俺の事を探し回っていたのは、お前だな?」
「あ、あぁ。君がノーフェイスで間違いないだろうか……? 実は、依頼したい事があって探していたのだ……」
「俺は、誰からの命令も依頼も指図も受けない。……だが、まぁ内容は聞くだけ聞いてやろう」
「ひ、ひとまず……この剣を下ろしてはくれないだろうか。使用人も護衛も呼ばない……」
数秒後、無言のままに首に付きつけられていた剣が下ろされ、私はひとまず安堵した。
声や身体つきからは、成人の男性であることは分かる。だが、それ以上の情報は全く分からない。
「依頼内容なのだが……アルト王国に潜入して欲しい。
実は、数日前にイブルディア帝国から宣戦布告を行い、アルト王国と戦争になったのだ。
だが、開戦してから半日以降、戦場からの連絡が一切不通になっている。
通常ではあり得ない戦力差で攻めていた。確実に勝てるはずの戦争だったのだ……戦場で何が起きたのか、アルト王国では今何が起きているのかを知りたい……」
「戦争が起きていたのは知っている。帝国が一方的に戦争を仕掛け、魔導飛空戦艇まで使った事もな」
「そ、それならば話が早い! 報酬は何でも言ってくれ! 私に渡せるものならば今すぐにでも渡そう!」
「言っただろう? 俺は誰からの命令も、依頼も受けないと……だが、アルト王国か。ちょっと面白そうだ……行ってみるのも良いかもしれないな……」
これは運が味方してきた!
こいつが興味を引く内容であれば受けてくれる可能性も高いだろう。それにイブルディア帝国の宰相である私から渡せる報酬は大きいのも分かっているはずだ!
「であれば! 受けてくれないだろうか!」
「……なら先に報酬を頂いておくとしようか」
「それで構わない! 報酬はなに——」
あれ? おかしい。なぜ私は顔を床に付けているのだ……
それに、ソコに見えているのは……私の、足?
「報酬は、お前の命だ。
これで俺は、誰からの依頼も受けた事にはならない。
法律も、規律も、立場も、地位も、金も……俺を縛れる物など何も無い」
ドサッという音と共に、自分の身体が倒れているのが見えるようになる。
その首から上は何もなく、大量の血がゴボゴボと噴き出し床に血だまりができていく。
声を出そうとしても発する事ができず、全く状況が分からない混乱の中、私の意識は少しずつ薄れていく。
そして、最後に聞いたのは“ノーフェイス”と呼ばれている男の言葉だった。
「俺は、誰よりも自由だ」
次話は6/19に更新予定です♪
少し前に感想欄に頂いていた推しキャラは圧倒的にキヌさんがトップでした!
可愛いは正義!! モフモフは至高!!笑