第90話 怒れる二人の鬼人
〜ルザルク視点〜
最後通牒を行ってから10分が経過した。こちらの軍はすでに全員が後退を終えている。
現在は、平原で相対するイブルディア帝国軍との間には大きな空間ができ、2人の鬼人が約4500の敵兵を相手に仁王立ちしているという異様な光景が広がっている。
最初は阿吽達の到着に安堵をした。これでアルト王国の被害はさらに軽微なものになるだろうと。
しかし、その時に見た阿吽とシンクの表情は、目が血走り瞳孔が開ききっていた。
あんな阿吽達を見るのは初めてだが、怒っている理由はドレイクの負傷があったからだとすぐに理解できる。
そして二人のその表情を見た時、ここから先は地獄絵図にしかならないことは容易に想像がついた。
突然、帝国側から一方的に仕掛けてきた戦争であったとしても、敵兵全員が皆殺しにされるのを見たいとは思わない。
僕の気持ちを感じ取ったのか、阿吽達からは最後通牒と10分間の時間はもらう事ができた。
この10分で二人が少し落ち着いてくれていれば良いが……
あわよくば、帝国が降伏し撤退をしてくれと願った。
ほどなくして、イブルディア帝国から音声拡張型魔導具にて返答があった。
『我はイブルディア帝国陸軍大将クヌート・ベックである!
アルト王国軍よ! そのような出鱈目に騙される我々ではない!
この戦争は、我らの優勢は揺るぎないものだ!
どうせ、王族を逃がすための時間稼ぎのつもりであろうが……我々は最後の一人まで、蹂躙し尽くしてやろうぞ!』
あぁ……もうこうなってしまっては、あの2人を止めるものが何もなくなってしまった。
仕方がない……これは、戦争なのだ。
それに、相手はこちらを“皆殺しにする”と宣言までしている。
これからこの場で起きるであろう地獄は、決して阿吽達のせいではない。
魔族に洗脳されているとはいえ、その皇帝の言葉を鵜吞みにし、私の最後通牒を聞かなかった馬鹿な帝国軍と、戦争を事前に止める事ができなかった王族の力不足が原因だ。
僕ができる事は、この戦争の事後始末を速やかに行いつつ、帝国との友和の道を模索する事だけ。
さて……阿吽達に“命令”を下すとしよう。
『イブルディア帝国の考えは、よく分かった……ならば、今から攻撃を再開する!
アルト王国が誇る最強の矛、その異次元の暴力を……とくと味わうがよい!!』
僕の言葉に反応し、戦場の左右から大きな砂煙が上がった。
向かって左側を見ると、濃い赤茶色のオーラを纏ったシンクが、一直線に敵陣右翼へと突っ込みながら巨大な斧を振り回し、次々と帝国軍の命を刈り取っていく。その姿は正に死神そのもの……
さらに、上空に突如出現した直径3mはあろうかという複数の岩が降り注ぎ、敵兵を無作為に圧し潰している。
あれもシンクの魔法なのだろう。
序列戦の時の闘いは、全く本気ではなかったという事か……
戦場の右側では太鼓のような形状の雷を背に担ぎ、強烈な黒紫の雷光を纏いし鬼人が暴れている。
【雷帝】の異名に相応しい、その男から放たれる雷の槍と、バチバチと放電を放つ右手に持った刀が次々と帝国兵を屍へと変えていく。
そして、その勢いのまま敵軍の中へと突っ込んでいき、姿が見えなくなったかと思えば、数秒後には糸が切れた操り人形のように帝国兵が倒れ、再び阿吽の姿が目視できるようになる。
あまりにも人間離れしたその戦闘力を目の当たりにしてはいるものの、友達である阿吽の性格や怒っている理由が分かっている僕には、あの二人に対して恐怖の感情は芽生えない。
しかし……
「殿下、このままでは……敵兵が全滅するのも時間の問題かと。それに敵兵であろうと皆殺しにしてしまっては、あの二人が、味方からも恐怖の対象になりかねません……」
横目でレジェンダを見ると軽く震えているのが分かった。
確かにレジェンダの言う通りなのだろう。あの圧倒的な暴力が敵に向いているとは分かっていても、自分の理解の範疇を越えた大きな力を持つ者は、恐怖の対象として見られてしまう。
だが僕には、あの二人を止める手段を持ち合わせてはいない。
「わかってる。だが、僕にはあの二人を止めることなど出来ないんだ。
……もし、今の阿吽達を止める事ができるとすれば…………」
◇ ◇ ◇ ◇
〜キヌ視点〜
アルラインダンジョンに転移してきたドレイクの身体には、左腕と脇腹の大部分に火傷のような傷ができてた。でも、すぐにポーションで回復をしていた事もあって、命に別状はなさそう。
私はすぐに【ヒーリング】で治療を開始し、ネルフィーもポーションや薬、寝床の用意などをしてくれた。
一緒に転移してきたシンクは、念話で阿吽に呼ばれて外に出て行ったけど、ドレイクの傷を見た後からは、明らかに雰囲気が変わってた。
もちろん、私も同じ気持ちだ。一方的に戦争を仕掛け、大切な仲間をこんな目に合わせた帝国を許すことなんかできない。
「キヌねぇさん、ネルフィーねぇさん。俺はもう大丈夫っす……」
「まだダメ。すぐ治しちゃうから、ジッとしてて」
「ドレイクよ、キヌの言う通りだ。それに阿吽にも休めと言われたであろう」
「そっすね。でも、このままだと兄貴達は帝国軍を皆殺しにしかねないっす。そうなると……」
「そうだな。味方であるアルト王国兵からも、恐怖の対象として見られかねない」
「お二人が怒ってるのは、俺が傷を負ったからっすよね? ソレはすげぇ嬉しいっすけど、俺の為に兄貴達が勝ち取った信頼や尊敬を壊してほしくないんっすよ……」
確かに全部ドレイクの言う通り……でも理屈じゃない。
それに、阿吽とシンクは多分止まらないだろうし、止まる気もないはず。
感情を理性や理屈で抑えることができないほど、阿吽達にとって“仲間”という存在は大きい。
「キヌねぇさんの言葉なら……止められるんじゃないっすか?」
もしかしたら、止まるかもしれない。でも……
「そうかもしれない。でも……私も怒ってる」
「頼むっすよ、ねぇさん……」
ドレイクの顔を見ると困ったような、今にも泣きだしてしまいそうな、でも希望は捨てていない。そんな表情が張り付いてた。
(ドレイクのこんな表情、初めて見た……)
……ふぅ。ちょっと私も頭に血が上り過ぎてたかもしれない。
ドレイクが私に“お願い”をすることなんて、今までに一度もなかった。
それに、私を慕ってくれている弟からお願いされちゃうと、お姉ちゃんとしては頑張ってあげたくもなってくる。
「ん。ドレイクがそこまで言うなら、お姉ちゃんが協力してあげる。
……でも、多分私だけじゃ止まらない。ドレイクの傷が完治して、その姿を見せる事が絶対」
阿吽達が怒っている理由をなくしちゃえば、必要以上に暴れる事はしない……と思う。
「ネルフィーも、一緒に来て」
「うむ。了解した」
その後、私は【キュア】でドレイクの火傷の痕を治し、体力も完全に回復したドレイクやネルフィーと一緒に、戦場となっている国境付近へと向かった。
次回の投稿は6/2になりそうです!
ちょっと今後の展開をボリュームアップした関係で、諸々の変更が追い付いていなくて……申し訳ないっす!!
鋭意執筆中なので、ソコはご心配なく♪
ふと思った疑問……ここまで出てきたキャラの中で、誰が人気高いんだろ?笑
もし良かったら感想欄に書いてくれたら嬉しいです♪




