第306話 正義の対義は
「さて、侵入者……名を何という」
「阿吽。百目鬼 阿吽だ」
「……阿吽よ。私はお前との戦いに敗れた。つまり、正義はそちらにあり私が悪だった、ということだ。適切な裁きを、頼む」
「うーん、てかさ。どっちが正義かなんて分かんなくねぇか? 天狗族からしたら俺達は、突然縄張りに入ってきた侵入者……つまり悪なわけだ」
「それはそうだが、武京では強き者こそ正義である」
「この地ではそうなのかもな。ただ、俺は“正義の反対が悪”だとは思ってねぇんだよ。もちろん、『勝った方が正義だ!』って言うヤツの言い分も理解できる。その方が単純明快だしな。……でもさ。言っちまえば、“正義の反対も――また別の正義”だろ?」
「言わんとすることは分かるが……」
「さっきも言ったよな、“気に食わねぇ”って。俺は正義を執行しにきたわけじゃねぇし、お前を裁こうとも考えてねぇ。ただ自分の我儘を押し通しただけだ」
「フッ……。阿吽は掴みどころのない男なのだな。器が大きいのか小さいのか、それすらも分からぬ。底知れぬという意味では、それを推し量る事すらできぬ程の男なのだろう」
「どいつもこいつも、深く考え過ぎなんだよ」
肩を竦め、軽く息を吐く。
「正義だの悪だの……そんなもんは、後から誰かが名前を付けただけだろ? 都合のいいようにさ」
「……」
「だからさ――その時に自分が納得できるかどうか、それだけでいいんじゃねぇか? 後悔しねぇためにな」
静寂が落ちる。
一迅の風が、谷を抜けた。
「……なるほどな」
天刑は小さく頷くと天狗族の方を向いた。
「聞け、皆の衆。本日より、掟に一条を加える。未来を考え、意見を述べる事は……禁じぬと」
天刑が発したのは、不器用で不格好な、纏まってもいない言葉。
だからこそ、天刑が芯から出た言葉でもある。
その言葉に、これまで静観を貫いていた天狗族がざわつく。
そして天刑は真鴉を見据えた。
「真鴉、異を唱え続けた者よ。……お前は間違っていなかった。残るならば、私の代わりに一族を背負え」
真鴉にとっては初めて与えられた選択。
その問いかけに、片翼の天狗は一度空を仰ぎ見た。それから俺へと視線を向けた後、天刑に向き直る。
「今の俺は、理念があってもそれを成すだけの力が、未来を選び取る力が足りていない。……だから、この地を出て学ぶ事を、許可してほしい」
その選択は、逃げではない。
天刑のこれまで語った内容を深読みすると、天狗族にはそもそも2つの問題が恒常的にのしかかっている。
ひとつは縄張りとしている天狗谷に武鋼の鉱脈があること。これは武京に住む武人であれば喉から手が出るほど欲しいものであるのは間違いない。
加えて二つ目、それは天狗族が魔物認定されていることだ。これまでの天刑や真鴉を見ていると、“魔物”というよりも“亜人族”と言われた方がしっくりくる。にもかかわらず、魔物と認定されているのは一つ目の問題も相まっているのは容易に想像がつく。
人族であれば、その村や里にある鉱石を採掘するには、そこを統べる族長の許可が要る。しかし、天刑はそれをすぐには良しとしない。
ならば、魔物として討伐してしまえば鉱脈は採掘し放題だ。だが、天刑の力と天狗谷を覆う結界が、これまで数多の侵入者から里を守ってきたのだろう。しかし、武力で抗え続ければ天刑を越える者がいた場合その庇護は一気に崩れ去る。
これらの問題を解決するためには、別の方法を模索しなければならず、いずれにせよ天狗族自体が武京国で認められ続けるだけの力と知恵が必要不可欠であるのは明白だ。
それを理解した上で、真鴉が選んだのは挑戦だった。
一族の未来と己の未来、その両方を掴み取るための挑戦。
真鴉の言葉を聞いた天刑は目を閉じ、小さく呟いた。
「……行け。その選択を、誇れるようにな」
「ありがとうございます」
真鴉は天刑の事を恨んでいるわけではなかった。
むしろその絶対的な力には信頼すら感じていたのだろう。
対する天刑も、片翼を奪われながらも掟に異を唱え続ける真鴉に対して、少なからず思うところがあったはずだ。だからこそ、投獄するなどの強い縛りは設けず谷の警備などの比較的自由が利く役回りを与えていた。
そして、自らの考えと天刑の考えの方向性が噛み合った今だからこそ、真鴉は自分の気持ちを優先したいという決断に至ったようだ。
そんな事を考えていると、真鴉は俺の方に向き直り、頭を下げた。
「阿吽、厚かましい事は承知で、貴方に一つお願いがある」
「うん? 何だ?」
「出会って間もないが……阿吽の姿に、語る言葉に、俺の理想を見た。そして、いずれその背中を超えたいと強く願ってしまった」
一瞬、言葉を詰まらせる。
それでも、真っ直ぐに続けた。
「だから……貴方に付いて行かせてはくれないだろうか」
……コイツ、本当に裏表作れないんだろうな。谷の掟をぶっ壊した奴に、その場で言う事じゃないだろうに。
ほら見ろ、天刑からの視線がちょっと痛いぞ……。
でもまぁ、そういう実直なヤツは嫌いじゃない。むしろ好感すら覚える。
「んー、まぁ良いんじゃねぇ? 真鴉は気持ちに芯が通ってるしな。ただ、結構危険な道だぞ?」
「そんな事は覚悟の上だ。俺にできる事は何でもやる。不束者だが、良しなに頼む」
「おう! まだしばらくは帰れねぇが、拠点に帰ったら仲間もたくさん居る。俺以外の奴等からの方が学ぶ事は多いとも思うし、また紹介するわ」
そして、ふと思い出した。
「ってかさ。そもそも俺達、武鋼採りに来たんだけど……採っていいのか?」
その言葉に真鴉は天刑に視線を配り、天刑は一つ息を吐き、口を開いた。
「……我を倒した阿吽であれば、構わぬ。ただし、必要な分のみにしてくれ。アレはあまり出回ると良くない代物なのだ。……まぁ、加工できる者はそれほど居らぬだろうし、使いこなせる者も一握りではあるのだがな」
そう言って天刑は懐から一塊の鉱石を取り出した。
「これは、武鋼の中でも最高純度のものだ。持っていくといい」
差し出されたそれは、外殻の一部が欠けていた。
隙間から覗く結晶は陽の光を受けて金色に輝き、外殻の黒との対比で異様なまでの存在感を放っている。
光を当てる角度を変えれば血のような紅に色を変え、金と紅の境で揺らめくその煌めきは、業火をも連想させた。
手に取った瞬間分かる、桁違いの魔力含有量。
言葉など要らない。
それだけで“格”が違うと理解できた。
(……一応、鑑定するか)
・武鋼(最高純度):別称――ヒヒイロカネ。武鋼の中でも極稀に産出される特異個体。内包する魔力含有量は通常の比ではなく、未熟な者が使えばその身を焼き尽くす。
神話では、空を薙ぎ、海を割り、大地を震わせる武具の素材とされる。
『それは、世界を変える救済か――それとも、世界を滅ぼす厄災か』
「コイツはすげぇな……。素人目でもヤバさが伝わってくる」
「歴代の族長を含めても、これほど純度の高い武鋼を譲渡したのは……私くらいのものだろう。これを使い何を成すか、それは阿吽……お前次第だ」
天刑が静かに告げたその一言には、確かな重みがあった。
何が起きても自己責任ってことか……。
いずれにせよ、これで目的は達成できたな。
手の中の武鋼を軽く握る。
「……白鵺丸」
小さく呟く。
白鵺丸が、この力に応えられるか。
それに國光がどこまでこの武鋼と白鵺丸の性能を引き出せるのか。
「楽しみだな」
俺の口元は、自然と口角が上がっていた。
次話は4/10(金)投稿予定です♪




