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「魔物になったので、ダンジョンコア食ってみた!」 ~騙されて、殺されたらゾンビになりましたが、進化しまくって無双しようと思います~【書籍化&コミカライズ】  作者: 幸運ピエロ
第11章 修羅咲ク都 武京編

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第303話 片翼の記憶

 

~真鴉視点~


 これはまだ、背に両翼があった頃の話だ。

 あの日の風の冷たさを、俺は今も忘れていない。



 天狗谷の裁定場。

 谷底へ吹き下ろす気流が、まるで意志を持つかのように肌を刺す。

 その中心で俺は地に伏していた。


 “侵入者を殺さず、追い返した”。……ただ、それだけの理由でだ。


 俺は殺すよりも恐怖を持ち帰らせた方が、抑止力に繋がると判断した。

 谷を守るには、刃だけでは足りぬと考えたからだ。


「被害は出ていない! それに、この谷が危険であると認知させるには、侵入者を殺すより帰した方が広まりやすいはずだ!」


 俺は必死で声を張り上げた。

 これは(おの)がための弁明ではない。

 天狗谷の掟が、いつか思考を持つ同族全ての自由を奪う未来が見えたからだ。


「掟は、この地を守るためにあるはず!

 考えることを禁じるものじゃない!」


 俺の言葉に、周囲の天狗たちが息を呑む。

 長に異を唱えるなど、許されるはずがなかった。


 岩棚の上。

 天狗族の長である大天狗の天刑は、感情の一切を排した目で俺を見下ろしていた。


「――異を、唱えたな」


 その一言だけで、場の空気が凍る。


「掟に疑問を持つこと……それ自体が罪だ」


「そんなはずっ――」


 叫びは風に掻き消され、次の瞬間には俺の身体は地面から引き剥がされていた。

 風が、天刑の命令に従う獣のように俺を縛り上げる。


「この……っ!」


 必死に翼を広げようとした。

 だが、重圧がこの身にのしかかる。

 それは風に、空に……、拒絶されたような感覚だった。


「空飛ぶ資格は、掟に従う者にのみ与えられる」


 天刑の持つ鋼扇が開かれる。

 その音は、やけに静かだった。


 誰も動くことができない。そんな数秒の後、ゆっくりと振り下ろされる右腕。

 直後、背中に走った衝撃と激痛。


 その痛みと共に頭へ刻まれたのは――確信だった。

 このまま従え続ければ、何も変えられぬという、冷たい理解だ。


 身体が地面に叩きつけられ、転がる。

 風の音が、急に遠くなった。

 それと同時に、自分の片翼が“もう空と繋がっていない”ことを悟った。


「……あ、ぁ……」


 手を伸ばしても、翼は応えない。

 羽ばたこうとしても、空気を掴めない。

 視界の端で、天刑が告げる。


「掟に背いた罰だ。異端に、翼は不要」


 誰も動かなかった。

 助ける者はいない。

 それも“掟”だった。


 殺されなかったのは、慈悲ではない。

 見せしめだ。

 “考える者”の末路として、空を奪い、地を這わせる。

 それが、裁き。


 あの日、俺は空を失った。

 同時に、確信した。


(この裁きは、いつか必ず天狗族そのものを壊してしまう)


 ならば――打開する力を、俺が持たねばならない。


 守るとは何か。

 裁くとは何か。

 それを、いつか俺自身が“選び直す”。


 その時まで、俺は地を這い続けるだろう。

 それでも構わない。

 己の心を縛り付けられるくらいなら……。



◇  ◇  ◇  ◇



 ――そして、今。

 吹き荒れる風を物ともせず谷に立つ侵入者、阿吽。

 その姿を見た瞬間、俺の感情に一滴の熱が落ちた。


(……懐かしい匂いがする)


 “自由”を体現するかのような佇まい。

 荒々しく、どこまでも真っ直ぐな言葉。


 あの日、俺が掴めなかった空気を、当たり前のように纏っている。

 だが……同時に、苛立ちも覚えた。

 あの男は、俺が辿り着けなかった場所に立っている。


 共感ではない。

 羨望でもない。


 ただ――追い越したい。そう思った。


 谷の入口で対峙した時、阿吽は確かに強かった。

 だが、今とは明確に違う。


 拳を握っただけで、周囲の風が歪む。

 殺気でも威圧でもない。

 ただ、その存在そのものの重さを、はっきりと感じさせる。


(あの時は、実力を測っていただけか……)


 今、奴が見ているのは天刑のみ。

 だが、その一人が掟そのものだ。


 周囲の天狗たちが動こうとするが、獣人の女と幼獣がその行く手を阻む。

 先程まで治療をされていた若者を見ると、既に傷は癒されていた。


「邪魔、しないで」


 静かな声。

 だが蒼い炎が空気を縫い止める。


 一方では幼獣が鋭い牙を剥く。

 「一歩でも踏み出せば噛み殺す」、そう言わんばかりの圧だった。


 しかし、俺には分かる。

 これは本気の殺意ではない。

 舞台を整えているのだ。


(役割を、完全に分けている……)


 この場は――

 阿吽と、天刑。

 選択と、掟。

 ぶつかるべき者だけを残した舞台。


 阿吽はただ拳を握り、ゆったりと構えを取った。

 その瞬間、俺は悟る。


(……俺では、どのみち止められなかったか)


 風が低く鳴いた。


 次に始まるのは、俺がかつて夢見た“選べる未来”か。

 それとも、“完全なる不自由”か。


 その答えを――阿吽と天刑が、叩きつけ合う。


 


次話は3/20(金)投稿予定です♪

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