第301話 天狗谷
「危険地帯『天狗谷』。
推定SSランクオーバーの魔物――“大天狗”が率いる天狗族の縄張りや」
重々しく語られた國光の言葉。
それほど天狗という魔物はこの地の者にとって脅威なのだろう。
「天狗って……どんな魔物なんだ?」
「奴等は人語を操り、亜人とも言える形をしとる。
だがその本性は、人ならざる者――魔物や。
縄張りに侵入すれば、即殺されてもおかしくない」
一拍置いて、続ける。
「そいつらを治めとるのが大天狗、……名を天刑。
誰が名付けたか、その名の通り“裁き”を司るつもりでおる厄介な奴や」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が微かに軋んだ。
天の刑――裁く者、か。
「ワシはここで待つ。刀を打つしかできんからな」
國光ははっきりと言った。
「武鋼を手に入れられるかどうかは、お前ら次第や。
もし持って帰って来られたら、最高の刀を打ったる」
逃げる道なんて、最初っから無い。
白鵺丸以外の刀を振っている姿など、自分でも想像できない。
「分かった」
「死ぬなよ、たわけ」
それだけを言うと、國光は背を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
燼里町から徒歩で半日、天狗谷であろう場所の入口に辿り着いた。
淀んだ空気が張り付くような違和感があり、一歩踏み出すのを躊躇させられる。
風が通り抜けず、周囲を停滞する……まるで見えない結界の境界線に居るようだ。
「……阿吽も気付いたよね」
キヌが小さく呟いた。
ユラも声こそ出さないが、スンッと鼻を鳴らし警戒している様子が伺える。
その数秒後ピタリと風が止み、それまで聞こえていた周囲の音が消えた。
生き物の気配はあるのに、鳴き声がない。
「あぁ、見られてるな」
俺がそう言った直後――空気が、裂けた。
首元を掠める鋭い感触。
反射的に半歩身を引くと、俺の居た場所を圧縮された風が切り裂いていた。
「侵入者よ、この先は“天狗谷”。立ち入る理由を問う」
声は、上から。
次の瞬間影が落ち、風と共にソイツは地に立った。
口元を覆う、鴉の半面。
背には――黒い片翼。
両手には鋼の扇を持ち、静かに構えを取っている。
「立ち入れば、……命は無いぞ」
鋭い視線が、俺を射抜く。
人語と知性。
そして確かな圧。
(コイツが天狗族ってのは理解できるが、本当に魔物なのか?)
というか、厳密に言えば俺やキヌも魔物だ。そう考えれば、武京では天狗族を“魔物”と分類しているだけで俺達と似たような存在なのかもしれない。
「武鋼を採りに来た」
俺は敢えて隠さなかった。
「お前らが守ってる鉱脈、そこにあんだろ?」
一瞬の沈黙。
片翼の天狗は、鋼扇を開いた。
「……そうか。
ならば、通すわけにはいかんな」
次の瞬間、風が跳ねた。
両脇を囲む岩壁を縦横無尽に駆けまわる。
かなり速い。……が、目で追えない程ではない。
両手に持つ鋼扇を開閉させると、風が刃となり上から、横から俺を襲う。
とても片翼とは思えない機動。
(……地形を、上手く使ってるな)
壁を蹴り、気流に乗り、扇で風を操る。
欠けた翼を、技で補っている感じか。
元は背に一対の翼があったのだろう。その動きには後天的に身に付けた癖のようなモノが感じ取れた。
鋭い動きだ。だが――
(殺す気がねぇな)
そもそも、後ろのキヌやユラは狙ってすらいない。
それに、俺に向けられる攻撃も、敢えて急所を外しているかのように微かに逸れる。
ナメられている、というよりは牽制だけで追い返したいという気持ちが強いのだろう。
「天狗ってのは、侵入者を即殺するんじゃなかったか?」
【空舞】で距離を詰めながら俺は聞いた。
天狗は目を見開き飛び退くと、ほんの一瞬だけ声を詰まらせる。
「……掟だからな」
コイツ、隠し事が出来ないタイプだ。
キヌのように心理を読む事ができなくとも、動揺しているのがすぐに分かった。
「一族の掟と、お前の考えは違うみてぇだけど?」
俺が言うと、天狗は鋼扇を振り距離を取った。
「個の考えなど……許されぬ」
否定の言葉。
だが、それは自分に言い聞かせているような声音だった。
その時、谷の奥から低く長い風鳴りが響いた。
それに反応し、天狗は小さく息を吐く。
「これ以上進めば、次は……俺では済まん」
鋼扇を下ろし、構えを解くと振り向きながら再び口を開く。
「それでも進むなら、覚悟を示せ」
「覚悟ならとっくに決まってんだよ。……お前、名前は?」
「真鴉だ」
そう言い残し、風に溶けるように消した。
場には静寂が戻る。
「アイツ、何か抱えてそうだな」
「ん。明らかな葛藤が見えた。それに、抵抗も……」
「抵抗ねぇ……」
片翼の付け根、その欠けた断面は、綺麗に裂かれた傷ではなく、引き千切られたような跡だった。
――欠けた翼。
――掟に縛られた立場。
大天狗の『天刑』と片翼の『真鴉』か……。
いずれにせよ、大天狗をボコらねぇ限り武鋼は入手できないだろう。
なら、俺のやる事は変わらねぇな。
次話は、3/6(金)投稿予定です♪




