第291話 小さな違和感
~阿吽視点~
雲海を切り裂くように進む飛空艇は、王国領を抜けゆっくりと帝都イブランドへ舵を切っていた。
遠方の山脈から運ばれてきたのか、時折吹く強い風はひんやりしており、季節が変わる前触れのような独特な匂いが鼻孔をくすぐる。
「キャンッ! キュアァ!」
さっきまで甲板を駆け回っていたユラは柵に前足をかけ、今は風に揺れる雲の流れに目が釘付けになっている。
好奇心にまっすぐなその瞳は、生まれたばかりの世界を貪欲に飲み込もうとしていた。
だがその度に、キヌの手がユラの身体を掴んで引き戻す。
「ん、ユラ。そんなに身を乗り出しちゃダメ」
「キュイ……」
しゅんと肩を落とすが、次の瞬間にはまた新しいものを見つけて走り出す。
「元気が有り余ってるな」
体の奥には計り知れない“何か”が息づいているのを感じるが、身体も心もまだまだ子供。好奇心に従順で、後先考えていないはしゃぎっぷりだ。
そんな空の旅は、イブランド到着まで続くと思っていた。
だが数分後、穏やかだった胸の奥が唐突に逆撫でされた。
(……なんだ、この感覚)
風に混じる生き物の気配――いや、もっと濃い“殺意の塊”が、空を這ってくるような嫌な感覚に襲われ、【探知】スキルを発動する。
「……キヌ」
「ん。魔物……それも、相当な数」
キヌの声が空気を引き締めた。
俺たちの視線が、雲海の向こうへと吸い寄せられた時、嫌な咆哮とともに雲が不自然に膨らみ、裂ける。
「「「ギャルルルァァアア!!!」」」
「ワイバーン……!? いや、多すぎるだろ!!」
十数体どころではない。
二十、三十……いや、それ以上か。
雲の裂け目から溢れ落ちるように、狂気を振りまきながらワイバーンが空を覆う。
どいつも目は血走り、呼吸は荒く、どこか“追い詰められている”といった焦燥感を滲ませている。
「ワイバーンって、本来群れる魔物じゃない……よね?」
「あぁ。何かおかしいな」
俺が白鵺丸の柄に手をかけた瞬間――カチリと、どこか乾いた音が指先に響いた。
(……ん?)
感じた異音は刃か、鞘か。
どちらかわからないが、白鵺丸が微かに“軋んだ”気がした。
柄を握った掌に、ごく僅かなざらつきが触れる。
まるで、刀身のどこかが疲労しているような――そんな、妙な違和感。
考えを深める間もなく、ワイバーンの咆哮が空を裂く。
「来るッ!!」
一体が飛空艇に急降下し、甲板の上に影が落ちた。
反射的に白鵺丸を抜くと、いつもより――ほんの少しだけ、重い。
(なんか……抜けが、悪い気がするな)
違和感は一瞬。
刃が閃けば、ワイバーンは甲板に落ちる前に両断された。
だが、次から次へと襲いかかってくる。
それを見たユラが叫びながら、甲板に躍り出た。
「キュアァァッ!!」
「ちょ、ユラッ! 戻れ!!」
「キャン!!」
返事というより、鳴き声に宿る意志。
ユラが毛並みを逆立たせると、周囲の空気が帯電しだす。
――バチィッ!!
黄色い光が瞬いた直後、空気が焼ける匂いが広がり、雷撃をまともに浴びたワイバーンが、悲鳴を上げながら雲海の中へと落ちていく。
さらにユラは跳躍し、火球を吐くと雷と火が絡み合い、ワイバーンを二体まとめて弾き飛ばした。
「……幼獣の火力じゃねぇな、これ……」
その時だった。
すべてのワイバーンたちの視線が、ユラへ向いた――。
俺と対峙していたヤツも、キヌに向けて咆哮していたヤツも。逃げ惑う船員を目で追っていたヤツらですら、全てのワイバーンの注意がユラへと注がれている。
「おいおい。なんだ、これ……」
理由など、思いつくはずもなかった。
だがあの視線は、まるで“探していた物を見つけた”ような……そんな執着の色を帯びていた。
「キュ……?」
不安げに鳴くユラへ向け、複数体のワイバーンが我先にと突っ込む。が……、
「ウチの子を、驚かせないで」
キヌの放った蒼炎がユラに襲い掛かる全てのワイバーンに着弾し、一瞬でその命を刈り取っていく。
俺は空舞でワイバーンの群れに飛び込み、白鵺丸に魔力を流す。
一瞬刃が震えるも、その後に感じる違和感はフワッと抜けていく。
「ユラが欲しいなら、俺に挨拶するのが筋ってモンだろがぁっ!!!」
船の周囲に留まるワイバーンを5体一気に斬り飛ばし、一度白鵺丸を納刀する。ここからは魔法で応戦する方が色々と守りやすい。
キヌが炎で、ユラは雷撃で次々に襲い来るワイバーンを撃ち落とし続けていく。
空が怒号で満ち、蒼炎と雷が飛空艇の周囲を爆ぜる。数が減ってからは突っ込んでくるワイバーンを順番に撃ち落とすだけ。
――戦いは、あっという間に終息した。
残されたのは、焦げた匂いと、不自然な静寂だけ。
「……終わった?」
「探知スキルに引っかかる範囲にはもう居ねぇな」
「キュゥ……」
ユラがキヌの腕の中で小さく震える。
その姿はさっきまでの勇ましさとは違い、年相応の幼さを取り戻していた。
よくよく考えれば、ユラにとってはコレが初めての実戦。にもかかわらず、明確に自身へと向けられる殺意と狂気に屈せず、その全てを跳ねのける姿には誇らしさすら覚える。
「怖かったな……、よく頑張った」
ゆっくりと撫でると、ユラはキヌの胸に顔を押しつけながら尻尾を揺らした。
船員たちは、まだ呆然と空を見上げている。
「……なんだろな、この感じ」
胸のざわつきは、戦いが終わっても消えていない。
白鵺丸の柄には、まだ僅かな違和感が残っていた――。
どうも、インフルくらってフラフラの幸運ピエロです……
今年のマジで感染力ヤバいんで、気を付けてくださいねー!
そして、インフルのせいで今週執筆出来ておらず、一週休ませていただきます。汗
来週にはまた元気にヘドバン執筆したいと思いますので、応援よろしくお願いいたします★
次話は新年、1月2日(金)投稿予定です!
少し早いですが……皆様、良いお年を♪




