第285話 それぞれの決意
「在り方の変化、か……」
ネルフィーが小さく呟き、一拍置いてそのまま続ける。
「今の阿吽の説明で腑に落ちた。ならば私は、自分の“血のルーツ”を見つめ直す必要があるな。ダークエルフの血が、何を意味するのか。そして、故郷である里に何が残されているのか――私はそれを知りたい」
冷静かつ覚悟を決めた言葉。瞳の奥には、長い年月を越えてなお消えない光が宿っていた。
詳しくは聞いていないが、ネルフィーの故郷であったダークエルフの集落は惨憺たる最期を迎えている。それだけでなく、生き残った唯一の同郷である兄――ノーフェイスとの再会も彼女が切望したようなものではなかった。
そんな彼女が、自らの意志で一番辛い過去と向き合おうとしている。それがどれほど勇気のいることか、ここにいる皆はよく知っていた。
数秒の沈黙の後、それだけの覚悟を持って紡いだ言葉と空気を、ドレイクが引き継いだ。
「……俺も、ちょっと分かった気がするっすよ。俺の課題は“属性”……それと、その先にある“魂の方向性”ってやつな気がするっすね」
ドレイクはこの中でもキヌと一二を争うほどに魔法を使いこなせていると言っていい。自信こそあれ“課題”という言葉を使ったという事は、そう思うきっかけがあったんだろう。
「あの劇場迷宮で実感したっす……。力が荒ぶって制御しきれない時があるって。それに俺の受け継いだ氷属性の本質は破壊だけじゃないんじゃねぇかって、そう思えてきたんっすよ」
その言葉に対し、それまで無言で思案していたクエレブレがゆっくりと目を細め、口を開いた。
「ふむ……。その感覚、悪くないぞドレイク。
お主は確かに強い。潜在性や才能だけで見ても歴代の竜人族の中でもトップクラスと言えるじゃろう。……じゃが今はまだ、先を見据える事ができておらぬのもまた事実。儂から氷龍の魔核を受け継いだお主が次に進むためには、他の属性龍の“源”を知るのも悪くはないのぉ」
「他の、属性龍……?」
「風龍、土龍、樹龍、水龍、雷龍、そして火龍。こやつらは儂とは違い純然たる魔物じゃ。だからこそ、儂からでは得られぬものも大いにある。
それぞれの龍が持つ属性の根源――それを巡る旅をしてみる気はないか?」
「おー! それは今の俺にもってこいっすね!」
その言葉を聞いたシンクも小さく口角を上げ、口を開く。
「であれば、わたくしもドレイクに同行いたしましょう。わたくし自身まだ明確な課題を見つける事はできておりませんが、まだまだ成長の余地があるのは分かります。それに、この武器――【怒簾虎威】の潜在能力をもっと引き出すには、様々な経験が足りていないのも自覚しております」
ネルフィーは故郷であるダークエルフの里、ドレイクとシンクは各属性龍の住処に行くって感じか……。
となると今後俺の考えている行き先を踏まえたら、ここで三人とは一時的に別れる事になる。それを思うと、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
濃密な時間を共にしてきた仲間だ。笑い合い、命を預け合い、幾度もの激戦を越えた。
その仲間たちが、今度はそれぞれ“己”を見つめるために別の道へ進む。その姿が、たまらなく誇らしかった。
「そうか。……俺は、武京国へ行こうと思ってる。爺ちゃんに会って確かめたい事もあるからな」
「ん。私は阿吽に付いていく。私の次の進化は、恐らく【九尾】。伝説級とも謳われる存在になるには、感情という引き金が重要な気がしてる。阿吽の傍で、自分の抱く感情を、他者の抱える感情を……見つめ直したい」
キヌの柔らかな声に、思わず視線が合う。その瞳はまっすぐで、一滴の迷いもなかった。
「そうなりますと、しばらくは別々の地で各々が自らと向き合う期間という事になりますね」
「そうっすね! 次会う時は進化した姿で、ビッグな男になって帰ってくるっすよ!」
向かう地は皆それぞれ厳しい場所であるのは間違いない。
ネルフィーの故郷はどこにあるのか分からないが、ドレイクとシンクが向かう属性龍の住処となるとスフィン大陸の全土を飛び回らなければならないだろう。飛行できる事や帰還転移などの移動方法を駆使しても相当な時間がかかる。そうなれば、再集合は1年以上先になるかもしれない。
それでも――みんなの表情には一片の迷いもない。
それぞれが選んだ“道”が、誰の強制でもなく自分で選んだ“決意”の証だということを感じ、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
静かな決意の余韻が、部屋の空気を包み込む。
それは穏やかで、どこかあたたかい時間。
……だが、そんな静寂も長くは続かなかった。
「よし、なら――」
今後の方向性を決定しようとしたその時、ダンジョン全体がわずかに揺れた。
それはまるで、何かが動き出す前触れのよう。
直後、ウルスから慌てた様子で念話が入ってきた。
≪み、みんな! 卵にヒビが入り出したの!! はっ、早く幻影城5階層に来るのっ!!≫
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