第274話 狂雅の万罪劇場 ~第一幕~
ゾアに拳を振るったその瞬間――、俺は無意識のうちに三重バフを起動していた。もちろん【祭囃子】も発動中だ。
ということは10分が経過すると反動でステータスが半減しちまう。ゾアに会ったら初手全力でぶん殴ってやりたかったから全く後悔はしていないが……、さすがにここから様子見は悪手か。
――うっし!
「初っ端からフルスロットルだ!」
黒雷槍を4本展開し、喜怒哀楽それぞれのピエロに向かって放つ。
3重バフで、INTが2倍になった闇と雷の2属性混合魔法、どれもがピエロの片腕位は吹き飛ばすつもりで放った。……が、何かに弾かれるでもなく、俺の魔法は着弾前に全て消失し、まったくダメージを与えられている気がしない。
奴等は微動だにしていなかった。……魔法は無効化されるという事か?
それなら……、
「【雷動】ッ!!」
全身の神経を雷光に焼かせ、一閃に斬り込む。
俺の持ちうる物理攻撃手段の中でも、瞬間火力としては最高クラスである雷動からの抜刀。
これまでSSランクの魔物であったとしても、この攻撃で大きなダメージを与える事ができていた。
奥の手として取っておきたい気持ちもあったが、この後にゾアも控えている。制限時間を考えたら、出し惜しみなんかしていられない。
――しかし、そんな渾身の攻撃すらも喜びの表情を浮かべる道化の身体をすり抜け、全く手ごたえを得ることができなかった。
『うふふっ……。派手なアクションも、悪くないね』
『だが、そんなものは “演出”に無いッ!』
『びっくりした? でも本当に驚くのは、これからだよ!』
『悲しいね、悲しいね……。君はまだ、本当の幕開けを知らない』
どんな原理なのか……、この4体は物理も魔法も全ての攻撃を無効化してしまう。今は1秒でも時間を節約したいが、今回の攻撃で全くと言っていいくらい攻略方法が分からなくなってしまった。
しかも、誰から見ても分る程に抜刀直後の隙は相当大きかった。刀が敵の身体をすり抜けた瞬間、死すら覚悟してしまうほどの大きな隙……。
にもかかわらず、4体が4体とも攻撃を仕掛けてくる素振りすら全く見せなかった。
「……テメェら、どういうつもりだ?」
『アハハッ!! 急いでいるね!! それなら、さっそく早く始めよう!』
『ここは君のための、君が主役の劇場だよ』
『今宵の演目は……、 “喪失”だッ!』
『悲しいね。辛いね。苦しいね……』
すると、どこからともなくパイプオルガンの音が鳴り響き、その音階が悲しさを演出し始めると、それに合わせて4体の道化全ての表情が“哀”へと変化する。
そしてクルクルと踊り回りながら音色に合わせて言葉を紡ぎはじめた。
『大切なもの、いっぱいあるだろう?』
『君には素敵な仲間がいる』
『思い出いっぱい、夢もいっぱい』
『じゃあ、それを失ったら……、君はどうなる?』
感情が強く揺さぶられ、自分が自分ではなくなってしまったかのようにも感じる。
精神攻撃か……? だが自分のステータスを鑑定しても状態異常にはなっていない。
『『見せてよ、君の本当の姿を――』』
『『見せてよ、君の本当の心を――』』
次の瞬間、4体全ての道化の姿が忽然と消えたかと思えば……舞台の床から、鎖に繋がれた“誰か”が磔にされた状態で、ゆっくりとせり上がってきた。
「――っ!!」
キヌ。
ドレイク。
シンク。
ネルフィー。
その姿は間違いなく、俺の仲間たちだった。
全員、ぐったりと項垂れ、首には処刑用とも見える無骨な枷が掛けられている。
徐々に激しく、テンポを上げたパイプオルガンの音がホール中に反響し、その曲に合わせて観客席から影が打つ無数の手拍子が舞台を煽るように木霊する。
そして、どこからともなく現れたゾアの声が、ナレーションのように響いた。
「もちろん、幻だ。でも、君の目には本物に見えるだろう? 君の心はその可能性を否定しきれていないはずだ。そして、今の君が何かしたところで……全ての攻撃は無駄となる」
あくまで舞台上の仕掛け、演出とでも言いたげな声色。
そして、さも当然かのように言葉を続けた。
「君の愛したもの、大切にしたもの、全て目の前で壊してみせよう。
“奪われる”とはどういうことか、もう一度思い出してもらうために。
――さぁ、君は……どうするかな?」
「ッ!? ……ふざけ――」
「さて、『第二幕~喪失と祈り~』。幕が上がるぞ、百目鬼 阿吽」
観客席から無数の影が、歓声にも似た奇声をあげる。
火刑のための柱がまっすぐに立ち上がると、キヌたち幻影の足元に火が灯った。
その炎がゆっくりと、みんなの足元を包み込み始める。
――俺の喉からは何かが溢れ、声となり……叫んでいた。
「やめろ……やめろッ!! やめろぉおおおおおおおおッ!!!」
嗚咽と怒声が混ざったその声は、無情にも爆ぜる火の音と影の喝采にかき消されていく。
次話は8/15(金)投稿予定です♪