第273話 狂雅の万罪劇場 ~プロローグ~
ウィスロの4番街から出た先の街道を南下し、およそ半日ほど。
二股に分かれた街道の片側には、崩れた門のような石柱と塀に囲まれた広い敷地が広がり、その中心には4体の石像が見える。
ネルフィーの集めた情報ではここが『狂雅の万罪劇場』、ダンジョンの入口であるようだ。
ウィスロの冒険者ギルドではこのダンジョンの敷地内での魔物討伐クエストが常時貼りだされており、定期的に魔物を間引く事でスタンピードのリスクを管理しているのだろうが、今は周囲に人の気配を感じない。
他の街であれば、徒歩半日で辿り着くダンジョンは利便性が良い部類に入るのだが、ウィスロには街中にダンジョンが4つも存在し難易度ごとに攻略が出来るだけでなく、離脱石という安全性もある程度担保されている。
現状、世界最大と言っても過言でないウィスロダンジョンが近くにあるという理由で人気がないのは分かるが……、これだけ何も気配を感じないとなると、どうもそれだけではないような、変な予感もしてくる。
でもまぁ、俺達にとっては人気のない方が、出入りする際に見つかりにくく都合が良いのは確かだな。
「っし、行くか!」
5人で崩れた石柱の間を通り抜けると、一瞬視界が揺らいだ。
そして、それまで崩れていてよく分からなかった石像が時間を巻き戻したかのように修復され、俺達の目を釘付けにする。
それぞれ“喜怒哀楽”を表現した4体の道化師像。さらにその奥……何も無かったはずの広場には、廃墟のような巨大な洋館が出現した。
「なんだ……? この仕掛けは……」
「ん、ここかなりヤバそうな気配がする」
「あ、兄貴……あの石像、今少し動かなかったっすか?」
「間違いなく動きましたね。魔物……ガーゴイルの亜種でしょうか?」
「鑑定では石像って出てるけどな……。一応気を付けながら進むぞ。恐らくあの建物の入口にある魔法陣がダンジョンへの入口だ」
一歩進むごとに色褪せた周囲は色彩を取り戻していき、建物の入口には紅に染まった『万罪劇場』の看板が浮かび上がる。
そうして扉の前にある魔法陣の上まで進むと、虚空から4つの声が響いた。
『ついに、この日が来た……』
『うんうん! 待ってたよ、ほんっとに!』
『役者は揃った! これは運命だねっ!』
『でも……悲しいね、悲しいよ。始まる前から結末が見えてしまうなんて……』
声色からはそれぞれ、“怒り・喜び・楽しさ・哀しみ”がありありと伝わり、4体の道化師像の声だろうと容易に想像できてしまう。
「マジで、何なんだよ……、このダンジョンは……」
今まで、これほど明確に何かのコンセプトを強調して作られたダンジョンなど無かった。
しかも……ここは入口の門から魔法陣での転移まで、アルスの言っていた“コアの性格”という範疇を優に超えた世界観と作り込みだ。
ということは、ダンジョンマスターが作り上げたダンジョンである可能性が非常に高い。
そうして転移された先は途轍もなく広い、劇場のホールだった。ただ、周囲を見渡すも俺以外の4人の姿が見えない。
転移の際に別空間へ飛ばされてしまったって事か……。
「久しぶりに、独りだな」
無意識に出た一言だったが、それを言い終えると舞台上にスポットライトが点灯した。
その照らし出された円の中には、シルクハットを被りタキシードを着た人物が立っている。
浅黒い肌に白髪、そして血を連想させるほどの真っ赤な瞳。
額から生えた羊のような2本の太い角はシルクハットを突き破り、背には蝙蝠に似た大きく真っ黒な翼がその存在感を強調させる。
「ようこそ、百目鬼 阿吽。まさかこれほどタイミング良く、しかも君の方から来てくれるとは……、これは運命的なモノを感じる」
「誰だ、テメェは。何で俺の名前を知ってる?」
「そうか。君からしたら初対面、だったな。それでは名乗らせて頂こう。私の名前は『ゾア』。このダンジョンのマスターであり、演出家。そして、魔族でもあり――“君を知る者”だ」
「……そうか、テメェがっ……」
気が付くと、俺は三重に強化を重ね掛け、ゾアの左頬を目掛けて右の拳を振り抜いていた。
「キヌとシンクが世話になったな!!」
「フハハハ、あの頃よりも強くなったな。……だが、まだ足りない」
不意打ちとも言えるタイミングでの奇襲だった。だが右手に感じる手ごたえは薄く、魔法障壁で阻まれたのが分かった。
「さあ、演じてくれ。君が“どんな罪を背負い、どんな物語を描くのか”」
その言葉を皮切りに、観客席を覆っている暗がりの中から、奇怪な拍手が無数に湧き起こる。
それは人ではなく、何かもっと不気味で捻れた影のような存在たちによる“喝采”。
「『第一幕~感情の揺らめき~』、開演だ!」
暗転した視界と共に、鳴り響く鐘の音。
そして闇に溶けたゾアの代わりに姿を現したのは、4体の道化師。
『よかったね、よかったね! 君だけの舞台に立てて!』
『なぜ……、なぜ貴様が選ばれる!』
『こんな物語……、悲しすぎるよ……』
『さぁさぁ! 回せ、回せ! 拍手の渦をっ!」
喜びに悶えさせ、怒りに焼き、哀しみに呑み込み、笑いに狂わす。
――それは演出家が創り出す、“感情の化身たち”だった。
「ハッ!! 上等だ! ハッピーエンドってヤツを、見せてやんよ!!」
次話は8/8(金)投稿予定です♪
 




