第268話 大規模解放戦⑩
アンブロシアの4人をすり抜け、シエルの放った蹴りがガルシアの大剣に当たると、金属が軋む鈍音が周囲の時間を凍らせた。
不意な攻撃を大剣で受けたガルシアは数十メートル吹き飛ばされはするものの、着地後の追撃を狙うシエルに対して素早く反撃を繰り出す。すると、武器同士が激しくぶつかり金属音を掻き鳴らした。
数度武器同士を交わらせた後、ガルシアはお返しとばかりにシエルを吹き飛ばすと、カルヴァドスの紋が描かれたマントを揺らしながら、ゆっくりとした足取りでシエルの場所まで歩み寄る。
「お互い、邪魔は嫌うだろう? これだけ離れれば周囲を気にせず戦える」
「……ふぅん、さすがだね」
シエルが吐息混じりに言う。
その構える姿勢は低く、猫のようにしなやかだ。会話の最中であっても、一瞬たりとも気は抜いていない。
「若さゆえ……か?」
静かな声音だがガルシアの声には威圧が乗り、不思議な重みを感じさせた。
二人の間に重く、熱い気配が立ち上がる。
戦場の雑踏は遠く、ここがまるで世界の中心のようだった。
「ガルシア、時代はもうカルヴァドスのものじゃないよ」
「……ほう?」
シエルの眼差しは冷たく、だが真っすぐに燃えていた。
「僕が、これからそれを証明する。その大剣……捨てる準備はできてる?」
ガルシアの口元が、僅かに吊り上がる。
「……面白い。では、我が教えてやろう。頂の座に、どれほどの重みがあるのかをな」
二人の傑物がニヤリと笑うと、双方同時に力を解放する。
「【地の顕現】、【火の恩寵】」
ガルシアの足元で地面がうねり赤くひび割れていくと同時に、両の肩から迸るような熱が噴き上がり、剣身には火が宿った。
「【水輪の舞】」、「【風翔術式】」
シエルの足裏には風のような渦が巻き起こり、身体をフワリと浮き上がらせる。
そして、二人の視線が交錯した瞬間――空間が爆ぜた。
炎を纏ったガルシアの大剣が正面を薙ぎ払う。それはまるで大地ごと敵を押し潰すような剛撃。
対するシエルは身が霞のように横へと滑り、両手に持った刃付きのトンファーで軽々と焔を裂く。
「来い。挑戦者よ!」
「……当然。最初から全力で行くよ」
地が割れ、風が吠え、水が舞い、火が咆哮する。
『絶対王者』と『新進鋭牙』。
二人の魔力がぶつかり合った瞬間、周囲の気圧が変わった。
空気が重くなり、地面が軋む音さえ聞こえる。
そんな中、先に動いたのはシエルだった。
水と風を纏った足爪が、踏みしめた空気を切り裂きながら加速する。
その速さは目視すら難しく、疾風が奔ったかのように、シエルの姿が幾つにも残像を引く。
「【風刃旋爪】」
強く空気を踏みしめると瞬間的に身体が翻り、風を纏った右足の鉤爪を大きく湾曲させながら振り下ろされる。
ガルシアはその刹那に、両手で持った大剣を地面に差し込むと、周囲に衝撃波が弾けた。
「【地脈解放】!」
周囲数メートル四方の大地が剣山のように隆起する。それはまるで、地そのものを己の剣としているかのような一撃。
だが、シエルは小さく微笑む。
「そういうの、読み切ってなきゃココまでは来られない」
鉤爪を地面に叩き付けると同時に、風の魔力を逆回転させる。すると、その身体がまるで液体のように流れ、剣山の合間を滑り抜けた。
そして、無音でガルシアの背後に着地する。
「……取った」
トンファーが逆手で振るわれ、炎を纏うガルシアの肩口を狙う。
だがガルシアは左腕に魔力を迸らせると、それを嘲笑うかのように呟いた。
「まだ、甘いな。【焔衝爆】」
放たれた焔の爆風が、空気ごとシエル後方に弾き飛ばす。
シエルは空中で一回転し、衝撃を吸収しながらしなやかに着地した。
「……ふぅん。魔法も、ただの添え物じゃないってわけだね」
アンニュイな笑みを浮かべながら、衝撃で脱臼した左腕をカコンと嵌め直す。
「我に牙を向けるだけの事はある。それに……少々異常な成長速度だ。なぜ、貴様ほどの若さでここまで伸びた」
シエルが小さく言う。
「……血を吐いても、両の足を砕かれても、前に進み続けたから。僕等の目指す先は、止まったら全てが終わる」
「その言葉……軽くはないな」
「言うだけの重みはあるつもりだよ」
星覇の乱入で、突如幕が上がったクランマスター同士の死闘。
――鋭さと重さ。風と火。流動と制圧。
この二人のどちらが上なのか。それはまだ、誰にもわからない。
次週の投稿は、次章のプロット作成等で時間を頂く都合により、お休みとさせていただきます★
次話は6/27(金)投稿予定です♪
 




