第259話 大規模解放戦④
~竜の塔 第1階層~
大規模解放戦の当日、午前11時。
テキラナ連合は当初予定していた正午よりも、1時間早くダンジョンの転移魔法陣を潜った。
そして現在、そのことでテキラナ連合が構える丘の上の本陣で【ヘビーラム】クランマスターであるモヒートがハイルに詰め寄ろうとしていた。
「おい、ハイル! 前日の夜中にいきなり突入時間を1時間早めるってどういうことだよ! 他のクランだって、いろいろ準備ってのがあるんだぞ!?」
「いやぁ、それは悪いと思ってますよ? ただ、これは作戦の一部……というよりも、確認のために必要な事だったんですわ」
「なに? 確認……だと?」
「そうです。テキラナ連合にカルヴァドスの内通者が潜んでいるかどうか……の、確認ですね」
「それで、その確認ってのは出来たのか?」
「えぇ。間違いなく内通者は居ますねぇ、まぁ予想通りってトコなんですけど」
「星覇の阿吽とかいうヤツが内通者なんじゃねぇのか?」
「いえ、それは絶対にあり得ません。だって阿吽さんたちは、僕らが正午に魔法陣を潜るっていう情報しか知らないんですからねぇ」
この1時間の前倒し、これを知っているのは昨夜に通信型魔導具にて知らされたテキラナ連合の幹部のみ。その情報がカルヴァドスに流れているという事は、仲間内に内通者が居るという確実な裏取りになるわけだ。
「って言っても、今日の朝にはこっちの連合員全員が集合時間を知らされたんだ。その動きを察知されたって事もあるだろう? そんなんで仲間を疑うってのは……それに、たった一時間の前倒しくらいで、内通者の有無が分かるはずな――」
「カルヴァドスは、このウィスロという冒険者が中心の街で、途方もない期間序列1位を守り続けています。今までにも大規模解放戦は幾度となく起き、その度にカルヴァドスは勝利してきた。だからこそ、その経験から全てがシステム的になる……というか、なってしまうんですよ」
「意味分かんねぇよ! 分かりやすく説明しろ!」
「カルヴァドスは、敵が事前にどれくらいの物資を準備しているかなど、当然のように調査済みです。そして、大規模解放戦に慣れ過ぎているが故に、どれくらいの時間戦闘になるのか、防御陣形をどのように配置するのが効果的か、陣形を配備するのにどれくらい時間がかかるのか、それら全ておおよそ予測を立ててキッチリと準備を行うわけです。……ともなれば、今回も時間を逆算して全員分の昼食を準備することも当然のように行っておりました。しかも、短時間で栄養が摂れる特注の弁当を“外注する”という方法でね?」
「いや、弁当って……そんなんで何が分かるんだ!?」
「昨日皆さんに知らせた数時間後、真夜中にもかかわらず弁当の配達予定時間が不自然に1時間早まったんですよ。まさか弁当の発注を調べられているなんて、カルヴァドスも思ってもみなかったでしょうねぇ。……でも、これだけの条件が揃っていたら、“疑うな”という方がどうかしてません?」
「それで……内通者ってのは、誰なんだ?」
「いえ、そこまでは分かっていません。というか、もう断定する必要はないですね。それを逆に利用して間違った情報を流し続けるっていう事もできますし、戦闘が開始されれば本気で戦っているかどうかなんて一目瞭然ですから、誰が内通者なのかはすぐ露呈します。まぁ、その方には然るべき対応をさせてもらいますわ」
「そうか。ハイルがそこまで考えての事だってのなら、俺はこれ以上口を挟まねぇ」
この大規模解放戦に於いて最も重要となるのは情報。その情報戦でカルヴァドスは内通者を使って圧倒的優位を取ったはずだった。
テキラナがどうやって攻めてくるのか、その規模や人員配置などの作戦全てが筒抜けになっていれば、人数や物資で大差を付けられているテキラナが勝つ術は皆無。
――しかし、ハイルが打ったこの一手で、戦況は一気に五分へと引き戻される。
内通者からの情報がハイルの流した誤情報であったならば、それを鵜呑みにする事で逆に大打撃を受けてしまうわけだ。ならばもう内通者からの情報の価値は、全てがマイナス要素となってしまう。
そして、皆が自分の言葉に集中しているこの場面で、ハイルはすかさず次の一手を打つ。
「ほんなら、変更した作戦を伝えますね。まずは今ここに居る戦力を二分割し、片方は巨大街の入口向かって右側に配置されている陣営を集中攻撃します。そして、もう片方は復帰してきた敵を転移直後に叩き続け、“復帰狩り”をしてください」
この言葉に皆が驚愕する。
なぜならば、これは敵の戦力を少しずつ削るという消極的な戦い方であって、大局を左右するほどの効果が得られるものではないためだ。
しかも、敵の主力を含む大部隊が離脱石で帰還し、一気に大量の人数が転移してきてしまえば、逆に挟み撃ちにされ、逆に自分たちが復帰狩りをされ続けるという最悪な展開もありえる。
だがしかし、今それを咎める事ができる者などテキラナ陣営にはもう居ない。
そして、カルヴァドスとしてもこの情報を得たところで、何かの布石としている疑惑が拭い切れず、大きな動きを取る事ができなくなった。
ハイルは“自分の発言が全て都合よく押し通される”という状況を、この数分で計算したかのように作り上げてしまったのだ。
しかも、一見愚策に思われたこの作戦は、後々大きな打撃となってカルヴァドスを襲う事となる。
裏で密かに動き出している切り札の働きによって――
次話は4/11(金)投稿予定です♪




