第243話 カルヴァドス緊急集会①
~カルヴァドス ウィスロ本部~
迷宮都市ウィスロ、その中心地である一番街には一際目立つ建物がある。潤沢な資金を惜しみなく注ぎ込み建てられたカルヴァドスのウィスロ本部だ。
その最上階ではカルヴァドスの中でも要職を担っているメンバーの他、連合を組んでいる各クランのトップが集められ、巨大な長机に規則正しく着席していた。その謹厳さが数席ある空きの違和感を悪目立ちさせているも、規定時間となった会議は次席に着座しているサブマスターであるステッドマンの起立と共に開始された。
「これより、緊急集会を開始します。まずは数カ月前にウィスロへと来た新興勢力である【星覇】についてです」
その言葉に反応し、静かに開始された会議はものの数秒で喧騒に包まれる。
カルヴァドス陣営内で『獅子の塔の惨劇』と噂になっている一件。噂が噂を呼び、内容に尾ひれが付いているにしても衝撃的な内容であった為だ。
出席者のうちの一人が立ち上がると、皆の気持ちを代弁するかのように疑問を投げかけた。
「その議題なら最初に確認させてくれ。あの噂って本当の事なのか? 生きたまま調理されたとか、仲間の死体を食わされそうになったとか……。そもそもレベル50の中堅パーティーが20人規模で策にハメて、返り討ちにされたってのは……、なまじ信じられんのだが?」
「ほぼ事実ですね。今回上級の塔で連携狩りをしていた4パーティーが、たった数分で壊滅させられました。死傷者は多数、生き残った者も精神に異常をきたしており、数カ月はダンジョンアタックが困難な状況です。また、その噂が広まりカルヴァドスを脱退している者も出始めております」
ウィスロ内だけでなくイブルディア帝国でも知らぬものが居ないほどの知名度を持つ天下のカルヴァドス率いる第一勢力の中堅パーティーが、マニュアル通りに奇襲を仕掛けたにもかかわらず、たった5人のパーティーに惨敗してしまったのだ。
この一件は、今後テキラナ陣営との衝突が起きる前に戦力増強を図る目的で、中堅パーティーのレベル上げと最上級への入場資格を得るために行ったものだった。しかし、そこに偶然現れた星覇。その衝突は運営組織の関与の外であったが、現場としてはマニュアル通りの対応を取ったに過ぎない。カルヴァドスにとっては単純に運が悪かったのだが、その一言で片付けるには被害が大き過ぎた。
これに対する反応は様々だが、信じられないといった声が大多数である。
「マジかよ……。その星覇ってクランは頭のネジがぶっ飛んでるのか? というか、新興勢力だって話だが、第二勢力に加担する可能性も考えると、さすがに見過ごすわけにはいかねぇレベルだろ」
「いや、それでも奴らの強さは本物。下手に手を出せば今回のように手痛いしっぺ返しを食う可能性もある……」
「何チキってんだよ! やられたらやり返すのは当然だろう!? 舐められたら示しがつかねぇ!」
「……そんなだから暗殺クランは脳筋だと言われるんだろ」
「何だと!?」
――パンパンッ!
「静まりなさい」
騒然となっていた部屋に手を叩く音と共に短く低いステッドマンの声が響き、場の空気が変わった。
このステッドマンという男はカルヴァドス内でクランマスターに次いだ発言力を持っていることはこの場に居る全員が理解している。
というのも、このステッドマンという男の存在が今集まっているカルヴァドス連合を形作るのに大きな功績を上げているためだ。
今代のクランマスターであるガルシアを30年以上傍で支え続けたステッドマンは、サブマスター着任当初からクラン連合の再編と拡大を提案。イブルディアの各街に支部を置き効率良く優秀な人材を確保し高レベルまで育成できる環境を作り上げただけでなく、資金の調達面でも商業ギルドとのパイプを作り上げマーケットの把握ができるシステムすらも構築した。
政略的に中長期的判断を求められる場面では他の追随を許さぬ程の実力を発揮し、元々大きかった組織をより盤石にしたのは間違いなくステッドマンの功績だった。
組織が巨大となり過ぎているため、現場レベルで臨機応変を求められる部分の把握や情報共有まで完璧に行えるようなシステムの構築まではできていないが、それもできる限りの最適解に近づけるためにマニュアル化を施し徹底させるというリスクヘッジもしていた。
今回の星覇との衝突は、カルヴァドスにとってイレギュラーにイレギュラーが重なって起こった不運であったわけだ。
「本当ならば、星覇はもう少し時間をかけてこちら側に引き込みたかったところでしたが……、こうなってしまっては今回の一件でこちら側を敵として認識しているのは間違いないでしょう。調略は困難と考えた方が良いですね。であれば、排除という流れになるのですが……これも相手の強さを考えると、かかる戦力が大きすぎるのが難点です」
「くっ……、では、どうすれば……」
すると今まで静かに目を閉じ、話を聞いていたガルシアが口を開いた。
「【エンヴィー】をこっちに呼んでおけ。星覇は奴等に任せる」
その言葉に、一度は静まった場が再び騒然となる。
「エ、エンヴィー……!? 上層部以外見た事が無いってパーティーだが、本当に存在していたのか!?」
「というか、そいつ等も噂通りなら制御なんてとても出来ないんじゃ……」
「むしろ、こちらに不利に働く事も考えられるのでは……?」
【エンヴィー】、元は暗殺クランの一パーティーであったが、その高い戦闘力を買われカルヴァドスへ移籍。会議への参加は全て拒否し公の場には姿を現す事はなく、気の向くままに暗殺を繰り返す通り魔的な集団というのがクラン内で知られている情報だ。
規律を重んじるカルヴァドスの中で唯一と言っていいほどの異質な存在であり、カルヴァドス移籍時に『マスターであるガルシアからの命令以外は一切受け付けない』という権利と自由を保障されているが、裏を返せばガルシアからの命令であればその内容の如何を問わず従う義務があるということでもある。
「状況を読み違えるな。真に底が知れないのは……星覇だ」
「マスターの言う通りですね。目には目を、“危険”には“危険”を。悪くない手です」
「そういうことだ」
「であれば星覇への対応は決定という事で……次の話題、今日の本題に進むとしましょう」
次話は12/13(金)投稿予定です♪