第238話 獅子の塔の惨劇
――時は王都クーデターの前まで遡る。
シンクはメアやチェリーのレベル上げのため『沈黙の遺跡』を周回に同行した後、自身の強化の方針に悩んでいた。
“レベルを上げる”という手段は、知っている狩場の難易度を考えると効率が悪く、大きく何かを変えたいと考えていたシンクの選択肢からは早々に除外され、それならばとスキル構成を再度見直していた。
「やはり、ガードインパクトや盾術、斧術あたりが……あら? このスキルは……」
「シンクねぇさん、何やってるんっすか?」
「ぴゃぃっ!? ド、ドレイク……。いつから居たのですか?」
「ちょっと前からっすけど? ねぇさんが一人で何かを呟いてたから、気になって声かけたっす!」
「ちょうどいいですわね。ドレイク、一緒に行きますわよ」
「えっ……? どこに?」
「試したいことがあります。久しぶりに二人で魔物狩りと洒落込みましょう」
ここでシンクが目を付けたのは【調理】のスキル。
しかも、阿吽の【涅哩底王】やキヌの【青輝花火】のようにスキルや魔法の複数合成で発動する技巧とは“真逆”の発想……、スキルの分解を試みたのである。
通常、調理の工程は『計量・分割・加熱・冷却・味付け・盛り付け』などが一連の流れとして挙げられるが、阿吽に調理全般を任されていたシンクは、「少しでも美味しいものを食べてもらいたい」と素材にまでこだわりを見せ、通常工程の前段階である『屠殺・血抜き・解体』までもを調理と捉えていた。
そして時間が許す限り幾度となくドレイクとの魔物狩りを行い、この調理スキルを工程ごとに発動させる『スキルの分解』を可能とさせていた。それは正しくシンク故の特異な思考回路とスキル使用に関する天性のセンス、そして努力と形容するには異常過ぎる“試行回数”の賜物だ。
さらに、この調理スキルの分解にあたって、当然のように必要となったのが調理の道具。巨斧では調理が行いにくいと怒簾虎威をこねくり回し、第三形体である巨大包丁型への変形をも習得するに至っていた。
ただし、一見反則級に見えるこの“屠殺”や“解体”のスキルは、巨大包丁を使用時に自身が『雑魚』と判断した格下の冒険者や、魔物で言えばランクがB以下の対象にしか適応されず、さらに手加減は不可能な“確殺”となってしまうデメリットがある。
これを人間相手に行ってしまった場合……、その現場は言葉では言い表せない程の異様かつ惨憺たる状況と成り果ててしまい、それが実際に起きてしまったのが【カルヴァドス】陣営内部で語られることになる『獅子の塔の惨劇』である。
シンクはそれらを理解してはいたものの、阿吽に「手加減無用」とのお墨付きをもらい、塔の前での「お前等全員ココで臓物ぶち撒ける覚悟くらいできてるって事……だよな?」というセリフをそのままの意味で鵜呑みにした結果、『ヤっちゃっても良いという事ですね!!』と無慈悲な調理を敢行したのだった。
……なお、ギルドからの聞き取りの際に、これを為した彼女の供述は、「クソ雑魚の癖に阿吽様にナメた口を利いた当然の報いです」「反省も後悔もしておりません」「次はもっと上手に調理いたします」というものだったらしい。
結局この件は、カルヴァドス側の被害人数と星覇の人数の比率や証言から、星覇が襲われた側の被害者となるが、何らかの力が働き聞き取りを行ったギルド職員には口外厳禁と通達が下る事となる。
――ここで少し視点を切り替えよう。
イブルディア帝国に於ける序列1位クラン【カルヴァドス】。それは所属する冒険者の数が1000を優に超え、ウィスロにとどまらずイブルディア帝国内のあらゆる都市に支部が展開されているほどの超大型クランである。
さらに、下部組織のクランを全て合わせるとスフィン大陸全土で考えても5本の指に入る程の人員を抱えている。これにより圧倒的な数の暴力で効率的にウィスロダンジョンを独占するというのが彼らの常套手段であり、実際にこれまではその方法で確固たる地位と巨万の資金を築く事ができていた。
しかし、この『獅子の塔の惨劇』で逃げ帰ってきた冒険者たちは精神に重大なダメージを負い、二度とダンジョンに入る事ができず引退に追い込まれた者まで出てきた。さらにその者たちの口から語られた壮絶な処刑の全容がカルヴァドス陣営に流布されると、それを引き起こしたシンクは畏怖の念と共に、不吉の象徴である【凶星】という新たな異名が付けられる事となる。
加えてこれらの事が引き金となり、この後2カ月の間にウィスロに居るカルヴァドスとそれに連なるクランの脱退者が後を絶たず、他の街からの補充が成されるまでの期間に約2割の人員減少が起きる異常事態へと発展する。
それが、今後起きる“ウィスロダンジョン大規模解放戦”の展開を大きく左右する要因となるのだが……それを成した阿吽達は、そんな事を露も知らないのであった。
次話は10/25(金)投稿予定です♪