第234話 乗り越えた先に見える景色
~キュルラリオ視点~
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ウィスロの街の外に広がる平原で、仰向けに倒れながら乱れた呼吸を整える。
空には満天に輝く星と大きな半月が輝き、少し肌寒く感じる夜風が汗ばんだ身体を冷やしていく。
修行を開始してから今日で約束の1カ月が経過し、阿吽師匠に課せられた修行のほぼ全てをクリアした僕は、自分でも驚くほど強くなった。
試験の時にも感じたが、自分の限界を超えた先ではそれまでの価値観を全て吹き飛ばすほど視野が広がり、今まで見えていなかった景色が見えてくる感覚があった。ただ、修行中にそんな感覚を悠長に楽しむような時間は全くなく、次々と課題が師匠たちから提示されていった。
そしてこの修行の締め括りである『魔法障壁』の習得。これが僕の唯一クリアできなかった最後の課題だ。これを習得するのがこれからの僕の最優先事項だが、まだ先は全然見えていない。だからこそ目標としている師匠たち【黒の霹靂】5人の背中が、修行を開始した1カ月前よりも更に遠く感じている……。
「っし、これで俺たちから教えられる基礎は全て教えた。あとは定期的に成果を見に来るから、修行は怠るんじゃねぇぞ? それと自分なりに応用していくのも忘れるな。結局教えられた事をやるだけよりもオリジナルを追及して唯一無二になる方が強くなれるってのが俺の持論だ。もちろん基礎はできた上で、だけどな」
「はいっ! ……ただ、目標としている師匠たちが更に遠く感じるようにもなっています。もちろん魔法障壁という技術がそんなに簡単に習得できるなんて思ってはいません。でも、本当に……僕にもできるようになるのでしょうか?」
「うーん、そうだな……。そもそも目標としている強さってのは誰もが手に入れられるモンじゃない。才能の差、個人の限界、そりゃあるに決まってる。……でもな、どんなに辛くても、周りから『諦めろ』なんて言われてバカにされても、自分が自分の事を裏切るのだけはぜってぇしちゃいけねぇ! どんだけ失敗しても、転んでも、泥水啜っても……諦めるなんてクソだせぇことするよりずっと良いじゃねぇか! 憧れて何がダメなんだ? 夢見て何が悪りぃんだ? 夢すら見られねぇヤツよりずっとカッコいいだろ。迷ってる暇があったら一回でも多く練習しろ! 後悔するのなんか全部やり切ってからでも遅くねぇ! 限界や才能の壁を越えられないなら、その壁ぶっ壊すまで殴り続けろ!」
「っ……!! は、はいっ! ありがとうございます!!」
やっぱり、阿吽師匠はさすがだ。
さっきまで「無理かもしれない」と思っていたのに、今では“やってやる!”って気持ちが爆発しそうなくらいに膨れ上がっている。こういうのをカリスマ性って言うんだろうな。
この一か月で何度も心が折れそうになったし、物理的に骨を折られた事もあった。死ぬかもしれないって思った事も数えきれないし、実際数回は死にかけた。でも、そんな修行を続けることができたのは阿吽師匠の徹底した合理主義と的確な課題、キヌさんの超絶ヤバい回復魔法、シンクさんの厳しくも優しい叱責、ネルフィーさんの冷静なアドバイス、それにドレイクさんの男気と熱量があったからだ。
そんな師匠たちに師事できたことがどれ程までに幸運な事なんだろうとも思う。
「よし、良い目になったな! ってか、次またクソダセェ事言ってたら、全力でボコボコにして目覚まさせてやっから覚悟しとけよ?」
そう笑いながら阿吽師匠はマジックバッグから装備品の一式を取り出し僕に渡してくれた。
黒色で統一された装備品はその全てが高性能なものであるのが一目見ただけで分かる。それに、このマントは僕から出る音や気配を遮断してくれるマジックアイテム……、確かネルフィーさんが以前使用していたと言っていたハイドマントのはずだ。
「こ、これは?」
「ちょっと遅くなったが、試験の合格祝いだ。この一か月でキュルラリオの特性を見ながら選んでみた。武器だけはこれから自分の戦闘スタイルを確立していく上で邪魔になりそうだったから用意してねぇけどな。ソコはキュルラリオ自身でも何が使いたいか考えてみろ」
「ありがとうございます! この装備に恥じない強さを身につけるよう全身全霊で努力します!」
「おう! んじゃ、明日からは俺達も上級以上のダンジョンの攻略に戻るからな。連絡したい時は俺達の泊まっている宿の店主に手紙を渡すようにしてくれ」
そう言い終えると阿吽師匠はウィスロの街へと戻って行かれた。
「明日からはまた一人かぁー。まずは中級【狼の塔】を鼻歌交じりで攻略できるくらいにはならないとな。ってか阿吽師匠たちもそうだけど、ハイルやシエルもどんだけ強いんだよ……。それに、【カルヴァドス】や暗殺クランの幹部連中も今の僕では歯が立たないだろうし。まぁ、それでこそ目標のし甲斐があるってもんだけどねっ!」
眼を落すと師匠から受け取った装備品が目に留まる。
自然と緩む表情を引き締め直し一つずつ袖を通した。黒色で統一された軽い防具に黒色のコンバットブーツ、深く被れるフードのついたマントは僕の特徴的な尻尾も隠す事ができている。
「それに、これは……黒色の狐面?」
独特な模様が描かれた黒い面は、どこか師匠たちの装備している和装と通ずるものがある。それを渡されたという意味を考えると自然と身が引き締まる思いがした。
「さてっと、僕はもう少し練習してから帰るとするかなっ!」
夜風で冷えた身体を嫌うように再び激しく動き出す。
狐面の下に隠れた表情は、自分でも不思議な程に笑顔だった。
<ステータス>
【名前】キュルラリオ・アガーマ
【種族】蜥蜴人族
【状態】
【属性】地
【レベル】53
【HP(体力)】3300/3300
【MP(魔力)】1600/1600
【STR(筋力)】58
【VIT(耐久)】55
【DEX(器用)】65
【INT(知力)】68
【AGI(敏捷)】45
【LUK(幸運)】16
【称号】—
【スキル】
・存在誤認(Lv.7)
・高速再生(Lv.6)
・遠隔操作(Lv.6)
・毒攻撃(Lv.5)
・麻痺毒攻撃(Lv.2):爪、牙、尻尾、棘など任意の箇所に麻痺毒を纏わせ、攻撃が成功した相手に一定確率で状態異常を付与。状態異常付与確率と麻痺継続時間はスキルレベルに依存。
・形態変化(Lv5):身体の形態を変化させ硬度や皮膚の色、形状を変化させる。
・外柔内剛:AGIは基礎値の30%減少するが、STR、VIT、DEX、INTが1.8倍となる。
・|舞踊刃尾《ダンシング テイル ブレイド》:毒攻撃、麻痺毒攻撃、形態変化、尾の自己切断、高速再生という一連のスキル発動を超高速で行い、遠隔操作で切断した全ての尾を同時操作するスキルの“多重連結技巧”。消費HP・MP量は通常発動時の1.5倍となる。
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<装備品>
・ウルフファングソード
・黒蜘蛛糸のシャツ
・ブラックレザーパンツ
・バイキングレザーガントレット
・隠密マント
・ブラックコンバットブーツ
・隠蔽の黒狐和面
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次話は9/27(金)投稿予定です♪