第232話 試験終了
~阿吽視点~
「キヌ! すぐに回復だっ!!」
「ん、任せて。絶対死なせない」
試験を開始してから4日後、【狼の塔】の入口に魔法陣が出現すると、瀕死のキュルラリオが転移されてきた。
完全に途切れている意識。穴が空き、焦げ付いてボロボロになった装備。右肩から流れる大量の出血と全身の火傷。そして無理やり捻じ切られた跡が残る左腕と途中で切れている尻尾。
鑑定するまで生きている確証が持てない程の重症を負っていたが、そのHPは辛うじて0にはなっていなかった。
「コイツ、俺の予想を超えてきやがった……」
今回の試験はネルフィーが【隠密】のスキルを使い、陰からキュルラリオを見守りながら念話で情報共有を行っていた。これは、不測の事態に対処する事とどのようにして試験に挑んでいたのかを把握する目的だった。
しかし、良い意味でも悪い意味でも俺の予想をはるかに上回り、とんでもないルートを選択してきた。しかも、ボス部屋に関してはネルフィーが入る前に扉が閉ざされてしまい、中での様子を確認する事ができていなかったのだ。
実のところ、試験の合否としてはキュルラリオに伝えた通り入口まで階層を降りて出てこれば合格、もしくはレベルを上げてボスへ挑戦した時点で、離脱石を使って帰ってきても合格とするつもりではあった。
だが、蓋を開けてみればキュルラリオは魔法陣で転移され入口へと帰還した。それが意味するのは、ボスのソロ撃破を成し遂げてきたという事実。
離脱石を使わず20階層のボスをソロで倒しきったという何よりの証拠だ。
鑑定で見てみると、レベルは試験開始前の22から倍以上の50まで上昇し、大量のスキルを獲得しただけでなくそのスキルレベルも相当上がっている。
キュルラリオは今回の試験で己の限界と感じる壁をいくつも乗り越えてきたのだろう。でなければ、この数日の間にこれだけのスキルを獲得するに至れるわけがない。
「無茶しやがって……。さすがにボスの撃破までは俺も求めちゃいねぇよ」
「阿吽、それだけじゃない。【狼の塔】のボスは大銀狼。炎系の攻撃は使って来ないはず」
「え? ってことはもしかして……」
「ん。キュルラリオはレアボスを引き当てて、ソロで初見突破してきたって事」
「コイツ……マジか。それに、成長率を見るとキュルラリオって逸材なんじゃ……」
そう考えたところで、シエルとハイルが数人のクラン員を連れてこの場にやってきた。
ネルフィーが状況を見てすぐに呼んできてくれたのだろう。
「キュル!? 阿吽さん、キュルは……」
「大丈夫だ。かなりの重症だが死んじゃいない。それにキヌが治療してるから火傷の方も治るだろ」
「よ……良かった。ただ、左腕が捻じ切られたようになってますが……」
「さすがにこの傷は私では治せない。でもそれ以外は何とかする」
「とりあえず、落ち着ける場所にキュルラリオを運びたい。どこか腕の良い治療院はないか?」
「それでしたら僕らのクランハウスに一度運びましょ! ウチにも腕のいい癒術師は何人か居りますし、医務室もありますんで」
「分かった。ならそうしてくれ。まだ治療も途中だし、俺達もこのまま同行するがいいか?」
「当たり前じゃないですか。キヌさん達が同行してくれるなら、これ以上心強い事はないです」
「試験の話に関しては……キュルラリオが目覚めてからにしよう。詳しい内容を本人からも聞かなきゃならねぇしな」
かなり危険な状態だが、一応は大丈夫だろう。
ボス部屋で何があったか……どうなったらこんな状態になるのかは聞いてみないと分からないが、今はキュルラリオが目覚めるのを待つしかない。
(その間、俺もできる事はしてやらないとな。何て言ったって、俺の弟子になる男のためだ)
◇ ◇ ◇ ◇
二日後、俺達はキュリラリオが目覚めたという連絡を聞き、【テキラナ】のクランハウスへと出向いた。
そして医務室のドアを開けた瞬間、目を見開いたキュルラリオはベッドから飛び起き……
「阿吽師匠!! みっともない姿をお見せして、申し訳ありませんでしたぁぁ!!」
綺麗な土下座をかましてきた。
「ちょ、え?」
「阿吽師匠からの試験で僕の未熟さを痛感しましたっ! しかし、できる事は全てやったつもりです! どうか、僕を弟子にっ!!」
「待て待て! ってかまだ動くな! 安静にしてなきゃいけないんじゃないのか!?」
「いえ! もう大丈夫です!」
「何言っているんですかっ! つい30分前まで昏睡状態だったんですよ!?」
そう言ってすぐに動こうとするキュルラリオをテキラナの癒術師たちが羽交い絞めにしてベッドへ戻そうとしているが、キュルラリオの興奮状態は治まらない。
「どういうことだ? ……って、シンク?」
「このクソトカゲがっ!! 阿吽様を困らせるとは何事だっ!!」
ダメだ……。シンクも意味分からん方向にスイッチが入っちまっている。
「キヌ、何とかしてくれ……」
「ん? 大丈夫じゃないかなぁ?」
「それはどういう……」
「おいクソトカゲ、貴様は阿吽様の下僕になりたいのだろう? ならば、阿吽様の気持ちを察する事など出来て当然。違うか?」
「はっ……! その通りですっ!!」
「ならまずは治療を受けろ! まだゴミに毛が生えた程度の実力しかない貴様が今すべきことは、体調を万全に戻す事、それだけだっ!」
「はいっ! すみませんでしたっ!!」
「それにその左腕……、そんな状態で阿吽様からの修行を十全にこなせるなど……思い上がりも甚だしいっ! 義手などの代替手段を考え――」
「シンクさんの言う通りですねっ! では、左腕と……ついでに尻尾を再生させます! 【高速再生】!」
キュルラリオがスキルを発動させると、切断された左腕と尻尾の断面がうねうねと動き出し、数秒とかからずに再生された。
「これで、切断部位は問題ないですね! あとは体力を戻す事に専念します!」
ど、どーゆーこと!?
あっ、そういえばスキルの説明に……
・【高速再生Lv.6】: HPとMPを消費し、自己切断した身体部位を高速で回復させる。消費HP・MP量はスキルレベルに依存。
「お前、まさか……」
「はいっ! 自分で左腕を引き千切りましたっ!!」
何でも無いように言うキュルラリオに、周囲は唖然となる。
コイツ……、思った以上にぶっ飛んでやがるわ……。
次話は9/13(金)投稿予定です♪