第226話 ハイルの思惑
~ハイル視点~
「っと、一応僕等からの説明は以上なんですが、何か阿吽さん達から逆に聞きたい事ってありますか?」
「キヌ、どうした?」
「ん。今日はここまで」
突然話を打ち切ったのは、それまで静かにしていたキヌと呼ばれた狐の獣人やった。
阿吽さんと話をしている時から一番僕を警戒していたのは、後ろで睨みを利かせていた二人ではなく、このキヌさんだ。
透き通った宝石のような……しかしどこか心を見透かされているような気持になる瞳が、僕の一挙手一投足を見逃すまいと、ずっとその視線を刃物のように突き付けてくる。それに気付いたからこそ、僕は “自分たちの要望”を伝えず、信頼を勝ち取るという一点に重点を置いて会話を組み立てていた。最後の一言……仲間にも悟られないほど自然に、そして誰もが見落とすタイミングでの一手を除いて。
(それを、さも当然かのように見透かされたんは、さすがに背筋が凍る思いやわ……。結構勝算はあると思ってたんやけどなぁー)
僕が仕掛けたのは、謝罪のための賠償に見せかけた情報の押し売り。
ウィスロに来て日が浅い阿吽さん達【星覇】は、何より情報を欲しているのを知っていたからこそ勝てると踏んで仕掛けた一手やった。
そもそも、情報というのは言わば“財産”。当然ながら調べるのには時間も労力もかかる。重大な情報であれば諜報員が命の危険にさらされることだってある。ソレを昨日の賠償のためだけに相手に与えるっていう行為は、クランにとって不利に働く可能性すら多大に含んだ諸刃の剣のようなもんやった。
だが、それゆえに無償に近い形で情報を与えられた相手は、与えられただけの等価を払わなければならないと無意識に感じてしまうもの。さらに、その情報が正しかったと後日にでも分かれば、一気に相手の信頼を勝ち取れるだけでなく、印象や思考の操作すらできてしまうほどの強力なメリットがあった。
『知りたい情報はありますか?』という問いかけを敢えてしたのも、阿吽さん自らが知りたい情報を僕に聞いてもらうための布石。来た質問に答える事で相手に恩を感じてもらい、後々僕らが伝える要望を通してもらいやすくするためやった。
その要望とは、僕ら【テキラナ】陣営の味方に、【カルヴァドス】陣営と敵対関係になってもらうというもの。
(……でもまぁ、ここまで僕の考えを見透かされていたら今日のところは完敗やな。この場は不信に思われんように自分でケツ拭いとくくらいしかできんかー)
「そうですかー。なら今日のところはお開きとしましょ。ただ、今回の賠償と言ってはなんですが、ウィスロの事ならなんでも阿吽さん達には嘘偽りなく伝えます。もし聞きたくなった時はここに来てください。あと、キヌさん……でしたか? キュルを助けてもらったお礼とクランマスターの軽率な行動に対する謝罪をしたいという僕らの気持ちは本物です。なんで、あんま警戒せんといてくださいねー」
「ん。それは分かってる。……ただ、今日の話はここまでにしておいた方が、お互いのためになる」
「……いやホント、キヌさんには敵いませんわ」
昨日までに調べた【星覇】というクランの情報は、阿吽さんが圧倒的な発言力を持ちワンマンで主導していくタイプの……正直、結構ハチャメチャなクランやと思ってた。飛空艇でウィスロに乗りつけたり、ルナ女帝から冒険者ギルドへの通達文書が速達で届いたり、イブルディア帝国からアルト王国への侵攻時、防衛という不利な状況にもかかわらずとんでもない戦果を上げたなんて噂すらも飛び交ってたくらいやったしな。
だからこそ付け入る隙もあるんやないかと思ってたんやけど……、【星覇】は思ってた以上に盤石やった。
他のメンバーからにじみ出る強者のオーラはここウィスロでも上位のもの。SSランクのパーティーってのも会った瞬間納得してしまったくらいやった。加えてキヌさんという交渉場面での超強力な隠し玉まで持ってる。
それに、シエルと渡り合った武力や、細かい事を気にしない物言いも相まって阿吽さん自体が抜群のカリスマ性を備えてるのは間違いない。事実、この場での会話はほとんど阿吽さんがしとったし、他のメンバーもまったく口を出す素振りは無かった。……最後のキヌさんの発言を除いて。
総合して考えれば、今でも僕の予想も間違ったもんではないはずや。ちょっと方針を切り替える必要はあるけどな。
(自分らの情報を隠しもせず、少数で堂々とウィスロに乗り込んで来れるんもその実力が相まっての事か)
今日話をしてみて【星覇】というクランの特徴が分かっただけでも儲けもんやったんかもしれん。
それにカルヴァドスより先に接触できたんも僥倖やった。
こっから【カルヴァドス】がどう動くかも分からん状況で、この【星覇】が嵐の中心になるはず。僕らも相応に用意だけはしとかなあかんな。
「あ、あの……」
そんな事を考えながら【テキラナ】の拠点を出ようとする阿吽さん達を見送っていると、キュルが急に口を開いた。その表情は何かを決心したかのように感じる。昔からこういう表情をするときのキュルは、何か突拍子もない事を言いだす。
だが、この場の空気はすでに次のキュルの言葉を待っているような雰囲気だ。嫌な予感を感じながらも、この流れの中、僕が口を出すのはさすがに難しいと悟る。となれば、あとはキュルが変な事を言わない事を祈るしかない。
「……阿吽さんに、お願いがあります」
「一応聞くだけ聞いとくわ。どんなお願いだ??」
「ぼ、僕の師匠になってください!」
次話は7/26(金)投稿予定です♪




