第225話 謝罪と賠償
蛇の塔での一件を終えた翌朝、俺達は『奏でる小熊亭』の一室に集まっていた。
トラブルはあったものの、迷宮離脱石の収集競争はそのまま継続。今はその結果発表を行っているところだ。
ちなみに、1位はキヌ、2位がネルフィー、3位が俺で4位はシンク、5位がドレイクという順位だったが、全員が100個以上の迷宮離脱石を獲得する事ができた。ちなみに2位に圧倒的な差を付けて優勝したキヌには『ウィスロにいる間にキヌの要望を一つ叶える』という権利が与えられた。
興味本位でキヌに狩りの方法を聞いてみたが、他者に真似できるようなものではなかった。周囲に他の冒険者が居ないかを気にしつつも、魔法での範囲狩りを行うことで圧倒的な狩り効率を叩きだしていたようだ。とてつもない魔力量を保持し、回復速度もそれに伴って速くなっているキヌだからこそ3日間という期間でも魔力切れを起こさないように調整しながら魔法を運用し範囲狩りができていたらしい。
個人的な予測としては休息時間が少なくて済む俺、キヌ、シンクの魔物組が上位を占めるかと考えていたのだが、2位がネルフィーとなったのには少し驚いた。移動速度や移動する先の階層の地形や湧き状況などを計算し、よほど効率良く狩りをしなければこの順位は難しかっただろう。
パーティー内での競争というのもいい刺激になるなーと感じつつ、話題は昨晩の一件に関する事に変わる。ただ、詳しい事情は俺にも分かっておらず、最終的には【テキラナ】に全員で行って話を聞こうという事で決着が付いたが、俺がいきなり攻撃を仕掛けられた事を伝えた時は、シンクとドレイクの眉間にシワが寄っていた。さすがに何かやらかさないとは思うけど軽く言い含めておいた方が良さそうかな……。
◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎ、冒険者ギルドで俺達を待っていた“案内役”はキュルラリオだった。
確かに一度全員と顔合わせをしたことがあり、今回のトラブルの渦中にあるキュルラリオが【テキラナ】とも懇意にしているのが俺達に伝えられるといった点でも、警戒を和らげるには一番適任と言える人選だ。
【テキラナ】に関する事前情報でネルフィーが言っていた頭が切れるサブマスターというのは本当の事なのだろう。クランマスターであるシエルがあんな感じなのにもかかわらず、数多のクラン拠点としているここウィスロで序列2位という地位にまで上り詰める事ができたのは、ハイルの状況把握能力や危機管理能力、クランの運営能力の高さがあってこそなのだろう。
キュルラリオに案内され到着したのは“二番街”と呼ばれる地区の中でも一際目立つ大きな建物だった。
「さて、みなさん着きましたよ! ここが【テキラナ】のクランハウスです!」
そう言ってキュルラリオは玄関を開け、勝手知った場所であるかのようにそのまま建物の中に入って行くと、階段を上った先にある一室に俺達を案内し扉を開けた。
部屋の中ではシエルとハイルが待っており、俺達の入室に合わせてソファーから立ち上がった。
「阿吽さん、ホント昨日は申し訳ありませんでしたー」
「勘違いで攻撃してごめんなさい」
第一声目はシエルとハイルからの俺への謝罪。これは俺に対してというよりも俺以外の黒の霹靂へ向けて「敵対の意思はないですよ」という意思表示も兼ねているのだろう。
「謝罪は昨日受け取っただろ? んなことよりも事情を話せよ。今日はソレを聞きに来たんだからな」
「そんなら早速、僕から話をさせてもらいますわ。キュルも実はテキラナの所属じゃないですし、シエルは説明苦手なんでー。あっ、立ち話も何なんで、とりあえず掛けてください。今茶菓子を用意させてますー」
「あぁ。ってかそんな長くなりそうな話なのか?」
「そうですね。ザックリと話をするのであればそれほどかからないですけど、できれば詳しく話したいんで、ちょっと長くなりますねー」
「まぁ、情報をくれるってんだから付き合うぞ」
「ではみなさんもお掛けください。それと、後ろのお二人もそんな怖い顔せんといてくださいよ」
後ろの二人ってのはシンクとドレイクの事だな。この部屋に入った時からシエルとハイルに威嚇してる感じだったしな。俺が攻撃されたってのに納得がいっていないのだろう。ただ、うちの二人の怒気を受けても表情を変えないだけの力量がシエルとハイルにはあるのも分かった。
「とりあえずみんなも座れよ。シンクとドレイクはとりあえず怒気を収めてやれ」
「……兄貴がそう言うなら」
「承知いたしました」
「んなら、さっそく経緯から説明させてもらいますね。まず、少しずつ市場に出回る迷宮離脱石の数が減少してきているのはご存じですかー?」
「あぁ、ギルドの職員から聞いた」
「なら話が早いですね。実はその傾向が顕著に現れたのは数カ月前からなんですよ。最初は市場に出回ってる数を見てそれほど重要視していなかったんですけど、最近になってそれが結構深刻な問題になりそうだって事に気づいたんですわー」
「なんだ? 別に迷宮離脱石を集めようと思ったら俺達がやったみたいに初級と中級を回れば済むだろうし、一日に何個も離脱石を使うようなこともないだろ?」
「普通なら、そうですねぇ。……阿吽さんは、最上級【竜の塔】の攻略を行おうと思った時に必ずぶつかる壁ってご存じですか?」
「急に話が変わったけど、それが何か関係あるのか?」
「そうですね。実はそれこそが今回の一件の核心的な部分です。ウィスロダンジョンの……特に【竜の塔】に関しては、5階層から上の階層で狩場独占というものが行われています」
「狩場独占??」
「はい、特定のクランやその派閥が上階層に繋がる階段の前を占拠し、仲間以外を通させないようにする事で、それ以降の階層を仲間内で独占する事をそう呼んでいます。当然のことながら現在それを行っているのは序列1位【カルヴァドス】とその派閥に属するクランたちですわ」
「あー、そういう事か」
狩場を独占する事はボス部屋を開けるために必要なキーアイテムを独占する事とイコールだ。さらにキーアイテム以外の上階層でしかドロップしないアイテムに関しても、市場やオークションで売り出せば売り手の言い値で販売する事ができるというメリットもある。ともなれば資金面が潤沢となり装備も充実させられるだけでなく、ポーションなどの回復アイテムもより効果が高い物を買い揃える事ができ、それを繰り返していけば他の派閥クランとのレベルの差も生まれ、更に盤石な狩場独占が可能となると……。敵対クランからのヘイトが強まる以外は好循環だな。
「さすがですね、理解が早くて助かりますわ。では、その封鎖されている階層を解放させようと思ったらどういう事になるのかも……分かりますよね?」
「冒険者同士の対人戦。しかも、大人数同士が入り乱れる乱戦だな」
「その通りです。当然ダンジョン内なんで、死にそうになれば離脱石を使います。で、入口で回復をしてからまた数人の仲間が集まり次第アタックをかけるという流れが発生します。もちろん封鎖している側も離脱石を使いますし、長時間の戦闘になれば、都度人員もアイテムも補充されていきます。となれば、一度拮抗した戦闘はなかなか決着が付かなくなっていき、経戦時間に応じて使われる離脱石の数もかなりの消費数になっていくわけです。そして、それが何度も続けば、離脱石の需要が供給を上回ってしまうだけでなく、互いのクラン資産も目減りしていくわけですわ」
「そんで離脱石やポーション類のアイテムが不足すれば、それが必要数集まるまでの間は解放戦に挑むこともできなくなり、その期間は狩場独占が安全に続けられるって寸法か」
それでシエルが対人戦慣れをしているというのにも合点がいった。さらに、この話が全て本当の事なら暗殺クランがキュルラリオを狙った理由も察しが付く。となると……
「もしかして……カルヴァドスは、暗殺クランと繋がってるって事になるのか?」
「まさにその通りですわ。もちろんカルヴァドス側はその事実を否定してますし、その暗殺クラン自体も普段は健全なクランを装っているんですけどねー。だからこそ、これまでなかなか尻尾が掴めていませんでしたし、今回の“【蛇の塔】で大規模な略奪計画が行われる”という情報が得られたんも直前だったんですよー」
「そういうことだったんだな。ということはシエルが一人で特攻してきたのも?」
「はい、情報が入ってきた瞬間一人でクランハウスを飛びだしていきよったんです。僕らも急いで追いかけたんですが本気のシエルのスピードに追い付くなんて到底できませんしー。そんで、僕が蛇の塔に着いた時にちょうどキュルと鉢合わせたんです。キュルから『阿吽さんに助けられた』って聞いたんもその時ですわー」
「反省してます。ごめんなさい」
「いや、もういいって。まぁ、いつかまた喧嘩しような! 今度は本気で」
「うん。阿吽強かった。機会があれば……この前の続き、しよう」
「まったくシエルは……。それにしても、阿吽さんも大概戦闘狂なんですねぇ……。でなければあの強さに説明が付かないですけど。っと、一応僕等からの説明は以上なんですが、何か阿吽さん達から逆に聞きたい事ってありますか?」
聞きたい事……か。
確かに聞きたい事となると色々ある。何から聞こうか……と考えていた時、不意にキヌが俺の袖をクイッっと引っ張り、首を横に振った。
「キヌ、どうした?」
「ん。今日はここまで」
キヌが止めるという事はそれなりの理由があるのだろう。情報は少しでも欲しいところだが、今すぐ必要というわけでもない。ここはキヌに任せよう。
「そうですかー。なら今日のところはお開きとしましょ。ただ、今回の賠償と言ってはなんですが、ウィスロの事なら阿吽さん達には嘘偽りなく伝えます。もし聞きたくなった時はここに来てください。あと、キヌさん……でしたか? キュルを助けてもらったお礼とクランマスターの軽率な行動に対する謝罪をしたいという僕らの気持ちは本物です。なんで、あんま警戒せんといてくださいー」
「ん。それは分かってる。……ただ、今日の話はここまでにしておいた方が、お互いのためになる」
「……いやホント、キヌさんには敵いませんわ」
ハイルの物言い……俺には分からないレベルだが、もしかしたら無言の中でのキヌとハイルの心理戦が繰り広げられていたのかもしれない。
まぁ詳しい事情は宿に帰ってから聞くとするかな。
どうも幸運ピエロです★
この度、コミック第1巻の発売日が8月2日に決まりましたー!
私の夢の一つである漫画化が実現されることに興奮が抑えきれず、日々PC前でヘドバンかましているところですが、これも読んで頂いている皆様の応援あっての事でございます!
本当にいつも応援いただき、ありがとうございます!!
ちなみに、漫画の作画を担当していただけましたのは朝ケ夜先生!
魅力的なキャラだけでなくド迫力のバトルシーンはマジで必見です!!
特設ページも作成していただけましたので添付させていただきますね♪
https://pash-up.jp/information/zombiemusoC1_tokuten
もちろん金曜定期の更新は続けていきますし、ハイテンションでバイブスぶち上げていくんで今後とも応援よろしくお願いいたします★
っと、長くなってしまいましたが、次話は7/19に投稿予定です♪




