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第175話 1対3500


 常闇の森をくり貫いたような場所に突如として出現した幻影城は、数週間前よりアルト王国中で話題となっていた。『見えているのに、入る事の出来ない不思議な城』として。

 そして、そのエリアの特性から「ダンジョンなのだろう」という考察は立てられているものの、未だその真実を知る者は関係者を置いて他には居ない。


 そんな幻影城の城壁内。“幻影城第0階層”とでも呼ぶべき場所は、外界とは違い常に蒼紅2つの月が夜空に光り輝く幻想的な空間となっている。


 その上空に留まる一つの影。

 夜空を体現したような紺色に月光を反射させる金色のメッシュが散りばめられた体毛。種族名【無支奇(ぶしき)】、個体名『ヤオウ』。

 その身から発する気配は猛者の風格が漂っており、その表情は歓喜と憤怒の感情が入り交じった不敵な笑みを浮かべていた。


「主に楯突くとは愚かな者たちだ。その身をもって……()()()()後悔させてくれよう」


 誰にでもなく呟いたその言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも見て取れる。

 この数分前、いつものようにクエレブレと模擬戦をしていたヤオウにも阿吽からの念話が届いた。そして思いもよらぬ命令を受けたのだ。


《遠慮なんてすんじゃねぇぞ? 全力でこいつら全員ぶち殺して、ゾンビの餌にしてこい》


《っ! 全力を、出して良いのか?》


《あたりめぇだろ。手加減なんかしやがったら俺が許さん》


 それまでのヤオウは思っていた。自分は“強くなり過ぎた”のだと。

 実力の半分も出せば簡単に街が一つ吹き飛ぶほどの強力な魔法、拳を突き出せばSランクの魔獣すら一撃で瀕死に追い込むような筋力(パワー)。音すら置き去りにする速度(スピード)。そして、それを使いこなせるだけの知力と技術を身につけた自分は、任されている階層が幻影城の4階層という超高階層であることから、主を脅かす敵に対して全力を出せる場面など限られているのだろうと、半ば諦めかけてすらいたのだ。

 

 しかし、(ふた)を開けてみれば、「手加減をしたら許さない」という思いがけない主からの命令。しかもダンジョン内というどれだけ暴れても他者や建物の被害を考えなくて良い環境。加えて幻影城の壁内という“幻影城の初お目見え”のような舞台。

 歓喜せずにはいられないような状況を作り出してくれた主に対し、今は感謝と敬意以外の感情はない。


 そんな主に対し敵意を向ける不届き者に、「どうやって処刑(おしおき)してやろうか」と策をめぐらし、その時を待っているとイルスからの念話が飛んできた。


《ヤオウ殿、準備はいいでござるか?》


《うむ! いつでも良い》


《それならば、今から転移魔法陣を発動するでござるよ。……言わなくても分かっているとは思うでござるが、今回の阿吽からの命令は『全員抹殺』が最低達成条件でござる》


《分かっておるよ。主からの言いつけはキッチリと果たそう》


《気合いが入っているでござるな! それでは、いくでござるよ!》


 念話が切れたタイミングで城壁内に作られた荒野に巨大な魔法陣が出現し、眩い光を放つ。

 そして数秒の後、突如として大量の兵士や冒険者達がヤオウの眼下に出現した。


「ど、どうなってやがるんだ!? さっきまで昼間だったじゃねぇか!」


「ここは? え、黒い……城??」


「おい! さっきの魔法陣と光っ! 俺達は転移させられたのか!?」


「落ち着けっ! 隊列を乱すんじゃない!!」


 混乱している敵兵を見下ろしながら20秒ほど待ち、イルスからの念話が無いという事が無事に敵兵を全員転移させることに成功したということだと判断をしたヤオウは、風魔法をコントロールして空に浮かせていた自身の身体をゆっくりと地面へと降下させる。それは、混乱している敵兵全員の注目を自身に向ける目的もあった。

 そして殺戮者(ヤオウ)は静かな殺意を込め、言葉を発した。


「黙れ、ウジ虫ども」


「ま、魔物が居るぞ! あいつが俺達を転移させたのか!?」


「なんだ、あれは……こんな、こんな魔物が居るなんて聞いていな——」


 次の瞬間、言葉を発したひとりの冒険者の頭部が宙を舞う。


「……黙れと言っているのが、聞こえないのか?」


 その光景にほとんどの者が唖然とし、それが伝播して一瞬にして静まり返る。

 ヤオウがわざわざ自身に注目を集めた理由、それは次の言葉に集約されていた。


「貴様らは己が誰にケンカを売ったのか、しっかりと理解してから死ぬ必要がある。……あの御方はこの幻影城迷宮を統べる王にして、絶対的な存在。決して貴様らのようなウジ虫どもが楯突いて良い存在ではない」


「なっ! この巨大なダンジョンを支配している存在が居るだと!? そ、そんなのまるで魔——ガハッ……」


「“黙れ”と言っているのがわからないのか? まぁ良い、話を続ける。貴様らには2つの選択肢がある。このまま何もせず一方的に殺されるか、我に向かって全力で戦いを挑み、全滅させられるかだ。……まぁ、行く末は“ゾンビの餌”に変わりはないがな。ただ、万一にもないと思うが、見事我を討ち倒す事ができたなら……外につながる転移魔法陣を出してやろう」


 ヤオウは考えていた。ただ殺すだけでは阿吽からの命令に背くことになってしまう。そして、己が全力を出すには相手にも全力で向かってきてもらう必要があると。

 敢えてヤオウが敵を(けしか)けたのはそう言った理由からだ。ここでもヤオウの真面目で律儀な性格が出たのである。


 ただヤオウの思惑通り、この言葉で倒すべき相手が明確になった反乱軍は、その眼に生きる希望を再び宿し誰に言われるでもなく隊列を整え始める。



——そしてこれより数分後、ヤオウvs反乱軍という『1対3500』の戦闘が幕を開けることになるのだった。


いよいよ本日、書籍第一巻の発売です!!

本屋で見かけたら、お手に取っていただけると嬉しいです★


次話は7/14(金)投稿予定です♪

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― 新着の感想 ―
重たい鎧を着込んでいても、落体の法則で落下速度が変わることはないので、物理っぽい現象描写をする時は覚えておくと良いです
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