第174話 殺戮の決断
降り出した雨の中、竜化したドレイクに乗りアルラインへ向かって飛んでいると、イルスから念話が入ってきた。
《今、少し良いでござるか? 耳に入れておきたい情報があるでござる》
《どうした? 何かあったのか?》
《まだ何かが起きる前、というのが正しいでござるかな……。今しがたプレンヌヴェルト街北西の蒼緑平原に大量の兵隊が感知されたでござる。しかも、それらすべてが阿吽や星覇に対しての敵性反応があるでござるよ》
イルスやバルバルと共に行っていたプレンヌヴェルトの改築作業は、バルバルの発案によりダンジョンの階層を増やす以外の事も行っていた。その一つに、より効率的にダンジョンポイントを回収すべく、第1階層の街部分にあたるエリアの拡張も行っていたのだ。
その範囲は、現状のプレンヌヴェルト街の土地のみに留まらず、これから建設される予定の土地までをダンジョンの1階層としていた。
これによりプレンヌヴェルトダンジョンのコアであるイルスは、プレンヌヴェルト街の外周部分にあたる蒼緑平原の一部も敵性反応を感知する事が可能となっていたのだ。
《……数は?》
《およそ3500人でござるな》
突如として現れた3500もの敵性反応。これはタイミング的に考えてフェルナンドのクーデターの一部である可能性が高い。だが、今は俺達がプレンヌヴェルトに戻って対処するような時間がない。
となると、取れる選択肢は限られてくる……。
《イルス、ダンジョンの機能を使ってそいつら全員を幻影城に飛ばす事は可能か?》
《そうでござるなぁ……、幻影城もプレンヌヴェルトとリンクさせているでござるから、特殊な転移罠を使えば理論的には可能でござるよ。ただ、相当大きな転移魔法陣を設置することになるでござるし、そもそも今プレンヌヴェルトにあるダンジョンポイントだけでは足らないでござる》
《そうか、ちょっと待ってろ》
そう言って一旦念話を切り、口を開く。
「シンク、以前渡したダンジョンポイントってまだ残ってるか?」
「はい。今はまだ構想段階であるため、頂いた三分の一ほどは残しております」
「一旦それ貸してくれね? また後で補填するからさ」
「もちろんでございます。元は阿吽様から頂いたもの。わたくしへの了承など必要ありません」
「ありがとな。これで何とかなりそうだ」
「阿吽、何か……あったの?」
「あぁ。これから星覇全員と念話を繋ぐから、そこで情報を共有するよ」
「ん。わかった」
イルスが言う“敵性反応があった蒼緑平原”というのはおそらく街から1㎞も離れていない部分だろう。そうなると、これを対処しようと思ったら悠長にしている時間はない。
俺が今すぐにでもしなければならないこと……、それは『3500という数の人間を、俺の指示で殺す決断』だ。
……俺は魔物になってからこれまでに、それなりの数の人間を殺した。
それは「戦争であったから仕方ない」とか「ダンジョン内の事故だ」とか、まぁ色々な理由を付けることはできる。ただ、これら全てに後悔が無かったわけではない。
ダンジョンマスターとなってから、できるだけ冒険者の死亡数を減らそうと努力していたのも俺の中にある『人間的な部分』がその決断を鈍らせてくることも自覚していた。
ただ、今回は違う。
【星覇】に対する明らかな敵性反応。これは相手がこちらを殺す気で攻めてきているということだ。つまり……俺の大切な人を、大切な物を、俺から奪いに来ているということに他ならない。
そんなモン、許せるわけがねぇ。
《アルス、全員に念話を繋いでくれ》
《わかったのじゃ》
数秒とかからず全員と念話が繋がったという感覚があった。既に俺の考えはまとまっている。覚悟も決めた。
あとは、伝えるだけだ。
《みんな、聞こえてるな? まず、これから伝える事は全て……俺からの“命令”だ》
今まで星覇のメンバーには向けた事がにない俺からの強い口調。
だが、これでいい。罪悪感を抱くのは、俺一人で十分だ。
《たった今、プレンヌヴェルト街の北西で3500の敵性反応をイルスが察知した。簡単に言うと、俺達にケンカを売ってきた奴らが居るって事だ。ナメられたもんだよなぁ? たった3500人ぽっちで俺達を何とかできると勘違いされてるんだぞ?》
これに対する反応は様々だった。驚きを隠せない者、憤りを感じている者、わずかながら不安を感じている者も居る。
ただ、その中でもキヌは優しく俺の左手を握ってくれた。どうやら俺の心は見透かされているらしい。
それでも、これはダンジョンマスターやクランマスターとしても、俺個人としてもブレてはいけない部分。
《阿吽の言いたい事はわかったのじゃが、その3500人の敵はどのように対処するのじゃ?》
《あぁ、この敵全員を今から幻影城の城壁内部に転移させる。そこでだ……、ヤオウ》
《なんだ、主》
《そいつら全員の殲滅、お前一人で十分だよな?》
《もちろんだ。主に敵対した事を後悔させてやろう》
《遠慮なんてすんじゃねぇぞ? 全力でこいつら全員ぶち殺して、ゾンビの餌にしてこい》
《っ! 全力を、出して良いのか?》
《あたりめぇだろ。手加減なんかしやがったら俺が許さん》
《承知した!》
《よし。アルス、イルス準備できてるか?》
《バッチリでござるよ!》
《いつでも良いのじゃ!》
《よし、ならそっちの事は任せたぞ。俺達は王都へ急ぐ》
《了解したのじゃ》 《分かったでござる!!》
念話を切り、一度大きく深呼吸をする。
今の念話を星覇全員に繋いだのには理由がある。
今回の騒動は、星覇内で必ず話題となるだろう。そうした時、召喚した魔物達の考え方と獣人やエルフなどの亜人達の考え方にズレが生じてしまうのが危惧された。特に、死生観については元々の産まれた環境や育った環境だけでなく、どの種族で産まれたかで大きく価値観が異なっている。だが、そんなことで星覇のメンバー同士に亀裂が入って欲しくはない。
であれば、どうすればよいか。
俺の取った方法としては、『俺からの命令』としてトップダウンで全員に伝える方法だった。
「阿吽、本当に不器用」
「ハハッ、そうかもな」
「ん……、でも大丈夫。星覇のみんな、ちゃんと分かってる」
「そうっすよ! エルフのメイドさん達や獣人の子供達も、みんな兄貴の事や星覇のことが大好きっすから!」
「そうだぞ。それに亜人達は皆、ミラルダで助けられてから今まで……そしてこれからも、このクランと共に生き、共に死ぬ覚悟をしている。阿吽が一人で全て背負い込む必要はない」
「そっか……。そうだったんだな」
俺が考えていた以上に星覇のメンバーは皆俺の事を信用し、信頼してくれている。それに知らない所で仲間同士の絆も出来てきているようだ。
……どうも今回は、俺のダメなところが出ちまったようだな。
ただまぁ、やる事に変わりはない。
絶対にこの仲間は、大切なものは、この幸せは、誰にも壊させやしない!
俺達にケンカを売ってきたヤツは、キッチリ全員分からせてやらねぇとな。
次話は7/7(金)投稿予定です♪