第148話 律儀な狒々
阿吽達がイブルディア帝国の帝都イブランドにてブラキルズたちと対峙している頃、プレンヌヴェルトダンジョンでは一体の魔物が進化を果たしダンジョン内初のSSランクへと到達していた。
彼の名は『ヤオウ』。元は魔狒々というSランク上位の魔物であり、現在プレンヌヴェルトダンジョンに於いて最上階を守護するボスモンスターである。
このヤオウに何が起きたのか……事の経緯は数か月前に遡る————
◇ ◇ ◇ ◇
「このままではいけない。主からの信頼に報いなければ……」
彼は悩んでいた。主である阿吽から言い渡された、たった一つの命令を遂行し続けるために。
その命令とは、「このプレンヌヴェルトダンジョンを何者にも踏破させるな」というものである。
この時の阿吽は、そこまで深く考えて伝えたわけではなかった。単純にプレンヌヴェルトダンジョンを誰にも踏破されたくないと考えていただけだ。ただ、凶悪な罠の設置をするという手段を温存し、フロアの増築や新規の魔物を召喚するという選択肢を残している事をヤオウに伝え忘れていたのである。
とにかく、阿吽の「頑張ってこのフロアを守ってね」というニュアンスの命令は、ヤオウにとっては「誰にも負ける事は許さない」という意味に捉えられていたわけだ。
ヤオウは強い。巨大な体躯とそれに見合うステータス、風属性という使い勝手の良い属性を持ち、高い知性をも兼ね備えている。さらに“森林エリア”というヤオウにとっては最高のパフォーマンスを出すことのできる環境と、猿型の魔物数十体を配下に置くこのフロアは、Sランクの冒険者パーティーであったとしても、気を抜けば簡単に全滅する程の難易度だ。
しかし、ダンジョンで生み出された際にヤオウが得た知識の中に“人族の平均的な強さ”に関するものは無かった。これにより、ヤオウの中にあるSランク冒険者の強さの指標は【黒の霹靂】5名の化物となっていたのである。
「人間の中には主と同じSランクに該当する者たちもそれなりの数が居ると聞く。今の主達は我よりも強い。だが、主に言い渡された命令だけは何としてでも守らねば、我の存在意義がなくなってしまう……」
「フォッフォッフォ、悩んでおるようじゃな」
「む、クエレブレか。悪いが今日はチェスをやる気分ではないのだ」
「そんな事は分かっておる。実は、ヤオウにちょっとした相談があってのぉ」
「今はそれどころではないのだが……」
「新しい力を手に入れられる、と言ってもか?」
「なっ!? ……詳しく話を聞こう」
この時、阿吽達は沈黙の遺跡へと攻略に行っており、まだアークキメラと戦う前である。当然、魔法障壁の技術は知らない。そこでクエレブレは、今後敵対するであろう魔族が習得しているこの技術の必要性を理解させるため、先んじてヤオウに技術を習得させ、阿吽達が越えるべき壁になってもらおうと考えていた。ただ、その裏工作はアークキメラという好敵手が現れたお陰で、不要なものになってしまうのだが……。
「——というわけじゃ」
「なるほど。我も新たな力を手に入れ、主たちにも良い影響を与える事ができると……」
「そうじゃ。悪い提案ではなかろう?」
「うむ。ではさっそく教えてくれ、その魔法障壁という技術を!」
こうしてヤオウはクエレブレとの秘密特訓に入るのだが、この直後阿吽達はアークキメラに敗北し、自ら魔法障壁の必要性に気が付く。そして、5人ともがクエレブレの予想をはるかに超えた速度でその技術を習得してしまう……、先に特訓を行っていたヤオウよりも圧倒的に早く。
その事実を知った時のヤオウは何とも言えない表情をしていたが、クエレブレの裏工作はヤオウにとってはオマケのようなもの。その後も地道な努力を人知れず続け、阿吽達から遅れること数カ月、ついに魔法障壁を自分の物にすることができたのだった。しかも、得られた力はそれだけではなかった。
「これが新しい力か……。指導、恩に着る」
「よう頑張ったのぉ、ヤオウ。それにしても、さすがに進化までするとは思わなんだぞ……」
現在クエレブレの目の前には、今までとは違う風貌のヤオウが全身からオーラを漲らせながら立っている。
元々6mの巨体を誇っていたヤオウの身体は3m程にまで縮み、夜空のような全身紺色の毛皮には金色のメッシュが所々に散りばめられている。
身体は小さくなったものの、その筋肉質な肉体はさらに磨きがかかっており、発する雰囲気からはこれまでの比ではない圧を感じる。猿型の魔物であることに変わりはないが、魔物としての格が進化前とは別物であることは一目見ただけでも明らか。
種族名【無支奇】。SSランクのこの魔物は、伝説級の魔物と言っても過言ではない戦闘力を秘めている。実際、魔大陸では過去にこの魔物が出現した際、一夜で国が壊滅した事もある程だ。
「進化とは、本当に恐ろしいほどの変化を起こすのぉ」
「我自身驚いている。だがこれで、主からの命令を遂行することができる」
「フォッフォッフォ……そなたならばその任、十全に全うできるのではないかの。というか、まだ聞いておらんかったが、阿吽からの命令とは何なのだ?」
「それは————」
この後ヤオウは、クエレブレから人族の平均的な強さなどを聞き、自身の思っていたものとのギャップに唖然とするも、それでも今までと変わらず主のために全力でダンジョンを守る事を深く心に誓う。ヤオウの全ては自らが認めた主人からの信頼を守り抜くこと、ただそれだけなのである。
現状、全くと言っていいほど出番のないヤオウだが、更なる力を得た今、その力を奮うことができる日はいつになるのだろうか……。それは、それほど遠くない未来かもしれない。
あけましておめでとうございます♪
今年もよろしくお願いします★
第7章も残り数話となりました! 続く第8章もハイテンションで執筆していきますので引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです♪