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第147話 遺された手記


〜ネルフィー視点〜


 飛空艇の居室。木製のベッドとわずかな家具が置かれた狭い部屋で、兄から受け取った一冊の本を手に取る。

 表紙を捲ると、綺麗な文字で書かれた前書きから始まっていた。


『本来であれば、この記録は残すべきものではないのかもしれない。だが、現在ダークエルフ族が置かれている状況を考えると、筆を取らずにはいられなかった』


 続く文章はあまりに凄惨なもの。エルファルド神聖国の主導により、“魔族狩り”と称してダークエルフの集落を次々に蹂躙していく人間による悪魔の所業。思わず本を閉じてしまいそうになる程の内容だ。だが、読むのを止めるわけにはいかない。

 様々な感情を押し殺しながら読み進めていくと、思わず目を見開くような内容が目に飛び込んできた。


『我々ダークエルフ族は、魔族の中の一種族である。ただ、誤解しないで欲しい。スフィン大陸で“魔族”と一括りに呼ばれている者たちは、魔大陸で生活している様々な種族の総称でしかない』


 なんと我々ダークエルフのルーツは魔大陸にあり、魔族と呼ばれても間違いではないらしい。

 しかもこの本の内容によると、魔大陸では多種多様な種族が各地に集落を作って生活しており、その中には他種族との共存をしている場所も多くあったようなのだ。

 その様子は現在のスフィン大陸と何ら変わらない。亜人や獣人などの多様な種族が国や街を作り生活しているというもの。

 スフィン大陸では一般的に魔大陸の事は知られていない。魔族に関しても御伽噺に出てくる「魔族という凶悪で残忍な種族が悪い子を食べてしまう」という漠然とした内容のものばかりだ。要するに魔大陸に住む者たち()()を怪物のように扱った話である。


 だが、理解してしまうと何と恐ろしいことなのだろうか……。スフィン大陸に住む人族は、2000年という長い年月の中で、知らず知らずのうちに少しずつ思考を誘導されていた可能性があるのだ。しかも、これは恐らくエルファルド神聖国が流布したもの。……いや、まだ断定するのは早計かもしれないな。

 これに続く文章は魔大陸の環境と情勢だった。


『魔大陸、それはその地の大気に含まれる魔素量がスフィン大陸に比べ非常に多く、屈強な魔物が至る所に生息している魔境。

 魔物は総じて他種を襲う。しかも過剰に魔素を吸収した魔物はその肉体を大きく変化させ、より強固な魔物へと進化を果たす。そうしてまた他種を食らい、より強力な個体・種族へと昇華していくのだ。元々強力な個体が多い魔大陸という地で弱肉強食を繰り返せば、どんな自然環境になるのか……想像に難くないだろう。

 これに対抗するために魔大陸で暮らす者たちは身体をより強く強化し、魔法技術を磨き、魔導具を駆使し、それを後の代に継承することで絶妙な均衡を維持できていたのだ。

 “魔王”が現れるまでは————』


 この本の著者によると、“魔王”と名乗る者はある日突然表舞台に現れたらしい。魔物を使役できる種族の王であり、その種族の中でも唯一魔物を生み出す特殊な(すべ)を持ち合わせていたということも記載されている。その力を使い、魔大陸全土を掌握しようと目論んだことにより、魔大陸では大きな争いが巻き起こる。

 結果として、魔大陸では魔王が統べる種族が覇権を握り、敵対していた筆頭種族であるダークエルフ族は魔大陸を追われることになった……。


 しかし、ダークエルフ達はただ敗走したわけではなかった。スフィン大陸で魔王に対抗できる仲間を得て、ついには封印することに成功する。もちろんダークエルフ族もこの封印に関わってはいるらしい。このあたりの真偽や詳細は、当事者であるクエレブレに詳しく聞くのが良いのだろう。


 そうして考察を踏まえながら、できるだけ客観的な視点で後半部分まで読み進めていったとき、私は思わず息を飲んだ。

 そこには、ダークエルフ族の進化についての内容が記載されていたのだ。


『黒き森の子らよ。更なる力を求めるならば……闇の中で光を見つけ、自然を味方に付けよ。進化の鍵は精霊(・・)にある』


 ダークエルフ族が進化する可能性があるのは阿吽から聞いていた。兄であるノーフェイスを鑑定した際、種族が“ハイダークエルフ”となっていたと……。

 それにしても……精霊? 聞き馴染みはないが、魔物なのだろうか。もしかしたら2000年前にはそれなりに知られていたものなのかもしれないが、今のところこの本の内容だけでは明確なことは分からない。

 ヒントが有るようで無い、なぞかけのような文章に焦燥と苛立ちが募る。だが不意に、この本を渡された直後の兄の言葉を思い出した。


「我らの生まれ故郷の隠れ里だ。お前も一度行ってみるといい」


 ……コレだ! あの時は気が動転していて分からなかったが、冷静になって思い返してみれば会話の中でこの一言を喋った時の雰囲気はそれまでとは違うものだった事にも今更気が付く。


 更なる力を求めるならば? そんなことは当然だ。求めるに決まっている!

 であれば、兄の言う通り一度故郷に帰ってみるしかない。今まで避け続けていた、惨憺たる記憶のあの場所に……。


 その後、数時間かけてすべてのページを読み終える。

 この本の内容は、現代に生きるダークエルフ達にとって劇薬となり得るもの。様々な感情が私の中に入り乱れているが、まずは一度気持ちを落ち着かせ情報を整理する必要がある。


 深く息を吐きながら本を閉じようとした時、背表紙裏に書かれている文章に気が付いた。

 それは“とある人物”へ宛てた手紙。ここまでとは違い、砕けた文体で書かれているものだった。


『最後に……、もし白銀の氷竜に出会うことがあれば伝えて欲しい。ってか本当の事言うと、コイツを遺すためにここまで小難しくて長ったらしい文章を書いたんだ。頼むぞ子孫ども。


 クエレブレ。真面目で頑固なお前なら、どれだけ長い年月であっても己の使命を遂行するんだろうな。ボケちまわねぇか、少しだけ心配だぜ。真面目なヤツ程ボケやすいって言うしな。

 ただ、どんだけ長い年月が経ったとしても、これだけは忘れないでくれ。お前は独りじゃない。遠く離れていても、どれだけ時間が過ぎようとも、たとえ命が果てようとも、お前はいつまでも大切な仲間であり、かけがえのない友だ。……まったく、お前等とバカ騒ぎした日々が楽し過ぎて500年経った今でも夢に見るぐらいだぜ。本当なら直接会って、また揶揄(からか)ってやりたいが、ちと難しそうだ……。悪いが、先に向こうで待たせてもらう。

 また逢う日まで。

 

 【暗殺王】エンゾ・ガーデンより、親友に想いと祈りを込めて』




——この手記が遥かなる時を経てネルフィーの手に渡ったのは、偶然か運命か……。それは誰にも分からないが、これによりこの物語の大きな歯車の一つが回り始めることになるのだった。



年の瀬ですね♪ 今年一年、本当にありがとうございました!

次話は正月ということもあり、2023年1月1日(日)に投稿を予定しております★


それでは、良いお年を♪

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