第146話 軽口
魔族の襲撃から1週間が経過した。俺達は今飛空艇でアルト王国へ向けて帰国している最中だ。
あれから各国首脳陣への情報提供は特に問題なく終える事ができた。ただ、それから今日までの数日間、ルザルクは相当に大変だったようだ。
会議で情報を精査した結果、今回の魔族による襲撃は数年がかりで計画されていた事のようだった。おそらくブライドが魔族と通じていた14年前、もしくはもっと以前よりこのスフィン大陸に魔族が潜伏していたのだろう。その事が分かった時の会議室の混乱ぶりは相当なものであったらしい。「もしかしたら自国でも魔族による画策が……?」そう考える者も少なくなかったということだ。
また懸念事項として『サナタス』と名乗る魔王派が組織的に行っていたことを考えると、今後同じようなことが起きる可能性が高い。となれば、今回の事件は実行犯であるブラキルズたちを始末しただけに過ぎず、サタナスの生き残りがまだスフィン大陸に居る可能性も否定できない。だが、こればかりは現状取れる手段がないため、今後の課題を各国に持ち帰り対策を検討されることとなったらしい。
魔大陸にてサタナスと敵対している組織『鬼目衆』に関しても、現状では情報不足という事もあり保留とせざるを得なかったようだ。唯一エルファルド神聖国だけは、現時点でも断固として“人族との共存を考えている”という部分を否定、敵対組織として認定する姿勢だが……。
そもそもエルファルド神聖国という国は“女神ルミス”を唯一神とした宗教国家であり、全国民がルミス教信者である。
その聖典の中には魔族についての記載もあり、全信徒が“邪悪なる存在”として魔族を認知している。要するに、エルファルド神聖国民にとって全ての魔族は敵ということだ。
明確な仮想敵を作ることで集団を思考誘導するようなことは、人間社会に於いてそれなりにある。しかし、それが宗教の聖典や戒律の一部ともなれば、『魔族=悪』という姿勢を崩すわけにはいかない。
さらに先日ネルフィーから聞いた内容も踏まえると、ルミス教は人魔大戦が起きた2000年前から既に存在しており、ルミス教信者は幼少期からその思想や戒律を脳への刷り込みをされる程深く刻み込まれている……。
宗教や思想に関してどうこう言うつもりはないが、柔軟に物事を考える事ができないとなると、俺の考えとは相容れないものであるのは確かだな。
いずれにせよ、魔族という今まで御伽噺の中でしか出てこなかったような存在が公になったことで、これからスフィン大陸は良くも悪くも大きな変化が起きる事になる。
飛空艇のデッキで夜風に当たりながらそんな事を考えていると、後ろからルザルクの気配がした。
「やぁ。良い夜だね」
「そういう声の掛け方は女に向けてしろよ。ルザルクなら絶対喜ばれるぞ」
「いやぁ、僕の場合先に女性の方から声を掛けてくれてね」
「へいへい。さすが色男だねぇ」
「まぁ、君程じゃないけどね」
デッキの柵に腕をかけ、月を見ながら互いに軽口を言い合う。最近は切羽詰まった状況が続いていたし、ルザルクと冗談を言い合うのは久しぶりだ。
「あのさ、阿吽。……今回の件、本当にありがとう」
「なんだよ、急に改まって。別にそういうのは良いって。それに指名依頼って言ってたし、報酬は弾んでくれるんだろ?」
「そりゃあこれだけ頑張ってくれたんだからね。でもさ、指名依頼じゃなくても阿吽は助けてくれたんじゃない?」
「まぁ……ダチだからな」
「僕が女だったら今の言葉で惚れちゃってるよ」
「お前が男で良かったよ」
「ハハッ、確かに。……そういえば阿吽はさ、これから……どうなっていくと思う?」
「知らねぇ。そういうのを考えるのはお前の仕事だろ? ……ただ魔王が5年後に復活するってのは信憑性が高いだろうな。でも、正直なところどうでもいいんだよ、魔王復活とか。そいつが俺に直接危害を加えないならな」
「阿吽はブレないね。羨ましいよ、そういうところ」
「次期国王ともなると、そうも言ってられねぇだろうな」
「ままならないものだよね……」
「まぁ、何か助けて欲しいことがあったら言えよ。手伝ってやっから」
「なんやかんや言っても阿吽って優しいよね」
「別にそうでもないぞ? 俺は自分の周囲が幸せならそれでいい。極端な話、俺の知らない所で戦争とか災害が起きて何万人死んでいようが、割とどうでもいいと感じるくらいには薄情なヤツだ」
「ふぅん。でもそれが阿吽の周囲のこととなったら、なりふり構わず全力で助けようとするでしょ? それは優しいって事だと僕は思うよ」
「んー、よくわかんねぇわ。まぁそういう事にしとくか」
俺なんかよりよっぽど多くの人を助けようとしているヤツに言われると何か変な感じがするが、この数か月ルザルクという男と関わってきて、これがコイツの性格だというのも分かってきた。純粋な気持ちで他者を敬うことのできる“根の良い奴”だ。
「じゃあ僕はアルラインに戻るまで居室で休むとするよ」
「あぁ、俺はもうちょっと夜風に当たってるわ」
そういえば、魔物になる前は友達と呼べる存在は居なかった。だが今となっては、それは紛れもなく自分のせいだったことを自覚している。いろいろと理由はあったにせよ、他者を寄せ付けないような雰囲気を撒き散らし、わざと孤立しようとしていた。
……あの時、誰かを頼る事ができていたら、死に物狂いで状況を打開しようとしていたら、違う結果があったのかもしれない。
でも、死んだことや魔物になった事は1ミリも後悔はない。それがなければ今の幸せは無かったと言い切れる。
信頼できる仲間に囲まれ、自分を犠牲にしてでも守りたいと思えるものが増え、ルザルクや禅のような友達と呼べる存在もできた。これからこのスフィン大陸で何が起きるのかは分からないが、後悔しないように、大切な物を壊されないように、奪われないように、俺のできる事を全力でやっていこう。
よし! フォレノワールに帰ったらまずは拠点の防衛機構強化からするとしよう。今まではイルスに任せきりだったダンジョンの増改築を本気でやっていくんだ。あつらえ向きに戦争やら移住やらでダンジョンポイントは潤沢にある。
ってことで『迷宮魔改造計画』本格始動だな! どうせやるなら、世界最難関ダンジョン作ってやっか!
心なしかいつもより大きく感じる月に背を向け視線を前へと移すと、宵闇の水平線にアルラインを照らす光が見えだしていた。
メリークリスマス♪
次話は12/30(金)に投稿予定です!