第145話 襲撃から一夜明け
魔族の襲撃翌日。本来であれば今日はスフィン7ヶ国協議会の2日目が開催されているはずだったが、このような事態となってしまってはその継続は困難であると判断され、改めて日程を決めて行われるということになった。
だが、今回の魔族騒動の全貌が明らかになっていない状態で各国の首脳陣が自国へ帰るわけにもいかず、情報の精査と共有を数日間かけて行う予定だ。
昨夜は魔族の死体を発見し、ルザルクへ念話をしてから1時間ほどで各国の首脳陣が隠し部屋へと到着。その後、斬り落とした腕や翼と部屋に残されていた胴体とを照合し、この首なし死体は改めてブラキルズの胴体であると決定づけられた。
頭部分が無いのはノーフェイスが戦闘で消し飛ばしたのだろうと予測されていたが、何か腑に落ちない。首の切断面は明らかに刃物で切られたものであるからだ。ただ、これは今考えても分からないことでもあり、話の流れからすると今後エルファルド神聖国の調査・学術機関がこの魔族の胴体を調べ上げる事になりそうだ。
また、もう一人の女魔族アストルエはキヌの複合魔法により爆発四散、焼失してしまったため、確認を取る事ができなかったが、確実に燃やし尽くしたというキヌの言葉と、帝都会議場からも夜空に咲く青い花火をほとんどの者が確認していたため、死亡という扱いになった。
一方、ノーフェイスの行方は全く掴めず、今回の事件に介入してきた目的も定かではない。ただ、ネルフィーの様子から察するに何があったのかを聞くことができれば少しはわかる事もあるだろう。
昨晩ネルフィーは、キヌに連れられ飛空艇に戻ってすぐに眠ってしまったらしい。よほどショックなことがあったのか、あそこまで憔悴している姿を見たのは初めてだった。何かをされたという事は無かったようだが……。何があったのか凄く気になるが、今はネルフィーが落ち着くのを待ってやりたい。
そんなことを考えながら飛空艇内にある寝室で天井を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お? 開いてるぞー」
「阿吽、今時間はあるだろうか?」
「ネルフィー……もう大丈夫なのか?」
「あぁ、昨夜はすまなかった」
「いや、謝る事はねぇよ。ネルフィーが頑張ってくれたお陰で、魔族や皇帝に関して解決できたことは多い」
「だが、分からないことも出てきたのだろう? 特に、ノーフェイスに関することで」
「まぁそうなんだが……話せそうなのか? 正直、無理に聞き出すつもりは全くないぞ? 隠したい事は誰にだってある。それに、俺は各国のお偉いさん方の事情よりもネルフィーを優先するからな」
「ありがとう。でも、星覇の仲間には話しておきたいんだ。昨日あった事を……」
「そっか、なら聞かせてくれ。先に言っとくが、どんな内容であっても俺達はネルフィーの味方だ。それだけは分かっていてくれ」
「フッ、阿吽は本当に人たらしなヤツだ……。じゃあ念話を切った後から順を追って説明するが————」
そこからネルフィーは皇帝を討ち取った後に何があったのかを細かく話してくれた。
驚くことに、ノーフェイスはネルフィーの実の兄であるらしい。70年前に突然姿をくらませ、それ以降どれだけ探しても見つからなかったと。しかし、昨夜突然ネルフィーの前に現れて一冊の本を渡されたそうだ。
その中身は人魔大戦以降ダークエルフが歩んできた歴史。まだ流し読んだだけらしいが、それは凄惨なものだったとのこと。人族の中で亜人族が差別されているのは今も変わらないが、その中でもダークエルフは特にそれが激しく、見つけ次第即殺されるのは当たり前。さらには討伐隊を編成され、各地にあった隠れ里に襲撃をかけられていたらしい。
その首謀はエルファルド神聖国。『ルミス神』を唯一神と崇め、魔族に対して強い敵対心を持っている国だ。ノーフェイスの目的に関しては妹であるネルフィーも全く分からないと言っていた。仮にノーフェイスが人族に対して強い恨みを持っているとするのならば、今回魔族に対して敵対行動をとる意味が分からないからだ。
「ノーフェイスの目的が人族に対する復讐なら、魔族がやろうとしている事はノーフェイスにとっても都合が良いことだったよな……でも今回の一連の流れの中で、ヤツは一貫して魔族に対して敵対行動をとっていた」
「そうだな。だからこそ目的という意味では憶測がつかない。何か大きなことをやろうとしている雰囲気だけは感じ取る事ができたが……ただ、70年も会っていなかったんだ。性格や思考が変化してしまっていると考えると、何一つとして兄の考えている事が分からなくなってしまって。それで強い喪失感に苛まれてしまった……。情けないことだよ」
「いや、そんなことはないって。逆に70年もの長い間、生きていると信じて探し続けていたネルフィーは本当に心が強いと素直に尊敬する」
「それは、阿吽達が傍に居てくれるからだ。1人では到底抱え込めなかった。正直諦めかけた事は何度もあったよ」
「そっか。なら、これからも頼りにしてくれよ。俺もネルフィーの事を頼りにさせてもらってるんだからな」
「あぁ。ありがとう」
「そういやぁ、キヌ達にもこの話したのか?」
「いや、みんなには今晩集まった時にでも話すつもりだ」
「そっか。うーん……、よし決めた」
「うん? 何を決めたんだ?」
「ネルフィーとノーフェイスが血縁関係にあることと、渡された本のことは俺達星覇だけの秘密にしておこう。それを踏まえて、ノーフェイスがブラキルズを暗殺したことは公表する。どうせヤツの目的なんか推測することしかできないんだ。お偉いさんたちには今わかっている事実だけを伝えておけばいい」
「そういうことか。なんか、すまないな。私のために……」
「良いって事よ! もし誰かがネルフィーに対して何かしようとしてきたら、俺達が全力で守ってやる。たとえ世界中の人間を敵に回してもな」
「まったく……そんな事言って、私が阿吽に惚れても知らないぞ?」
「ハハッ、それはやめてくれ。キヌに怒られる」
「冗談だ。私も親友を裏切ったり敵に回したりはしたくない」
目に見えて顔色は良くなってきたな。それに冗談を言えるくらいには心に余裕が出来てきたようだ。さて、んじゃ俺はひと頑張りしてきますかね!
冗談めかして言ったが、俺がネルフィーに伝えた事はガチの本心だ。たとえ世界中の人間を敵に回しても俺は仲間を守り切ってやる。
「さてっと、んじゃ行ってくるわ」
「うん? どこへ行くのだ?」
「ルザルク達が帝都会議場で今回の一連の流れを精査してるんだ。俺もノーフェイスの件については報告しなきゃいけねぇからな、上手いこと言って余計な詮索されないようにしとく」
「そうか、手数かける」
「おう、任せとけ」
ネルフィーとの話を終え、飛空艇の格納庫を出て大通りを帝都会議場に向けて歩く。
襲撃から一夜明け、街の被害も明確になってきた。オルトロスが出現した北部・西部・南部と、俺がブラキルズと戦った東部の一部は大きく破壊され建物が崩れている。おそらく人的被害も出ているが、ドレイクやシンクが頑張ってくれたお陰もあり、思っていたより軽微な被害で済んでいた。
ただ、この帝都イブランドの統治機関は完全に麻痺している。そのため国からの明確な指示が出ておらず、ルザルクが衛兵たちに働きかけて救助活動を促したらしい。
現在、キヌ、シンク、ドレイク、禅はこの救助活動を手伝っている。俺はネルフィーと話をする約束をしていた為そちらを優先させてもらったが、ルザルクたちへの情報提供を終えたら俺も手伝う事にしよう。
雑踏をすり抜け、数分歩いていくと帝都会議場へと到着。上を見上げると窓ガラスは割られたままになっており、俺の足元には飛び散ったガラス片が散乱している。だが、この建物にそれ以外の破壊箇所はない。
正直ここを集中的に攻撃されていたら俺達の防衛策であっても少なからず要人に被害が出ていただろう。そうなれば各国間の緊張は高まり、自然と戦争なんて事にもなっていたかもしれない。
入口に居る衛兵に軽く挨拶をし、そのまま会議が行われている部屋へと到着する。
扉越しでも分かる白熱した議論に自然とため息が出るも、俺は会議室の扉を開け、中へと足を踏み入れるのだった。
明日はクリスマスイブですね!
ということで、明日も投稿しようと思います♪