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第141話 皇帝暗殺①


〜ルナ皇女視点〜


 長い脱出路を逆走すること数時間、目的地である帝城への入口にわたくしとネルフィーさんは到着しました。ここから先へ進むタイミングは、阿吽さんかルザルク殿下からの連絡が来てから……。魔導具の明かりを消し、暗闇の中で息をひそめてその時を待っていると、先ほどの襲撃の余韻も相まって心臓の音がいつもより大きく感じます。

 とはいってもここからが本番……。冷静さを欠いて視野を狭めるなんていう愚行はしたくありません。一度静かに、大きく深呼吸をし、目を瞑って鼓動の高鳴りを抑えていると不思議と今までのことが思い返されてきました。




——わたくしはこのイブルディア帝国に皇族として産まれ、育てられてきました。

 家族は皇帝である父、妃である母、皇太子である兄とわたくしの4人。本来皇帝は側室を持つのがある種の義務ではありますが、父はそれをしませんでした。

 兄が産まれた時点で世継ぎが決まった事もありますが、皇帝位の継承争いで内乱が起きるのを少しでも避けたいという理由を、幼少期無邪気に弟や妹が欲しいとせがんだわたくしに「これは二人だけの秘密だぞ」と、はにかんだ微笑みと共に語ってくださりました。

 それが本音かどうかは分かりませんが、わたくしの中では紛れもない真実となっております。


 父は自他に厳しくも常に帝国民だけでなくこのスフィン大陸全体の事を考え、他国との協力体制の構築を図ろうとされていました。そのひとつに魔導飛空艇の開発があったのです。

 空路を開拓することで今までよりも格段に速く移動が行え、大量の物資を輸送できるようになります。そうなれば、各国間での貿易も活性化されるだけでなく、島国である武京国や山脈に囲まれているオルディーラ国とも交易を行えるようになり、自国民のみならず他国の民の暮らしをも豊かにできる。常々そう仰っていました。


 ですが、5年前……あの合理的で理性的な平和主義者だった父が突然変貌され、感情的で不条理な軍国主義へと舵を切られたのです。

 当然反対する者は多くありましたが、そのほとんどが粛清(しゅくせい)されてからは恐怖による支配が帝都を覆うことになりました。

 しかも……その粛清対象には、家族である母と兄も含まれていたのです。


 母ガーネットは優しく賢明で、好奇心旺盛なわたくしの知りたい事、知ろうとすることを全て教えてくださいました。幼少期より魔法や剣術の家庭教師を付けてくださり、そのおかげでわたくしは学院でも同年代の者たちより突出した成績を修める事ができました。また「皇族の女たるもの不条理に屈してはならない」とわたくしに進むべき道を示してくださった方でもあります。


 兄のロイとは歳が5つ離れておりましたが、わたくしを常に気にかけてくださる母譲りの優しさと父譲りの合理性とを兼ね備えた方でした。父をして「安心して死ねる」と言わしめる、次代を担う新たなるイブルディアの星……それがわたくしの敬愛する兄でした。


 聡明な母と兄は、変貌された父に苦言を呈しました。いくら皇帝であろうと、度を超える言動に言わざるを得なかったというのが正しいでしょう。

 しかし、その結果は“粛清”という最悪の結果だったのです。


 家族の中で唯一わたくしが生かされたのは、皇帝に何かがあった時に一番操りやすいと魔族に思われたからでしょう。簡単に言えば“予備の傀儡(くぐつ)”。

 もしかしたら洗脳されていないことも魔族には勘付かれていたのかもしれません。魔族がわたくしの事を取るに足らない小娘と油断してくれたお陰で自由に動くことができていたようにも思えます。


 元々わたくしは、帝国のために命を賭して動けるほど器の大きな女ではないのです。ですが、そんなわたくしは今、2つの目的を糧として動き続けています。

 そのひとつは復讐。大好きな家族を操り、殺し、尊敬する父の名誉も栄誉も地に落とした憎き魔族に一矢報いること。

 二つ目は父の暴挙を止めること。これ以上父を苦しめないようにするには、もう手段は一つしかありません……。



 過去を回想し家族を想うと、緩みかけた気持ちが再び引き締まります。

 絶望しかなかった5年前から、なんとか現状を打開できる(すべ)を考え、何度も気持ちが折れかけながら、それでも進み続けてきたのです。

 アルト王国へ亡命する時には学院時代の級友であり、ともに冒険者として信頼し合った戦友(とも)達との今生の別れもありました。数多の犠牲の上に今があります。


 ……ついにここまで来たのです。後は、わたくしの手で幕を引くのみ!


≪ルナ皇女殿下、ネルフィーさん。2人の魔族が帝都会議場に姿を現しました。作戦決行です!≫


≪了解した。帝城への潜入を開始する≫


 ルザルク殿下からの念話で深い思考の海から引き戻されます。

 覚悟は決まった。やるべきことも明確。


 閉じていた瞼をゆっくりと開き、左手につけている指輪を一度ギュっと握りしめ鍵穴となっている窪みへとそのまま押し付けると、帝城の地下牢へとつながる扉がゆっくりと開かれていきました。


 待っていてください、お父様。

 必ずその苦しみから解放してみせます。

次話は12/2(金)投稿予定です♪

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