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黒き鋼の請負人  作者: 一夜
-序章-
1/11

【プロローグ】 微睡みの中で


――ガキィン!! ズバッ! ザシュッ! ドゴォン……!!


 曇天模様の空の下、二つの黒い影がぶつかり合い、何度も激しい音が鳴り響く。

 岩肌が剥き出しの高台にあるその場所は、地面が荒れ果て、元々そこにあったと思われる建物の残骸が無数に散らばっている。

 その凄惨な光景は、二つの影がどれほど大きなぶつかり合いを繰り返したかを如実に物語っていた。


 影の内の一つは、どす黒い瘴気を纏い黒変した肉塊の異形。

 その姿は、無数の腐った人間の手や足が融合した様な、所々骨が剥き出しの不気味な物だった。

 異形は、幾つも繋げた腕を伸ばしたり複数の手足を纏めて振り下ろしたりしながら、相対するもう一方の影に襲い掛かる。


 それを受ける影は、濃い砲金色つつがねいろの甲冑の様な物を身に纏った人型であった。

 肉塊の異形が放つ攻撃を、時に躱し、時に受け流しながら、その手に持った銃剣で切り返していく。

 銃剣は、銃の先に付ける様な物ではなく、銃身の大部分に刃が付いた形状をしている。

 現実に存在すればアンバランスな重量で、剣も銃もまともに使えなさそうな獲物だが、甲冑の人型は軽々と扱い、異形の腕を切り飛ばしていた。


 だが、どれだけ切り続けても肉塊の中から新たに腕が生え、本体を撃ち抜いてもすぐに傷口は塞がる。

 どちらも決定打を与える事が出来ず、影同士の戦いはいつまでも続くかのように思えた。




「(――あぁ……なんだ、夢か――)」


 そんな非現実な戦いを、誰の視点か分からない所から眺める『俺』は、そう結論付ける。

 目に見える物の質感はかなり本物らしく見えるが、あんな戦いが現実にある筈が無い。

 夢の中だからか、やや不明瞭な思考になっているのだが、それでもそうハッキリ断言出来るくらいには目の前の光景は常軌を逸していた。




 そう考えている間にも何度も何度もぶつかり合っていた二つの影だったが、そのうち肉塊の勢いが無くなっていく。

 どちらも疲弊している様に見えていたが、どうやら人型の方に分があるようだ。


「――そこか……ッ!!」


 一歩踏み込んだ人型の銃剣が、肉塊を横一線に深く切り裂く。

 その瞬間、「ザシュッ!」という肉を切り裂く音と同時に「カキィン!」と硬い物がぶつかった様な甲高い音が響き渡る。


 腐った肉の合間からは、大きな紫色の石が露出していた。

 石には、人型の一閃によってひび割れが生じており、そこからシュウシュウと黒い煙が立ち上る。


「グオアアアァァァァァ!!」


 肉塊の異形が、酷くくぐもった声で叫びを上げた。

 様子から察するに、きっとあの石が異形の弱点――核の様な物だったのだろう。

 ビクンビクンと身体を数回震わせた異形は、次第に全身から力が抜け、振り上げていた無数の腕を地面に落としていく。


 もうこれで決着が付いたのだろう。甲冑の人型が静かに肉塊の異形に歩み寄る。

 異形はそれを拒もうと弱弱しく上げた腕を振り下ろすが、もはや人型には障害にすらならない。

 人型はそれを片腕で受け止め、振り払い、異形の核と思われる石のすぐ近くまで歩みを進めた。


「……ナぜ、ダ……オ、まエ二ハ、ワカル……ハズ、だロウ…………ナノに……ドうシ、テ…………」


 眼前まで迫った人型に向かって、異形が恨みの言葉を発する。

 とても人の出す声とは思えない、聞いていると悪寒が走る声ではあったが、それよりもあんな化け物が人の言葉を話せた事に俺は衝撃を受けた。

 それに対し、言葉を投げかけられた人型は意にも介さない様子で肉塊を見遣る。


「……確かに、アンタの気持ちは分からなくはない。取り残されたっていう境遇は、俺も似た様な物だからな」

「ナらバ……!!」


「だけどさ……俺は――――……」



 人型は異形に対し共感の言葉を放ちつつ、最後に一言、何かを告げる。

 しかしその声は小さく、何を言ったのかは俺の耳には届かなかった。


 そして、話を終えた人型は異形の核に向けて銃口を突き付け、トリガーにかけた人差し指に力を込める。

 きっと、最後の言葉は拒絶の言葉だったのだろう。


「ぐ……オおオオオぉぉォォぉォォォォォッ!!!」


 その様子を見た異形は最後の力振り絞り、再度腕を伸ばす。

 腕の先から骨で出来た刃が物凄い勢いで突き出され、人型の眼前へ迫っていく。


ドンッ!!


 ――だが、その切っ先が届く事は無かった。

 その寸前に銃剣から打ち出された銃弾が異形の石を撃ち抜き、粉々に砕いたのだ。


「がアアあああアあァァァぁァァァァァぁぁァァァァァッッッ!!?」


 耳を劈く叫び声を放ち、肉塊がのたうち回る。

 それと同時に、肉塊を構成していた腕や足がボロボロと崩れ落ち、徐々に消滅していく。


「…………ぁ……アま、ギ…………ユウごオオオォォォォォッッッッッ!!!!!」


 最後に怨嗟の念を込めながら叫びを上げ、肉塊の異形は跡形も無く消滅した。


「……もう、起きてくるなよ。今度こそ、眠ってくれ」



 戦いは終わり、その場には人型ただ一人だけが残される。

 曇天模様だった空から晴れ間がのぞき、山間に落ちようとする夕日が辺りを柔らかく照らしてゆく。


「うっ……」


 もうすぐ夜の帳が下りようとしているその場所で、彼はほんの少しの間、異形に対して喪に服すかのように静かに佇んでいた。

 だが、急に膝を突いて体勢を崩してしまう。


 どうやら彼も限界だったらしい。

 そのまま前へと倒れていく人型だったが、同時に一つの変化が起きていた。

 彼が身に纏っていた砲金色の鎧が、まるでデータが分解されていくかの様に徐々に剥がれて浮き上がり、霧散していく。

 そうして残されたのは、異質でも何でもない只の人間の男性だった。



「――ユーゴさんっ!!」


 突如、すぐ近くから女性の叫び声が響き渡る。

 声のした方へ視線を向けてみると、一人の銀色の髪を持つ女性が駆け出してきていた。

 俺と同じ様に、この戦いを見届けていた人物なのだろうか。

 戦いに気が向いていて気が付かなかったが、よくよく周囲を確認してみると離れた所には疲弊した様子の騎士の様な姿をした人達の姿も幾らか見受けられた。

 皆何らかの理由であの肉塊の異形を討伐しにこの場に集まって来たのかもしれない。


 そうこうしている内に、倒れた人型の下へ先程声をあげた女性が駆け寄ってくる。

 よく見ると彼女の銀髪は、ほんの少しだけ薄紫がかった不思議な色合いをしている。

 だが、そんな色味でも染め上げて作り出した様な不自然さは全く感じられない。

 銀髪の合間から飛び出す耳は、やや尖った形をしており、髪と合わせたその姿は彼女が普通の人間ではない事を表していた。

 先程までの戦いだけでも十分だったが、彼女の存在はこの光景の非現実さに拍車をかけている。

 本当に、まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのようだった。



「ユーゴさん! しっかりして下さい!!」


 銀髪の女性は人型を抱き起こし、懸命に声をかけ続ける。

 すると人型は僅かに身体を動かし、女性に自分の無事を告げた。


「……あ、あぁ……大丈夫、大きな怪我とかはしてないし、ちゃんと生きてる、から……」

「良かった……本当に、貴方はいつも無茶ばかりするんですから……!」

「はは……返す言葉も無いな……」


 人型が深手を負っていない事を確認した女性は、心の底から安心した様子を見せると共に、少しだけ人型を窘める。

 言葉では人型を窘めるようでも、その表情は怒りではなく、安堵と心配の入り交じった顔をしていた。

 二人がどういう関係なのかは分からないが、このやり取りを見るに相当親しい間柄なのだろう。


「でも……今回ばかりは、無茶でも何でもしなかったら絶対に後悔してた。これまでの何よりもさ……」


 そう言いながら、人型はゆっくりと女性の頬に手を添える。


「……そう言われてしまうと、これ以上文句が言えなくなるじゃありませんか……」

「はは、文句なら落ち着いたら幾らでも受け付けるよ。ただ、ゴメン……流石に、体力が限界みたい、で……」


 とたんに人型の身体から力が抜け始め、徐々に微睡む様な動きを見せ始めた。

 言葉の通り、今度こそ完全に限界が来たのだろう。



「(あ、れ……なんだか、俺も……)」


 まるでそんな彼に連動するかの様に、『俺』の視界がどんどん霞んでいき、消えていく。

 もしかしたら、もう夢から覚める時間が来たのかもしれない。

 まだこの夢の続きが気になる気持ちが残ってはいるが、どうしても意識の喪失から抗う事が出来そうにない。


「(……駄目だ……夢の中、なのに……眠い…………)」


 抵抗空しく、微睡みの中に飲み込まれていく。

 そうして全ての光景が見えなくなる寸前、最後に銀髪の女性の声が聞こえてきた。



「――どうか、ゆっくりお休み下さい。文句の言葉も、感謝の気持ちも……次に貴方と御話が出来るその時まで、全部、取っておきますから――」



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