カフカなる虎虎虎
俺は16歳、人間の男子高校生!
ある日目が覚めたら、5メートル級の山羊とライオンのハーフみたいなキメラの化け物になっていた!
「な、なんてことだ……俺、化け物になっちまった……!」
寝ぼけ眼をフカフカの太い前足で擦っても夢から覚める予感、一向になし! 一昔前のギャルがつけていたネイルのような爪で顔をひっかくと赤い血と激痛が走るのにやっぱり元に戻る予感なし!
どうしようもない……!
5メートルの巨体では自室から出ることすら、不可能!
このまま自らの毛皮によって窒息死させられてしまうのか……!
やり残したことはいっぱいある。読みたい漫画の続きも、来年楽しみにしてる映画の公開も、成人して童貞を卒業するという思春期男子らしい夢もこの体では一切叶わない。
俺を襲うあまりに荒唐無稽な絶望!
人としての尊厳の崩壊!
だが……同時に来る、天啓!
「そうだ……どうせ化け物になっちゃったんなら、せめて捕まる前に好きなことをして死のう……!」
最早自分は人間として生きることのできない怪物。よしんば生かされたとても、それは自分が望む生き方とは到底かけ離れた、実験台。或いは動物並み。
それならば! 俺は立ち上がった!
文字通り天井を突き上げて、マンションの二階の床から頭を覗かせると、二階の住人の慌てふためく姿と明瞭な朝に似合わない断末魔が響き渡る!
「可ッ! 俺は、人間を辞めたぞぉぉぉ!!!」
轟く咆哮!
驚く住人!
地もマンションも震わせた大咆哮は朝焼けに染み渡り、それと同時に俺の体を破壊衝動に任せて動かす獣へと完全に変えた。
コンクリートやら鉄筋やらをぶち破って建物の囲いから放たれた俺はいつもの通学路を行くように、だが大胆に大きな車道に飛び出した!
人間の体と心ではありえない蛮行! だが! それは決して自ら車に轢殺されて死ぬための行為ではない!
「ぎゃぁぁぁあ!! 化け物ぉぉ!」
現れた白き毛並みの巨体に圧倒されて本能的に叫び散らかすドライバーたち! 次々にハンドルを切って獣を避けるその姿、まさにモーゼによって裂かれた海の如く!
しかし、それでも獣は許さない!
自らの道は王道であり私道!
向かってくる順行の車を容赦なく踏み潰して、対向車線のそれよりも疾く駆け抜けていく!
なんて清々しいんだ。俺の心から今までずっと消えなかった腐った海藻のような嫌な気分が抜けていく。
車を一つ一つ飛びつきながら圧壊するたび、一歩一歩を踏み締めて疾走するたび、溢れる! 愉悦!
今、ここにて! 王者はたった一人、いや一匹!
我ッ!
今までにない頂点の欲望が満たされる快楽に獣! 勃起!
涎を撒き散らして本命へと辿り着く!
いつもの日常においては鬱屈と自分を曝け出せなかった学校。人と目を合わせることすら体力が入り、話を合わせて笑う同年代への忖度、その数々……獣になったからこそ! 今まで屈辱を受けてなお反応を示さなかった死んだ心、起動!
「ブッコワレロォォォ!!!」
一キロメートルに近い助走の果てに獣の速度はスポーツカーすら追い抜く! その巨体×速さ! 戦車の弾丸すら比にならない威力!
目標はもちろん自分の母校! 昨日まで鬱屈せども何一つ不自由はなく、別段嫌ってもなかった母校。だが、解放の流れは止まることを知らない!
要するに、それが不快だからではないッ!
破壊の快感!
「ウォォォォォオオオ!!!!」
意図も容易く崩壊する校舎! 耐震工事による頑丈な建設物でさえ獣性を丸出しにした巨大怪獣の前では藁の家、同然!
結果、容易に壁が吹き飛び、窓ガラスは全て砕け散った!
時間帯は丁度、始業の8:30!
校舎内に生徒ほぼ全員集合! そして、ほぼ全員怪獣の一撃、直撃! 生き残った生徒は何が起きたかわからないままに泣き叫ぶか、失禁するか、失神するか! 霰もない恥を晒す!
しかし、獣にとって重要なのはそんなことではない。
報復のためにこんな破壊をしでかしたのか? 否。
人を殺したいがためにしでかしたのか? 否!
すでに結論は述べていた!
快楽ッ!
猿のような交尾に勝る、人間が一生に味わうことのない圧倒的暴力による蹂躙!
カーストの一番上にまで一気に上り詰めた鯉が今や龍となった!
「ガハッ、ガハハハハハッ!」
獣、抱腹絶倒!
わずかな理性、喪失!
未だ箱としての体裁は保つ校舎に、笑いながらも放たれる前腕のストレート!
ストレート!
ストレート!
一撃放たれる度、ジェンガのように飛び散る原型のない校舎! そして最後の一発!
「ウラァォァ!」
校舎、完全崩壊。生存者、完全殺戮。
瓦礫の山とかしたそこを獣は笑いながら見つめる。ふと、悲しい気持ちとやらせない気持ち。まるで射制した後のあの空虚な時間が頭の中によぎる。
だが、後悔、感じない!
なぜなら! 我、獣!
「ガハッ、ガハハハハハ」
思い出せる恨みもなかった。ストレスを感じたのは確かだが、そこに恨みなどなかった。ただ解放の快楽。その最たる象徴が獣になる前の「俺」を縛り付けていた学校の破壊だったのだ。
瓦礫の山を進むと煙る瓦礫の煤と血潮の汚れ。
それを乗り越えて、獣ひとときの余韻浸り。
響くサイレンの音。警察か? 救急車か?
どちらも獣の前では無力。銃すら、無力。
その絶対の自信ゆえに獣笑う。笑いながら横になり、眠る!
次起きた時、人に戻れるのか、まだ獣なのか。
或いはもう終わりを願ってか……
一つ言える事実!
獣、今日のところは満足。意外に、欲浅い。