大丈夫〜プログラマーマサシの場合
共感性はそれなりにあると思いますけど、結構曖昧な部分は見逃してほしいです。
きっかけは本当に些細なことだった。元々父方の家系が職人が多くその仕事を昔から見ていたからか漠然と自分も何か自分の持つ技術で何かを作り出す、産み出す職をしたいと思っていた。
漠然とあったその思いに真剣に向き合ったのは中学3年の夏。どんなに遅いものでも進路について考え出す時期。勝手な古臭いイメージだが何かの職人になろうと思うと高校に行かず就職するのが一番と思っていた俺は両親にも就職するつもりであると打ち明けた。
しかし、単純なバカが出来るほど職人の世界は甘くもない。そもそも中卒のまだ成人も遠いガキを雇ってくれるようなお人好しなんかそうそう見つかるわけがない。
そんな当たり前の現実を突きつけられ俺はとりあえず地元の工業高校への進学を決めた。
漠然としていた将来の展望は着実に形を形成し、色づいてきた。高校を卒業する頃には自分のなりたい姿がはっきりとし、その姿へと近づく為に専門学校への進学を両親へ相談した。家は両親共働きで裕福ではないがそれなりに余裕はあったし、何か資格があるにこしたことはないという考えだったため進学自体には賛成的であった。しかし俺がなりたい姿であるプログラマーに対する認識や厳しさから別の道に進めと反対を受けることになった。
正直当時はまだスマートフォンが出たばかりで一般的な認識として需要も少なく安定していないし相当の実力がないと生きていけない世界というイメージが強かった。それでも先のある仕事だと思ったし、その世界であがいていきたいとも思えた。
結果的には認めてくれたが両親とはケンカ別れのような形になりたまに連絡するぐらいでもう家には長いこと帰っていない。たまにとっていた連絡も就職してからはしなくなった。
就職してからは忙しくよく言うブラックな環境でサービス残業なんて当たり前、連勤だって7なんて普通多いやつなんて二週間近く連勤、てのもいた。雰囲気がギスギスもしてくるし、正直仕事を辞めたいと思ったことだって片手じゃ足りないぐらいある。それでもやりがいってやつはその時の感情としてあるもんで、なかなか辞めさせてくれない。
働き方改革なんてのも出来たがそんなもので変わるほど優しい仕事ではないし別に期待もしてない。それにまだまだ20代だしそれなりの無茶は出来る……そう思っていた。
いつも通りの残業続きで泊まり込みの7日目あと1日頑張れば取り敢えずの目処と休暇が手に入るはずだった。少しふらつきはあったが徹夜してるとそんなの当たり前だしいちいち気にしてられない。そんなふうに思っていたら目の前が真っ暗になっていた。目が覚めたら目の前は真っ白な天井の病院だった。正直、そんなに疲れてたと思ってなかったしあと2日は続けられると思っていた。実際前はそんなふうにできてた。
でも、体は正直なもので、検査したら20代の体とは思えないほどボロボロだったらしい。そのせいで会社には労基から立ち入り調査が入って業務はすべて停止。噂も広まって新規での雇用は難しくなったらしい。退院する頃には俺は立派な無職になっていた。
退院してからは再就職とか色々でめまぐるしく日々は過ぎていった。案外一度過労で倒れた奴への風当たりは強くなく再就職はすぐ決まった。
しかし、元々そこまで仕事が早かったわけでも何か特筆したスキルを持っていたわけでもなかった俺はただ若さから無茶をして誤魔化していただけだったようで少しづつ周りとの差が浮き出てきた。
そこからは雪崩れるように落ちていき、今では立派に鬱の診断をもらって窓際部署で書類整理だ。週に一回はカウンセリングがあるだけ優しい会社だと思うが、そろそろ覚悟の決め時のようにも思う。
なんだか一度腹をくくると案外楽になるもので次の月には有給をとってもう何年も帰っていない実家にいた。
事前に何も言ってないことを着いてから気付いたがもう遅い、息を一度整えチャイm
「あら?マサシ?」
「!?っなんだ母さんか、えっとあの、ただいま?」
「ふふふなんで疑問系なのよ、はい、おかえり、まったくもう何年も息子に、言ってないせいか少し違和感があるわね。帰ってくるなら連絡ぐらいしなさいよね、もう社会人なんだから報連相ぐ「母さん!!もう分かったから、ね?」らい、ああ、そうかい?ほら入んなよ」
突然後ろから話しかけられてかなり驚いたが、暖かくそして変わらず母は俺を迎え入れてくれた。
母から暖かく迎え入れられ数時間母と最近の話を鬱のこと、過労のことは省いて話していると、父が帰ってきた。父は俺のことを見ると、少し目を見開かせたがぶっきらぼうに「おう」といったっきり一瞥もしなかった。
そんな父に俺はやっぱりまだ起こっているのだと思っていたが母いわく父も進路のことで反対した結果ケンカ別れしたことを気にしているようで、どう接するのがいいかわからないだけらしい。
突然母からの裏切りにあい慌てる父を見ていると久しぶりの家族団欒に温めれたのか長いこと枯れたと思っていた涙腺から涙が少しづつ、溢れ出てきていた。
突然の涙の理由を問われ隠す気力もなくなっていた俺は過労のこと、現在うつ状態で今回の帰省は仕事をやめて帰ってくるための準備のつもりであったことなどを伝えた。正直あれだけ反対していた父ならそれ見たことかと言葉を無つけてくると思っていたが父から言われたことは、
「お前がそう決めたなら別に俺から言うことはない。もう成人もした息子の人生にまで口を挟むほど俺も暇じゃない。帰ってくるなら仕事の面倒ぐらいは見てはやれるが、本当にいいのか?俺とケンカまでして選んだ道だぞ。それを周りより劣っているから辞める、そんな覚悟で育ててやった親と喧嘩したのかお前は。そんな安い覚悟で喧嘩できるほど俺の背中は小さかったか?」
哀しさと悔しさとが混ざったそんな言葉に励まされたような怒られたようなそんな複雑な気持ちになった。
「お父さんあんたが出てったあとあんたの言うプログラマー?だっけ?それについてかなり調べたのよ?それで何も知らないのに反対して俺は父親失格だって面倒くさかったんだから」
またもや母から裏切りを受けた父の姿をみながら、なんで俺がプログラマーになりたかったか、親に反対されてでも進みたかった理由を思い出すことができた。
「ありがとう親父。これからも色々迷惑とかかけると思うし、親孝行なんていつできるかわかんないけど、
俺はもう大丈夫。こんな大きな背中の親父を見てきたんだもう見失わない。道は違うけど俺の目標とした職人に情けないところもう見せたくないから」
実家に帰ってからは元上司にかけあって部署に戻してもらうよう頼んだり、頼んでみたら以外と評価してもらえてたみたいですぐ動いてくれたり、そのおかげでなんか新しいプロジェクトのメンバーとして勤め上げたら戻してやるとかわけのわからないことになったり、かなり忙しくなった。
一年立ってなんとかプロジェクトも成功を収め、俺ももとの部署に戻り激動は収まった。
俺は1年ぶりに実家の前にいる。今度はしっかり事前の連絡もした。そのせいか緊張して十分ほど扉の前から動けない。情けない話だが最後の記憶が恥ずかしすぎてこの扉を開けることができない。そんな俺にしびれを切らしたのか扉が勢いよく開いた。
「いつまでウジウジしてるつもりだ!!さっさと入らんか!!」
ありがとう親父、もう大丈夫だから、いっぱい心配もかけたし迷惑もかけたけど、俺は、もう大丈夫。